55 / 221
勇者さまのお家へ
しおりを挟む勇者さまの玄関前。
今朝と同じ届かないベルですが、気持ちは毒の沼。届かない気持ち。届けても無駄な気持ち。届けても相手にされない、笑われるかもしれない気持ち。
倒されるだけのボスキャラの気持ちが分かるあたしです。
黙って帰ろうかな……。
ぼーっと玄関で考えていると、後ろからカランカランと下駄の音。
振り向くと、くしゃくしゃの笑顔を作ったおじさまが、ブザーを押しました。
「これ。押したかったんじゃろ?」
「あっ。はい……」
「わしも、ここの坊主に用事があってな、コレ持ってきたんじゃ」
広島弁で優しく言うおじさまは持った袋を揺らしました。
「鳥の唐揚げ。いい匂いですー」
「じゃろ。うんうん」
「お見舞いですか?」
「坊主がダウンしとるからな」
「優しいですね」
どうでもいい話しをしていると、ガラガラと玄関が開き、おばさまが出てこられました。
「あら、斉京時さん。今日はどうされました?」
「いやなに。坊主に元気が出るヤツ持ってきた」
「まあ! いつもすいませんねえ。
ちょっと待ってくださいね。聖ーっ!! 斉京時さんがお見舞いに来られたわよーっ!」
「おいおい、いいのか? 寝とるんじゃないか」
「もうだいぶ良いんですよ。お昼も食欲あったし」
トントン廊下の足音。
大きな巨体を揺らし姿を現したのは、恐ろしいお顔にかげりをさした山柿さま。
負傷した感が哀愁があり素敵です。
流石の勇者さまも、風邪には勝てないですね。
「おっちゃん。どうしたんだ」
「ちゃんとお礼を言いなさい。お店から持ってきて下さったのよ」
「おーっ! 唐揚げっ!! 僕の大好物だーっ。ありがとう、おっちゃん。くしゅん!!」
「バーカ! 昨日あんな事しとっから風邪ひくんじゃわい坊主」
あんな事? 何でしょうか。
「あら。何かしたの聖?」
山柿さまは口ごもりました。
「いやなに。昨日の夜。雨の中をこいつ商店街のドブ川に入ってたんじゃ。
クソ寒い二月にじゃ! 探し物と言うとったが、無茶をする坊主じゃわい」
川? 川で探し物……。
その探し物……もしかして、まさか、ムカデさん?!
あたしが落としたから?
昨日の夜はみぞれ交じりの強い雨が降っていたのに、ドブ川に入った。
来週は大切なK大学試験なのに、風邪を引いて……。
見れば山柿さまの右手は包帯がされています。
川底を探して傷付けたのでしょう。
胸がじーんして、お鼻の奥がつーんとしました。
勇者さま過ぎます……。
「いや、それくらいにしてよ、おっちゃん……」
勇者さまは頭の後ろを掻きました。
「そうじゃな。病人を虐めてもしょうがないな」
おじさまは唐揚げを手渡し、嬉しそうにお礼する山柿さまに頷き「じゃあ。わしはこれで」とカランコロン下駄を鳴らしながら行かれました。
「ささっ、愛里ちゃん。汚い所だけど、上がって上がって!」
おばさまに笑顔でスリッパを出されました。
「いえ、あの、その……、ちょっと来ただけで……」
「折角きたんだから~」
おばさまに手を引かれました。
彼女さんが二階にいるかもしれない。
気不味く余計に上がりたくありません。
彼女さんが居なくても、山柿さまの前でお座りし、どう話せばいいの。子供らしく無邪気に話すの?
自分を無視しながら、わいわいするのは辛いです。
「愛里ちゃんが来るから用意してたのよ」
おばさまの嬉しそうに言いました。
お菓子を作るのが趣味だから、ケーキかクッキーを作ったのかしら?
折角の気持ちを無駄にはできません。
「そうなんですかーっ! じゃ、ちょっとだけ」
元気に言ってみました。
「ありがとうね愛里ちゃん。じゃ、聖の部屋で待っててくれないかしら」
「はい。おじゃまします」
山柿さまの後をついて二階に向かいます。
山柿さまの『どんどん』と大きな足音に『とことこ』とあたしの足音が続きます。
お部屋のドアには《睡眠中》と書かれた板がぶら下げてあり、ドアを開くと温かく湿った空気が流れてきました。
彼女さんはいません。窓には深緑色のカーテンが引かれ、山の上公園は見えません。
「入ってて。母さんが用意したのを取ってくるから」
山柿さまが下りて行かれ、あたしはお部屋を見回しました。
昨日来たときは彼女さんが居たのでよく観察できませんでした。
まず目についたのは大きなベッド。
ここで寝ました。兄さんとは違う匂いがして、(兄さんのベッドで寝た事がないので比べられませんが)あれが男性の香りでしょうか。
次は大きな机。
あたしが座ったら足が床に届きそうもありません。
……大きな黒いクローゼット……大きいのです。
思い出しました。お友だちの言葉。
『透明なガラスケースに怪しい人形があり、奥には小学生が監禁され酷い事をされている』
作り話しで絶対にないけど、気になります。
いつの間にか黒いクローゼットの扉に触れていました。
カチッと音がして、すうーっと扉が開くじゃーありませんかっ!
五センチほど開いて止まり、その中は暗く、でもガラスケースがあるのは分かります。
透明なガラスケース。
偶然です!
たまたまガラスケースが入っているだけ。
どこの家でも普通クローゼットにはガラスケースが……入って……うーん。
クローゼットは衣服を入れるだけ……。
ガラスケースを何に使用するの。
ごくんと唾を飲み込み扉を引きました。
少しだけのつもりが、つう――っと開ききってしまい丸見え。
「……、……そそんなあ……っ!」
勇者さまのお部屋なのに……こんなの……あるのかしら……。
驚いて見入って。
だってそこには……。
0
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる