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☆、山柿の暴君

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 ――ぐるるるるっ! ぐきゅるるるる……。
 
 約束の木曜日。無理をして岩田家にお邪魔することにしたのだったが……。

 実は腹の調子が悪いのだ。
 だけど愛里に会える。逢いたい。たかが腹痛で断念はしたくない。

 冷たい冬風を浴びながらたどり着いた岩田家豪邸玄関前。
 はやる気持ちを抑えて呼び鈴を鳴らし、ようやく出迎えた岩田について家に入り廊下を進む。

 もう直ぐだ。後少しでリビング。あそこに僕の妖精がいる。
 ワクワクする気持を押さえて入るなり、即愛里を探した。

 しかし、愛里の姿は見当たらなかった。
 カーペットに直座りするのが好きな子だからと、ソファーの側面や裏、テレビの横など死角の影になりそうな場所を探してみたが居ない。
 高級クリスタルテーブルには参考書などが広げられていて、岩田が受験勉強をしていた事が伺える。

「おい。どうした?」

 岩田に催促されたが、僕も同じ事を言いたい。愛里はどうしたと? 
 しかし言えるわけもなく、立ったままだと不思議に思われる。

「ああ、なんでもない」
 
 仕方なく長テーブルの前に腰を降ろし、ノートなどを取り出して開いた。 
 愛里は外へ遊びに行ったのだろうか? 
 せっかく腹痛を我慢して来たのに、これだったら勉強するだけで終わってしまうじゃないか。
 まさか岩田が愛里に『そろそろ山柿が来るから、自分の部屋に行ってなさい』と注意したとか?
 だとしたら、余計なまねをしてくれたな。なるほど僕を家に招いても問題ないわけだ。
 参考書に集中している岩田の横顔がやけに憎たらしい……。

 ――――ぐるるるるっ!

 再び腹が文句を語り始めやがった。気を空していたが、我慢もいよいよ限界か。

「顔色悪いぞ。山柿」

 よく分かったな。僕の顔は普段でも怒っているように、角度によっては苦痛に見える。六年も付き合いがある岩田だからこそ、分かりにくい僕顔の微妙な変化を読み取ったのだろう。

「ちょっと、トイレ借りるな」

「廊下の突き当たりだから。他の部屋に入らないように」

「ああ」

 当り前だろ。人様の部屋に無断で入ったりはしない。
 リビングを出て、暴力的な圧力をお尻に感じつつ、そろそろ廊下を進んだ。
 すると、どこからだろうか、懐かしいデジタル調のクラッシック曲。
 ――ドラクエだ。
 前方の部屋からだ。近寄ってドアに耳をあてるとはっきりと聞こえるBGM。ピンときた。
 なるほど、妖精はここで冒険中。つまりここが愛里の部屋だ。 
 岩田め、僕が妹の部屋に侵入すると読んで、先に線を引いたわけか。どこまでも兄バカなヤツ。

 だが僕の脳内では、ドラクエをプレイしている愛里がもくもくと浮かんできて、その中へ入り込む――。

『どれ、お兄さんが裏技を伝授してやろう』
『ええっ! 凄いっ。愛里こんなの知らないよぉ。どうやるの教えて』
『はっはっ。たいしたことじゃないよ。ここをこう』
『わあっ! 愛里にもできたーっ! ありがとう山柿お兄ちゃん。あのぉ……よかったら……今度はコレで遊んでくれる?』
『どれどれ、これかな?』
『あーん。だめぇーっ! そこじゃないよぉーっ。お兄ちゃん、こっちーぃ』
『そうかそうか。はっはっはっ』

 もう部屋に入りたくて仕方がないっ! 
 愛里の顔が見たい。折角来たのに、ここで会わなければ次ぎはいつだ。もう逢えないかも。
 部屋のドアノブを握りしめたまま考え込んだ。

 どうする……。
 簡単なことだ。これを捻れば済むだけのこと。別に襲いかかるわけではない。挨拶するだけでもいいじゃないか。
 よしっ! 開ける方向で決めた。
 だがどうする。取り敢えず開けて。いや、まずはノックをするのが礼儀。それから開けるのだが、愛里を見てなんと言えば良いのだろうか。

『大丈夫だからね』

 怪しい。
 いかにも下心見え見えじゃないか。もっと誠実で爽やかに、それでいて愛里が僕に気を許し、部屋へ招きそうな言葉はないのか? 
 いや待てよ、そもそもいきなり開けたらどう反応するだろうか。
 この顔だ、普通なら『きゃーっ!』と叫ぶだろう。でも愛里は初対面でいきなり僕顔(ぼくがお)を間近で見たにもかかわらず、微笑むほどの《僕顔耐性》を持つ少女だ。 
 たぶん、大丈夫だとは思うが、もし万が一、騒がれでもしたら岩田が飛んでくるに違いない。ナチュラルな侵入方法はないか。

