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☆うずくまる妖精
しおりを挟む「綺麗ね~♪」
綾部さんはティーカップを片手に僕の学習机の椅子に座り、窓から見晴らしの良い山の上公園の梅の木を眺めている。
鼻歌なんか出るところをみると、居心地がいいみたいだ。
今夜は岩田家に謝罪に行くわけだし、そろそろ帰って貰いたいところだけど、そんな気配はない。
K大入試があるのに、こんな所でのんびりしていていいのだろうか。僕が他人の心配をしているどころでは無いんだけど。
綾部さんは涼しい顔をしてカップを口につけた。
帰らないのは、やっぱり、僕がラブレターの返事はしていないからだろうか……。
催促してこないから言わないだけで、僕の心は決まっている。
ここはさっさと断って帰ってもらおう。それが一番だ。
生まれて始めてラブレターを貰って、それを断るのも始めてだ。
僕って凄く勿体無い事をしているんだろうな……。
なんか岩田みたい。
「聖~。母さんはお買いものいってくるからね~」
一階からそう呼ばれた。
「わかった~」
「当分戻らないからね~!」
「わかったよ~」
「少々なら大丈夫だからね~!」
何が大丈夫なんだ。少々ってなんだ。本当に気を使っているとは思えないぞ。
「さっさと行ってくれ~!」
くすくすと笑う綾部さん。
一階からも母さんの笑い声が高らかに響いてきた。
やがて玄関の開閉音がした後、ピタリと静かになった。
まったく……。
母さんは僕が綾部さんに惚れていると思っているのだろうがとんでもない。
綾部さんが僕に好意を抱いていようが、僕にだって選ぶ権利はある。
こんな怖顔だけど、もう一生無いチャンスかもしれないけれどだ。
「ここからの景色は最高ね。癒されるわ」
僕の思考も知らない綾部さんは、まだ景色を眺めていた。
「春のなるともっといい、その公園が桜で満開になるな」
「そうなの。じゃ今度はここでお花見しましょう」
しまった! また来る気だよ綾部さん。
後悔していると、
「あら? あの子どうしたのかしら」
景色から何かを見つけたようだ。
以前あの公園から覗かれる事があった。
最近はまったく姿を見なくなっていたが……。
それがまた始まったのか?
だが、綾部さんの視線は公園でなく下の庭だ。
「動かないけど、大丈夫かしら?」
何の事だ?
気になって綾部さんに近寄って窓の下を覗くと、
「!」
一目で分かった。
愛里だ。愛里が庭に倒れているじゃないか!!
どうして?!
「愛里ぃぃ――――っ!!」
僕は部屋を飛び出した。
寒いこの季節にどうして?
早く愛里の容態を確かめないと!
階段を猛スピードで下りた。玄関でなく近い応接間を横断して、窓を開けて庭へ降りた。
靴下のまま茶色の芝生を走る。
愛里が長い黒髪を乱してぐったりとうつ伏せになっていた。
「愛里っ! 愛里っ!」
近寄って呼びかけたが返事は返ってこない。
「愛里っ! 愛里っ!」
ピクリとも動かない。
女の子の身体に触るのに抵抗はあったが、かまわずそっと抱き起すと僕の腕に体温が感じられた。
指で顔に掛かっている髪を整えてみる。依然として瞼は閉じられたままだ。
整った美しい顔、肌の色艶も悪くはない。額に手を添えてみたが平熱だ。
蕾みのような小さな口元に耳を近づけると、緩やかに呼吸している。
もしかして、寝ているだけか?
なら良いんだけど……。
安心したのもつかの間。
「ぐがあああぁーっ! ごあああ――――っ!
ぐぎゅああ――っっ! キリキリキリッ! ごぐああああぁぁ――っ!!
ぐがああぁーっ! ごあああ――――っ!」
一瞬、何が起こっているのか直ぐには理解できなかった。
だが、聞こえるのだ。はっきりと。
まるで中年のおっさんが爆睡している最中に響かせるアレに。
アレとほど同等、いや上を行っている。
僕が過去に聞いたことがないほど、強烈な咆哮を轟かせているのだった。
断続的に爆音を響かせているのだった。
「……寝てるのか、やっぱり……」
「勇者さまあ~。むにゃむにゃ……」
「寝言か……」
夢の中で冒険でもしているのだろう。
さぞかし豪快な冒険だろうか。
もう一度額に手を添えてみたがやっぱり熱は無い。
どうして愛里がここで寝ていたのか気になるが、それよりなにより愛里が無事でよかった。
遅れてやってきた綾部さんが僕と愛里を覗きこむ。
「凄いイビキね~。斬新だわ。近所迷惑かも……」
ごもっともな話しです。
起きている時は妖精のような愛里だが、寝ると怪獣のようなイビキをするとは意外過ぎる……。
「どうするの?」
「どうするって、このまま置いておくわけにはいかないだろう。家の中で寝てもらう」
「ふーん……」
僕が愛里を抱き上げると、綾部さんがジト~~ッと目を細めた。
「な、なんだよ」
「喜んでいるでしょ。お姫様抱っこして、感触を楽しんでいるでしょ。
内心でウハウハしているでしょ。……いやらしい」
恒例の冷やかしだ。
相手をせずに二階の自分の部屋に連れて入り、そっとベッドへ寝かせた。
「ごああ――っ! ごあああ――――っ!」
愛里は依然熟睡中だ。
これはある意味チャンスかもしれない。
目覚めればトイレでの事を直接に謝れるじゃないか。
謝れば愛里だって僕がどれほど悩み苦しんでいたかを理解してくれるだろう。
もちろん愛里だって相当恥ずかしかったに違いないが。
お互いが気持ちを理解した上で、いざ岩田家へ土下座に行けばかなり違ったものになるだろう。
もしかしたら、愛里が『そんな事しちゃダメだよ。愛里がゆるしちゃうから、謝るのだけは止めて』とか言い出すかもしれない。
だが、その為には……。
「あら。私がどうかしたかしら?」
いつまで経っても帰ろうとしないコイツが問題なのだ。
「いや、何でもないけど……。ふはははは」
「何か可笑しい事があったかしら?」
綾部さんはこくりと首をかしげた。
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