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勇者さまのお家へ

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 勇者さまの玄関前。

 今朝と同じ届かないベルですが、気持ちは毒の沼。届かない気持ち。届けても無駄な気持ち。届けても相手にされない、笑われるかもしれない気持ち。
 倒されるだけのボスキャラの気持ちが分かるあたしです。

 黙って帰ろうかな……。
 ぼーっと玄関で考えていると、後ろからカランカランと下駄の音。
 振り向くと、くしゃくしゃの笑顔を作ったおじさまが、ブザーを押しました。

「これ。押したかったんじゃろ?」

「あっ。はい……」

「わしも、ここの坊主に用事があってな、コレ持ってきたんじゃ」

 広島弁で優しく言うおじさまは持った袋を揺らしました。

「鳥の唐揚げ。いい匂いですー」

「じゃろ。うんうん」

「お見舞いですか?」

「坊主がダウンしとるからな」

「優しいですね」

 どうでもいい話しをしていると、ガラガラと玄関が開き、おばさまが出てこられました。

「あら、斉京時さいきょうじさん。今日はどうされました?」

「いやなに。坊主に元気が出るヤツ持ってきた」

「まあ! いつもすいませんねえ。
 ちょっと待ってくださいね。聖ーっ!! 斉京時さんがお見舞いに来られたわよーっ!」

「おいおい、いいのか? 寝とるんじゃないか」

「もうだいぶ良いんですよ。お昼も食欲あったし」

 トントン廊下の足音。
 大きな巨体を揺らし姿を現したのは、恐ろしいお顔にかげりをさした山柿さま。
 負傷した感が哀愁があり素敵です。
 流石の勇者さまも、風邪には勝てないですね。

「おっちゃん。どうしたんだ」

「ちゃんとお礼を言いなさい。お店から持ってきて下さったのよ」

「おーっ! 唐揚げっ!! 僕の大好物だーっ。ありがとう、おっちゃん。くしゅん!!」

「バーカ! 昨日あんな事しとっから風邪ひくんじゃわい坊主」

 あんな事? 何でしょうか。

「あら。何かしたの聖?」

 山柿さまは口ごもりました。

「いやなに。昨日の夜。雨の中をこいつ商店街のドブ川に入ってたんじゃ。
 クソ寒い二月にじゃ! 探し物と言うとったが、無茶をする坊主じゃわい」

 川? 川で探し物……。
 その探し物……もしかして、まさか、ムカデさん?!
 あたしが落としたから?
 昨日の夜はみぞれ交じりの強い雨が降っていたのに、ドブ川に入った。
 来週は大切なK大学試験なのに、風邪を引いて……。
 
 見れば山柿さまの右手は包帯がされています。
 川底を探して傷付けたのでしょう。

 胸がじーんして、お鼻の奥がつーんとしました。
 勇者さま過ぎます……。

「いや、それくらいにしてよ、おっちゃん……」
 
 勇者さまは頭の後ろを掻きました。

「そうじゃな。病人を虐めてもしょうがないな」

 おじさまは唐揚げを手渡し、嬉しそうにお礼する山柿さまに頷き「じゃあ。わしはこれで」とカランコロン下駄を鳴らしながら行かれました。

「ささっ、愛里ちゃん。汚い所だけど、上がって上がって!」

 おばさまに笑顔でスリッパを出されました。

「いえ、あの、その……、ちょっと来ただけで……」

「折角きたんだから~」

 おばさまに手を引かれました。
 彼女さんが二階にいるかもしれない。
 気不味く余計に上がりたくありません。
 彼女さんが居なくても、山柿さまの前でお座りし、どう話せばいいの。子供らしく無邪気に話すの? 
 自分を無視しながら、わいわいするのは辛いです。

「愛里ちゃんが来るから用意してたのよ」

 おばさまの嬉しそうに言いました。
 お菓子を作るのが趣味だから、ケーキかクッキーを作ったのかしら?
 折角の気持ちを無駄にはできません。

「そうなんですかーっ! じゃ、ちょっとだけ」

 元気に言ってみました。

「ありがとうね愛里ちゃん。じゃ、聖の部屋で待っててくれないかしら」

「はい。おじゃまします」

 山柿さまの後をついて二階に向かいます。
 山柿さまの『どんどん』と大きな足音に『とことこ』とあたしの足音が続きます。
 お部屋のドアには《睡眠中》と書かれた板がぶら下げてあり、ドアを開くと温かく湿った空気が流れてきました。
 彼女さんはいません。窓には深緑色のカーテンが引かれ、山の上公園は見えません。

「入ってて。母さんが用意したのを取ってくるから」

 山柿さまが下りて行かれ、あたしはお部屋を見回しました。
 昨日来たときは彼女さんが居たのでよく観察できませんでした。

 まず目についたのは大きなベッド。
 ここで寝ました。兄さんとは違う匂いがして、(兄さんのベッドで寝た事がないので比べられませんが)あれが男性の香りでしょうか。

 次は大きな机。
 あたしが座ったら足が床に届きそうもありません。
 ……大きな黒いクローゼット……大きいのです。
 思い出しました。お友だちの言葉。

『透明なガラスケースに怪しい人形があり、奥には小学生が監禁され酷い事をされている』

 作り話しで絶対にないけど、気になります。
 いつの間にか黒いクローゼットの扉に触れていました。
 カチッと音がして、すうーっと扉が開くじゃーありませんかっ!
 五センチほど開いて止まり、その中は暗く、でもガラスケースがあるのは分かります。
 透明なガラスケース。 

 偶然です!
 たまたまガラスケースが入っているだけ。
 どこの家でも普通クローゼットにはガラスケースが……入って……うーん。
 クローゼットは衣服を入れるだけ……。
 ガラスケースを何に使用するの。
 
 ごくんと唾を飲み込み扉を引きました。
 少しだけのつもりが、つう――っと開ききってしまい丸見え。

「……、……そそんなあ……っ!」

 勇者さまのお部屋なのに……こんなの……あるのかしら……。
 驚いて見入って。
 だってそこには……。


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