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☆山柿部屋 その2
しおりを挟む僕は今日、この人に何度驚かされただろうか。
唯一僕に話しかけてくれる優しい女の子というイメージは吹き飛んでいた。
じつはあれでも、おちゃめな子だなと、僕に話しかけてくれている姿勢を喜んでいたのだ。
でも流石にここまでやられると冗談を通り越して腹立たしい。
「山柿くんだって、ここの部屋を『勉強中につき立ち入り禁止』の札にしたじゃない。
もしかしたら、なんて期待がこれっぽっちも無かったと言えるの。
どんなお勉強を私とするつもりだったのかしら?」
どう? と自信ありげな顔。
――まいった。
綾部さんの言う期待が無かったわけじゃない。
「そりゃーまーあ……。僕だって男だ。
綾部さんみたいな美人で可愛い女の子から、部屋に来たいとか、黙ってベッドに横になられて、『用はこれから作る』なんて言われたら、そりゃー誤解するって。
男だったら誰だってそうだろう?」
「やっと言ったわね」
え?
「美人で可愛い女の子って。
さっきは私の誘導尋問で『綺麗だ』と言ったけれど……、貴方の口から聞きたかったわ、それ」
え?
「そこで登場」
綾部さんは自分のカバンを開け、中から薄いピンク色の封筒を取り出した。
見覚えがある。あれは昨日、綾部さんが岩田に渡し、即返却されたラブレターだ。
「お手!」
毅然とした発音に、僕は咄嗟に手を出した。
条件反射だ。
なんと情けない……。
悔やむ間もなく、僕の手にはラブレターらしき封筒が置かれた。
「……」
何で僕に渡す? 意味不明だ。
黙ったまま僕の様子を伺っているが、手に置いたわけだから……。
「あの……読めってコトだよね?」
「どうぞ。そのつもり。後で感想を聞かせて」
綾部さんに見つめられながら、封筒を開封して便箋に目を通した。
『山柿聖さまへ。よかったらですが、私とお付き合いしてくれませんか?
ぜひ彼氏と彼女の関係になって欲しいのです。返事はお早目に……。綾部トモコ』
なんだこれ……。
僕は文面を二度読んだけど理解できなかったので、もう一度読んだがやっぱり同じだった。
綾部さんは岩田が好きだったんじゃないのか?
でもこれには僕宛てに書かれている。
今日の一連の悪戯の延長ではないのかと思ったが、眼の前の綾部さんは黙ったままもじもじと視線をあちこちに彷徨わせていて、頬も少し紅くなっている。
お淑やかに見える。
マジっぽい。
とするとなにか? 昨日の岩田と綾部さんのツーショットのやり取りは、僕にコレを渡してくれるよう岩田にことづけを頼んでいたというのか?
「どう?」
美少女は不安そうに下唇を噛む。
悪だくみをしているようには、とても思えない。
「信じられない……」
そう、信じられない。
全てがその言葉に集約される。
僕の顔は親父とほぼ同じだ。
山柿家代々の怖顔の遺伝情報を確実に落とし込んだ親父。
その親父と結婚した母さんの若かりしの写真を見るからに美人だったりする。
とてもこの手の顔とじゃ釣り合わないほど可愛かったりする。
昭和時代の断れないお見合いとかで強引に婚姻させられたかと思えば、恋愛だったりするのだ。『お父さんは超カッコよかったんだから』と今でも言う母さん。
捨てる神あれば拾う神あり。
世の中は不思議な事だらけなのだから、僕にも奇跡が起きてもおかしくはないだろう。
だけど……、
仮に綾部さんが本当に僕の事が好きだとしても、それでも僕はこの人を気に入らない。
この綾部さんは、どうしてわざわざこの大学受験のタイミングで告白するのか?
人生を決めるかもしれない受験だぞ。気が散るような真似をする事じたいがNGだ。
僕だったらオッケーすると踏んで、受験の励みにする算段というわけか。
つまり打ち明けられた僕がどれほど動揺するかとか、何とも考えちゃいない自分中心の人間なわけだ。
他人の謝罪文をチラつかせ、弱みを握ったうえでやりたい放題。
裕福な家庭で育ったお嬢様らしいが、上から目線で僕を見ている。
召使いと勘違いしているのか?
なんにしても気に入らない。
親友の岩田が僕との間に入らなかったのは頷ける。
こんな性格の女性の事を……ツンデレ?
いやいや単なる性悪女だろう。
「それって、喜んでいいの?」
綾部さんの揺れる表情は、フィギュアの彼女たちには無い反応。
見惚れるほど美人だけど、喜ぶわけにはゆかない。
「止めて、顔が近いわ」
綾部さんは顔をそむけた。
興奮して顔を近付け過ぎていたのだ。
「悪い。あの……やっぱり、怖いか?」
「あたり前でしょ。さっきも言ったわよ私」
よく分からないこの人。
本当に僕を好きなのか?
まさかこのラブレターまで僕をおちょくる為の仕込みだとは思えないが……。
そんな時、ドアをノックする音がした。
僕たち揃って注目する中、少しだけ開いたドアの隙間から母さんの顔が半分見えた。
「いいのかしら? 取り込み中だったかしら」
慎重だ。ヤバイ物でも見たような、警戒モードだ。
「あ、どうぞ」
僕が返事をするより先に綾部さんが言った。
ついでベッドから立ち上がり急いで上着を着始め、乱れてもいない頭髪を手で直したりしている。
あのねえ。そういった態度が変に誤解されるのだけど……。
そっと中腰で入場した母さんは、恐る恐るミニテーブルにクッキーと紅茶を置き再びバックして戻った。
ドアを半分ほど閉めて顔だけ覗かせている姿は、繁殖期のパンダのオスとメスを確認する飼育委員のようである。
「何でもないんだから、母さん」
「ええ。まだ何も始まっていないので、ご心配なく。お母さま」
「言い方変だろそれ」
「そう? じゃあ『じき始まるでしょうから、立ち入りはご遠慮ください、お母さま』とでも言えばよかったかしら」
「なんなら、良い香りのするロウソク持ってこようか、聖(さとし)?」
「母さんも乗ってこないでくれないか」
一通り冗談を言い合った後、母さんは「こんな息子ですが、仲良くしてやってくださいな」
ごゆっくり……。と言い残して姿を消した。
「いいお母さまじゃないですか」
「ありがと」
「じゃあ。食べましょうか」
さっそくミニテーブルに座った綾部さんは、クッキーをひとつつまんでパクリ。
「うーん。美味しいっ! さあ、山柿くんも紅茶が冷めないうちに」
なんだこいつ? まるで僕がお呼ばれでお邪魔しているようだ。
このまま綾部さんと付き合う?
とんでもない。いいおもちゃにされるだけだろう。
男子たちからは嫌みを言われ、良い事なんか何一つないじゃないか。
僕は美味しそうにテーカップを傾ける校内一の美人を見つめつつ、ひとつ溜息を吐いた。
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