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☆ツーショット
しおりを挟む翌朝。
僕はおごそかな気持ちで、普段より三十分早く登校した。
もちろん謝罪文が入った封筒を持って。
案の定下駄箱には、いつもどおり岩田の所だけローファーが入っていた。
既に剣道部を引退している岩田だが、習慣なのだろう、朝連の時間にはもう登校しているのだ。
生徒が少ない今がチャンス。
階段を早足で上がり、廊下を進んで僕のクラスのドアの前に立つと心臓がトクンと震えた。
えーい、情けない心臓めっ!
自分に気合いを入れてドアを引き開け、二歩ほど進んで――、
――――硬直してしまった。
爽やかな朝日が差している教室の教壇の横だ。
無表情に立つ岩田の隣に、本校一の美女と呼ばれている綾部さんがいるじゃないか?
いわゆる岩田とツーショットだ。
教室の他の生徒四名も二人を注目している。
綾部さんは半年前に隣のクラスに転校してきた。サラサラのぱっつん前髪が日本人形みたくて清楚で、直ぐに男子生徒憧れの人となった。
実は僕にとっても特別な存在だ。もちろんいい意味での。
それは一か月前。
綾部さんが僕に話しかけてきたのだ。『おはよう』と。
はい? と思うかもしれないが、僕には事件だった。
僕が女子に挨拶をしたら、普通は無視か良くて目線を合わさずの投げやりな返事だ。
だが綾部さんは違う。
僕を見つけると必ずキラキラした瞳で、にこやか~に『おはようーっ』と挨拶してくれる。それ以上の会話は無いが、その一瞬が訪れてから三十分ほどは、ぽわ~んと癒やされて心が満たされていて、生身の女子の中には綾部さんみたいな子はいない。
綾部さんを例えると……、今の季節二月だと梅だろうか、可愛くて控えめな梅のような人なのだ。
その綾部さんがわざわざ岩田に会いに?
岩田が目を通している便箋みたいな物の下にピンク色の封筒を重ねて持っているが……ラブレターのようだ。
綾部さんが想いを紙に綴ったのだろう、お淑やかな日本女性らしくて素敵だ。
上手くいって幸せになって欲しいけど、岩田がポーカーフェイスのまま変化がないのがちょっと嫌な予感がする……。
「断る」
平べったい声がした。
岩田がラブレターらしき紙を無表情で突っ返しているではないか。
綾部さんが信じられないって顔して受け取っていて、見守る生徒四名も口がハニワになっている。
あっちゃ~~っ!
ラブレターをその場で読むなり、ハイ返却って。
岩田よ酷い。酷過ぎるだろ。綾部さんが可哀そうじゃないか!
すると岩田が僕に気づいたようで、片手を上げ近づいて来て陽気に言った。
「おう! おはよう。どうだ、今日勉強会するか?」
バカヤロウ!
何で僕にニコニコしている。ちったあ綾部さんにその笑顔を向けろってんだよ。
岩田め、優しい綾部さんを振るとは許せない。
わからん。こいつわからん。勿体ないだろう。
いや、それ以前に女子を簡単に振る岩田の神経が理解できない。
もっと言えば、振るにしても、こんな人のいる教室とかじゃなく、人気のない場所とかで、綾部さんが傷つかないよう気を配るべきじゃないのか?
岩田の肩ごしに、綾部さんが悲しそうにこっちを見ていた。瞳が赤い。潤んでいるじゃないか。
このクソ岩田。綾部さん泣かすんじゃねーよっ!!
それにしても可哀そうな綾部さん……、なにか声をかけるべきだろうか、いや、ここは黙っているほうが傷口が、などと思考を巡らせていると、綾部さんが気まずそうに視線をあちこちさまよわせ、出口に立つ僕たちに近寄ってきた。
隣の教室に戻るには、ここを通過するしかないのだ。
「おい、おい」
僕は岩田の横っ腹を肘でつついた。
一言くらい何か言ってやれよ、という意味だったのだが、
「ひゃっ! あはははっ。ななにすんだよっ! そこ弱いの知ってるだろ」
何を勘違いしたのか岩田が身体をくねらせ喜びやがった。
バカヤロウ! 楽しそうにしている場合かっ!
騒々しい僕たちの横を、綾部さんはそれでもちらりと岩田を見てから素通りしゆく。
可哀想で仕方がない。といって何が僕に出来るわけでもなく。
「あの……綾部さん。大丈夫?」
気がついたら優しく声をかけていた。
黙っていられなかったんだ。
告白するなんて、もの凄い決意が必要なんだと身に染みてよくわかる。
僕も今日の夕方には岩田家で告白するのだから。内容は違っていても打ち明ける勇気の量は同じだと思う。
すると綾部さんがぴくりとして止まった。
ゆっくりと振り向く。眉毛の位置で綺麗に真横に切り揃えられた前髪の下、整った美しい顔が怒りで満ちていた。
「ふん!」
僕は睨まれたのだった。
あの可憐な綾部さんが『おはよう』でなくて、鼻息を飛ばしたのだ。梅のように控え目な人が、汚い物でも見るみたいに目を細めたのだ。
ショックだ。信じられない。
「おいっ!」と岩田が大きな声を出した。
ビクリとした綾部さんが、岩田を見て唇を噛む。
岩田が大きな声を出すなんて珍しい。剣道をやっている時の掛け声並だったぞ。
部活以外はほとんど喋らないし無表情モードのヤツなのに、たかだか綾部さんが、『ふん』と反発しただけなのに?
いつの間にか二人は睨みあっていたが、やがて綾部さんから黙って教室から出て行ってしまった。
――そうだ。そうじゃないか。
僕なんかが綾部さんみたいな女神に手を差し伸べようなどと、おこがましいにもほどがある。逆に失礼じゃないか。
哀(あわ)れむべきはこの僕なのだから。
さっきは黙っておくべきだった。
綾部さんに優しくすれば少しだけ会話が出来るとか、これを機会に挨拶以上の間柄に発展するかもとか、そんな下心は……。
わからん。有ったのかもしれないが。
綾部さんに察知されて突き放されただけ、びっちり線を引かれただけなのだ。
貴方は朝の挨拶だけのお友だちですからと。
綾部さんだって、いつも微笑んでくれているとは限らない。振られたばかりだったから、気が動転していたんだ、きっと。
済まない綾部さん……。済まない。
「大丈夫か?」
岩田は僕の背中を叩くと、穏やかに見つめている。
慰めているつもりなのか?
あのなぁ。そもそもお前が綾部さんを振ったからだろうが。
「で、どうだろうか、勉強会? 今日から俺ら三年生の授業は昼までだろ。昼からやらないか?」
「え?」
そうだった。人の事を心配するような余裕なんか僕には無いんだった。
数時間後に僕は岩田家のリビングの床に額を擦りつけて謝罪し、ただひたすら許しを願う、いやそれ相応の罰を貰うように懇願しているだろう……。
勉強会か。
渡すのには丁度いいかもしれないな……。
「……ああ、もちろんOK。一度家に帰って着替えてから行くよ」
「おう」
謝罪文は勉強会が終わってから岩田ママに渡すとしよう。
怒るだろうな、岩田……。
まさか、日本刀で斬られはしないとは思うが。
僕は岩田を前に苦笑いしかできなかった。
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