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★勇者さまの家を通過
しおりを挟む勇者さまの自宅は、あたしの冒険の書にセーブ済み。
命の水カルピスで全回復してから家を出て約10分。勇者さまの住処です。
あたしの風邪は注射一本で治りました。
あの注射はエリクサー同然の効果があったのです。
エリクサーは無理ですが、病院で処方したお薬を勇者さまに飲ませたい。
ホイミくらいの効果はあるでしょう。
玄関の前。
ブザーが高くて届きません。
仕方なくランドセルを地面に置き踏み台にしました。
足をのせようとしたら、ガラガラー、と玄関が勝手に開いて、
「あらあら。岩田さんトコの愛里ちゃんじゃない?」
昨日と同じパターンで出現したおばさまでした。
しかもあたしを知っている?
「おはようございます。昨日はぶつかってごめんなさい」
取り敢えずレデイは礼を大事にするもの、とお辞儀をすると「はい。おはようございます」と微笑むおばさま。
この家から出てきたという事は。
「あの……。山柿お兄ちゃんの……」
「母だけど。よく家(うち)の聖が、愛里ちゃんのお兄さんと仲良くさせてもらっているわね」
やっぱり。スーパーで会うおばさまが、勇者さまのお母さま。
「で、今日はどうしたの? 愛里ちゃん」
「えっと……あの……」
正直困りました。
「山柿お兄ちゃんに、これを……」
お薬袋を取り出すくらいしか出来ないのです。
「まあ、お見舞い」
頷くあたし。
おばさまは谷医院の薬袋を手に、あたしを見つめ、汲み取ってくれたのか微笑みました。
「こーんな可愛い女の子が来るの初めてよ。嬉しいわぁ~。ありがとうね」
よかった……。
「愛里ちゃんは、聖(さとし)が怖くないの」
「なんともないです」
怖いのがイイのです。
「そうなの。いい子ねえ~」
おばさまはさっきより嬉しそうに頷きました。
「でも愛里ちゃん、これから学校じゃないの」
「あ、はい……。そうですけど……」
このまま玄関で終わり……。勇者さまにお逢いできない展開みたいです。
「じゃあ。終わったらまた寄ってくれないかしら」
「えっ!」
「どうしたの? 何かご用があるの」
「いえいえ! 来ます。絶対に来ます!」
あるわけありません。な~んにもありません。
お見舞いに来たから、お返しでしょうか?
「はいっ! ではいってきまーす」
元気に手を振ってお別れをし学校へ向かいました。
お母さまに気に入られたようです。
このままどんどん気に入られ、あたしが成人しても続くと勇者さまのお嫁さんに成れるかも。
ニヤニヤ笑いが止まりません。
前には山の上公園の階段があます。
学校が終われば勇者さまに会えけど、ちょっと様子を見たくて、階段を駆けのぼりました。
公園のフェンスを乗り越え雑木林の奥を目指します。
勇者さまの部屋はカーテンが引かれてなく丸見えでした。
「きゃあ――っ!」
ベッドに横になった勇者さまが、頭に熱冷まシートを貼ってます。
寝てても、怖カッコイイ――――っ!!
双眼鏡があれば良いのにっ!!
登校時間まで、勇者さまウオッチングをすることにしました。
すると身体を起こした勇者さまと偶然目が合いドキリ。
凄く嬉しい。
見るだけなのに手を振って、嬉しそうにしているじゃないっ!
犬だって嬉しいと、しっぽをぶんぶん振るのですから。
早くお身体を治してあたしをさらいに来てくださいねっ。
念じながらあたしが両手を大きく振ると、真似て勇者さまも振りを大きくされたのです。
しかし、突然ピタリと動きを停止した勇者さま。
やがて、現れたのは昨日の彼女さんです。
しかも着ているのがピンクのパジャマ、勇者さまとペアです。
ガ――――――ンッ!!!
会心の一撃を食らって、ヘナヘナ砕けて女の子座りになりました。
HP残量1。
お泊り状態……二人は高レベルな間柄。
彼女さんはベッドにひざまづいて、おかゆをすくい、ふうふうして『はい、あーん』とかしています。
優雅にそれでいて品良く、まさしくレディらしい振る舞い。勇者さまも嬉しそうに食べてます。
二人はラブラブ。
あたしの両手は手旗信号のように停止したまま。
食べ終えた勇者さまのお口を彼女さんがフキフキして、そのまま布団へ……あ、……入った……。
いえいえ、一度入って直ぐに出ました。
やれやれ。
彼女さんが窓に近づいてきたので、大急ぎで地面に伏せました。
少しして顔を起こすとカーテンが引かれ、お部屋は見えません。
どうしてカーテン?
外からの視線を遮る為。
誰にも見られたくない行為を中で……。
わわわわわっ……、いいい今、彼女さんは……お二人は大人のプレイを、チクチク以上の未知なるプレイを……。
考えれば考えるほど羨ましくて、そして悲しくなりました。
カーテンが開かれるのは、当分先……。
冷たい冬風がびゅうびゅうと公園の雑木林をすり抜け、茫然と立ったままのあたしの長い黒髪を大きく乱しました。
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