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★お出迎え
しおりを挟む――岩田愛里――
当時のあたしは無邪気と言いましょうか、無知と言いましょうか、本当におかしくてたまりません。
まだ山柿さまとお付き合いをしているわけでもないのに、勝手に喜んでしまって困ったものでした――。
いよいよです。
いよいよ今日、山柿さまがお家に来るっ!!
きゃ――――っ!
もう昨日から興奮してしまって、実は昨夜ほとんど眠れなかったのです。
だから授業中あくびの連発、帰ってからも大きなあくびをしてしまい、
「ふわわわ~~っ……」
現在もラリホー状態。
いけません。いけません。レディが大きなお口を開けてあくびだなんて、もし山柿さまに見られたら嫌われてしまいます。
だから冷蔵庫からカルピスの原液を取り出し、濃い目に仕立ててからコクコクと頂きました。
命の水カルピスで目を覚ませ(カルピスはあたしにとって、ホイミでもあり混乱眠りといったステータス異常の回復にもなるのです)眼がぱっちりとしてきたところで、お部屋に戻ってから、お気に入りのワンピースを着て髪を梳かし、前に『素敵だね』と褒めてくれた昆虫の羽根を背中につけました。
スタンドミラーには、昆虫レディみたいな立ちポーズをして、さり気なく微笑むあたしが映っています。
うーん。
あのロマンチックな映画《ザ・フライ》に憧れてこんな格好をしているのですが、あんまり似ていません。
勇者さまには素敵に見えるでしょうか。これで……。
今ひとつしっくりこないまま洗面所に行って、今度は歯磨きです。
しゃかしゃかしゃか、ごしごしごし。
山柿さまと何かあるかもしれません。もの凄い事が起きるやもしれないのです。
口臭が原因で残念な結果になっては最悪なので念入り念入り。
洗面鏡に映るあたし。きらきら白い歯、うんうん。満足、満足。
自分のお部屋に戻ってタンスを引き、中から取り出したのは、この日の為に選んでおいたお気にいりの、
じゃじゃ――――んっ!!
両手で高々と掲げたのは、いちごのパンティー。
(レディーはパンツのことをパンティーと呼ぶので、あたしも見習ってます)
これこれ、素敵~っ!
ニンマリです。
パンティーの横にふわふわレースのリボンが付いていて、生地も透けていたりして、これぞレディらしいパンティーなのです。
ママがネットでお買い物をしていた時に偶然あたしが目にしてしまって、その余りの可愛さに、『欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい。お小遣いいらないから買って欲しいの――っ!!』と両手をすりすりしながらママにお願いして、無理やり買ってもらったのでした。
そこら辺の物とは違う逸品なので、学校の身体測定とか体育のある日には履いてはゆけず、普段も転んだ時とか体育座りをした時とか、風でスカートが捲れたりとか、見られてしまいそうで履くことが無いのでした。もっとも見られても全然問題ないのですが、羨ましがられるのが嫌なのです。
これを装備していれば女子力アップは確実。いつ勇者さまに見られようと怖くありません。
いえいえ、それどころかアップしたあたしを見て勇者さまが興奮され『あ~れ~っ、いやいや、うっふん♪』などとチクチク以上、別の意味で恐ろしい事態になるやもしれません。
「は――っ、ふぅ――っ。は――っ、ふぅ――っ。は――っ、ふぅ――っ」
つい力が入ってしまって、いけない、いけない。落ち着かないと。
そうです!!
ぴんっ、とひらめき、急いでパンティーを履いて廊下を駆けました。
一番大切な事を忘れていちゃダメですって!!
到着したのは、あたしたちがチクチクの契りを結んだ記念の場所、彼が『またね』と再会の誓いをしてくれた場所。
そうです。このおトイレを掃除しなくちゃいけないのです。
きゅっきゅっきゅっきゅっ。
ハンドモップで念入りに磨き、消臭剤もイチゴ風味に変えました。
うっわあ~。甘い、いい香り。
いよいよ今日、このおトイレでまたチクチクされちゃうかも。されながら告白されたりして。
「きっいいやああああぁぁ――――っ!!」
「は――っ、ふぅ――っ。は――っ、ふぅ――っ。は――っ、ふぅ――っ」
落ち着くのよ、落ち着くのよ、あたしっ。
もしそうなったとして、告白されたとして……。あぁ、あたしはまだ小学三年生。これからお嫁さんに行くかもしれない娘を許してください。ママ、兄さん……。
コウノトリさんに赤ちゃん予約をしなくてはっ……。
すっかり広がった妄想にうっとりしていると、「来たぞ!」と兄さんの声が届きました。
来たって、まさか勇者さまっ?