 苦悶をしていると、忘れていた腹部の暴君が、ぎゅるると叫んだ。
 お尻から『コンニチハ』をしたがっている物体が迫っている。

 もうだめっ! トイレっ! 
『必ず帰還するぞ』と強い決意でよたよたトイレに邁進する。やっとたどり着きドアノブを回して引き開けた。

「どわああああああああああああああ――――っっ!」
 
 己のまぶたが、ぴくぴくと痙攣し、思考が、身体が。
 便座にちょこんと腰を降ろした小さな先客の驚いた顔があった。淡いピンクのセーターに、赤地に黒のチェックのミニスカートから伸びた白い素脚の下、白い下着を足首まで降ろした、僕の妖精愛里だ。   

 ――どうしてここにいる? 部屋でゲームしてるはずじゃ。

「どうかしたかーっ? 山柿?」

 リビングからのんきな岩田の声が届いた。
 不味いっ! 
 お尻に片手を添えたまま僕の身体がぴくぴくと震える。
 こっちも不味いっ!

「ごめん。ち、ちょっと。愛里ちゃん。……そこ交代。空けて。お願い。お願いね。いい? 大丈夫?」

 お願いしたが僕を見ている愛里の目は点だ。思考停止している。考える人みたいに彫刻物と化していてる。

 もうどうすりゃーいいんだっ!
 やがて、パタパタとスリッパが廊下を叩く音が徐々に近づいてくる。

 おいおい来るのか岩田!? 嘘だろっ。止めてくれ。 
 な、なんか言わないと。こっち来るなっ! そうじゃなくて。

「だ、大丈夫だから~っ」

 普通の素振りで言った。ゆとりある自然体で、なんでもないことが伝わるように。
 つまらん事だが今発見した。尻に力を加えながら声を出すのは、意外にも難しいのだという事を。

「何が、大丈夫なんだ?」

 いかん。余計に興味をそそりやがった。このままだとトイレを覗いた痴漢野郎の出来上がり。岩田に日本刀でバッサリENDだ。

 ――――ぐぎぎゅううっっ。 
 
 あっ。たぶん最後。
 そう思われる鈍い破裂音と弩級の腹痛。
 現物が少し外に覗いたかも。
 僕は心中で合掌した。

 先立つ不孝をお許しください、母さん。
 そして……ごめん愛里っ!!

 急いでトイレの中に入り後ろ手でドアを閉めた。
 密閉された個室に愛里とふたり……、などと喜んでいる事態ではない。早く便座に尻を着地させないと。 
 愛里がいるにも関わらず、ズボンとパンツを一気に下ろし、

「すす、すぐ、終わるからね……、えへえへへ……」

 自分が変態に思えたが、言い直す猶予はない。
 途端に口をあうあうさせ始めた愛里を抱き起こして立たせ、かわりに自分が便座に腰を下ろした。
 仕方がなかったのだ。このまま愛里の前で何もせず糞を垂れ流すのか、それとも便器に落とすのか。
 どちらも最悪だが、後者が僕の中では僅かに優った。
 溜息もつかの間、僕の目の前。そのまま立っているハズの愛里の白い小さなお尻が、ゆらゆらと左右に動く。
 力が抜けてストンと僕の太ももに落ちたのだった。
 少女のふとももやらお尻が、俺の剥き出しの股間にっ?

 ――えええっ!!
 脳内で爆裂する――《祝月面着陸性交、違う違う成功!》――にも似た喜び。 

「大丈夫かっ?」

 岩田の声がドア越しに聞こえた。
 咄嗟に愛里の小さな身体を後ろから抱くようにし、両手で口を押さえた。悪いがこの場で、騒がれるわけにはゆかない。
 
「ご、ごめん。ちょっと転んだだけだから」

「マジで? どっか打ったか」

「いや、ただ驚いただけだから。ほんと……」
 
 な、なんと気持ちいい愛里のお尻の感触。
 ぽりんと柔らかくて、温かくて、俺の腕の中で少女の華奢な身体がぴくぴくと動く。
 抱きしめたりしなくても、愛里はじっとしていたかもしれない。
 だけど思いっ切り抱きしめた。僕と愛里の心臓が壊れんばかりにバクバクしている。

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