あれ、玄関のチャイム鳴ったかしら。
いけないっ!!
慌ててトイレを飛び出し、靴下のまま廊下を走りました。
するとリビングに入ろうとする山柿さまの大きなお背中が見えました。
やった。まだ間に合うっ!!
勇者さまの前でレディらしく『いらっしゃいませ。山柿お兄ちゃん』とご挨拶するのです。それも膝を少しだけ曲げて、ワンピースの裾をちょっぴり持ち上げたりして、ニコっと上品なお嬢さんみたくにするのです。
そしたら『おおっ、この子やけに品が良いぞ。しかも可愛い昆虫ファッション』と他の女の子との違いをアピールしちゃう狙いなのです。
企み通りに、まずは勇者さまの前に止まろうとしたのですが、靴下がつるつる滑ってしまって。
――止まらないっ!
ちょっと、ちょっと、あわわわわ。
ぶつかるっ!
咄嗟に回避しようとカエルのようにぴょ~んと飛び上がったのですが、着地したのは勇者さまのお背中。
きゃーっ! どうしましょ!
あたしって、勇者さまにおんぶされてますっ。
品が良いレディの挨拶は……もう、どうやっても無理そうです。
きっと勇者さまの中で、あたしのイメージがずっこけオテンバ小娘になっちゃってます。シクシク。
なんとか誤魔化すしか……。ここはあえてサプラズを狙った感でゆくしかないでしょう。
「いらっしゃい。山柿お兄ちゃん♪」
《予定通り、ジャンピングおんぶで歓迎してみましたーっ! てへっ♪》みたいに言い切ってみると、低音ボイスで「こんにちは」と返ってきました。
なんと。
凄い渋い声。かっこいーっ。
なんて大きなお背中。あったかーい。
兄さんも大きいけど、山柿さまは更にひと回り大きいのです。すごーい。
あぁ、夢のように幸せ……。
このまま、ずっとこうしていたい。
とろ~んと揺蕩(たゆた)っていたら、お尻にむずむずとあたるお手々の感触。
間違いないです。……こ、これって……山柿さまのごつごつした逞しいお手々。しかも指が動いているっ?
はぅあぅ……っ!!
いけないいけない。あたしったら……。ごっくん(つばを飲んじゃいました)
おんぶしているわけですから、されているわけですから、こんな風に両手で支えるのが……それはもう自然というものです。ハイ。
その手とか指が少しだけ動いたからといって、何を期待しているのでしょう。
はしたない、はしたない。下品過ぎです。
でもまあ、もし勇者さまが意図的に動かされておられるのであれば、それはもう、結構なことですし、思う存分お尻といわずどこでも触ってくれていいのですが、さっき動いたのは偶然だったのでしょう。今はもう支えているだけですから。
でも偶然とはいえ、おんぶならではの幸運。
うううう嬉し過ぎ。感激。
「こら愛里。お行儀悪い」
はた、と気づきました。同じ部屋にいたのです兄さんが。
あたしをじろりと睨んでいて、怒っているみたいです。
あぁ、そうでした……。
『山柿が来ても近寄らない事。挨拶くらいならいいけど話しはあまりしない事』
昨夜、兄さんと約束したばかり。軽薄な妹と呆れていることでしょう。
なにせ『近寄らない事』を通り越して、密着(おんぶ)しているのですから言い訳できません。
「ごめんなさい……」
兄さんは不満そうに顎を少し動かします。
あぁ、これって、降りなさいの意味ですね。
兄さんがいなければ、このままずっと山柿さまとの触れ合いを楽しめるのに……。
フローリングの床に降りて兄さんを見ると、強張っていたお顔に少しだけ笑みが浮かびました。
やれやれ。
あたしのことを心配してくれるのは嬉しいですが、幼稚園児じゃないんだから、ほっといて欲しいところです。
ねーっ山柿さま、と視線を兄さんから隣りに移したのですが。……あれ?
キュン。
今なんか胸の奥で小さく鳴った、よ、う、な。
これってなんだか――――HP残量1でマヒ状態になったみたいな感覚。
冒険中なら即ルーラで街の宿屋に直行しなくちゃなのです。
……頭がふらっとするし、熱も出てきてるし、息苦しいし。
「愛里ね。お兄ちゃんに会いたかったかも……」
――あれっあれっ??
あたし今何か言った! ぼそっととんでもない事口走っちゃってるっ!
山柿さまと密着して、そんでもってこんな近くで怖いお顔を見れて、ハイになって。
兄さんの眉間がピクピクしていて、険しいお顔。
あっちゃー、不味いです。すっごく。
隣の山柿さまの怖顔もぴくりぴくりと動いて、
はて……これは……いったい??
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