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☆イケメン岩田兄

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「ここにいたか、愛里」

 突然後ろから低い声が聞こえた。
 剣道をやっているからか、細身なのにしっかりと筋肉のついた身体はセーターを着ていてもはっきりとわかる。サラサラの前髪の下の甘いマスクは、僕と同じ高校生とは思えないほどの超イケメン。学校では多くの女性徒から熱い視線を受けまくっている岩田建成(いわたけんせい)が参考書を持って戻ってきたのだ。
 僕は岩田兄妹の顔を交互に見つめる。
 そういえば岩田の母親は元モデルだったっけ。どうりで、なるほど家族揃って美形なのね。

「クッキーを作ったのか……」

「うん。兄さんも食べてっ」

「ありがとう……。うむ。美味しい」

「えへへへ」

「困ったな……。じゃ、そろそろお兄ちゃんたちここで勉強するから、愛里はちょっと」

 岩田が目配せすると、愛里は「はーい!」と元気よく立ち上がり、背中の羽根を揺らしながらとてとてとリビングを出て行く。

 え? え? え? 

 別に部屋を出なくとも、リビングはこんなに広いんだ。近くで本でも読んでれば良いのに。
 岩田め、余計な事を……。

「おい! どうした?」

 僕を見る岩田の顔が珍しく曇っていた。

 ヤバい。もしや怒ったか?
 普段からポーカーフェイスの岩田はあまり感情を表にださない。特に怒るという感情は、中学一年の時からの付き合いだが見たことがない。
 僕が愛里の消えた先を見続けていたから、変に思ったのか? 用心しないと、ロリコンだと勘違いされても困る。

「え? あ、いやなんでもないって。よしっ! さーてと、何から始めるか? 僕の得意な数学からいくか」

 さっさと受験対策を始めたほうがよさそうだ。
 クリスタルテーブルの前のソファーに腰を下ろして勉強道具を出し、勝手に勉強を始めてみたが、岩田は立ったまま僕を睨んでいる。

 おい。何をそんなに怒っている。意味がわからん。

「どうした岩田?」

「……いや、なにも」

 ようやく岩田も向かいに座り参考書を広げた。
 三十分ほど経過しただろうか、リビングは適度に温かく静かで勉強には良い環境なのだけど、なかなか勉強が頭に入ってこなかった。
 原因はもちろんあの子。ニコッと遠慮気味に微笑んだ顔が、長い黒髪が、あどけない仕草が脳裏に浮かんでしまうのだ。
 もう一度会ってみたい……。
 自分の部屋だろうか。帰る時に愛里の部屋を覗いて「ばいばい」と挨拶するくらいなら……。

 ――ん? いかん、いかんっ! 

 頭をぶんぶん左右に振った。ここへは何しに来た。受験対策だろうに、なにを考えてる僕は。

「何話してた? 妹と」

 黙々とペンを動かせていた岩田が、急に冷やかな顔を向けた。

「えっ! なんだ。なんだ」

「集中してたか?」

「いや、別に。ただ……背中の羽が可愛いねとか。その程度」

「うむ。……そうか……」

 岩田は意味深な眼でじーっと僕を睨み、無言でテキストに視線を落とした。

 ――変なやつだ。
 こいつ勉強していると思ったら、今までそんなことを考えていたのか? まあ僕も言える立場ではないが……。

「おい山柿。あれがわかるか?」

 再び言い出した岩田の見上げる視線の先。

 ん……?

 リビングの壁には額縁に入った数々の剣道大会の表彰状が飾られてあった。
 この岩田は剣道において、全国トップレベルの実力を持つ。僕も中学時代、いちおう部活で剣道をやってはいたが、それは本当にやっていたレベルで、こいつのとは比べものにならない。
 その表彰状の隣に、気にするなと言われても、つい目が向いてしまうほどの圧倒的な存在感を放っている日本刀が一口。木製の刀掛けに仰々ぎょうぎょうしく飾られてあった。

「バカだと笑うかもしれん。だがな、もし愛里に手を出す男がいたら、即座にアレで斬る」

「はあっ?」

「気にするな。戯言ざれごとだ」

 いやいやいや、真顔で何言ってやがる。気にするなって言われても無理だろう。
 そんな危険な前フリしておいて僕たち親友だよな。それに独り言なら、独りの時に呟けよ。
 
「なにそれ……。意味がわからない。威嚇のつもりか?」

 岩田は自分のノートに蛍光ペンで印を付けつつ。

「万が一のことだ。一応伝えておきたかっただけ。詮索はするな」

 万が一ってなんだ。
 僕が君の妹をどうにかするとか考えているのか? 僕はそんなに危険人物なのか? 
 ああ、そうか。そうなのかっ!
 子供を溺愛する親バカがいるけど、こいつは妹を溺愛する兄バカなんだ。
 僕が妹に劣情してしまっているとか、Hなイタズラでもしそうだとか、有り得ない妄想をして気を揉んでいるんじゃないのか。
 馬鹿馬鹿しい。なにが受験対策だ。
 そもそも、K大学は岩田の偏差値では厳しい。僕に対策を教わりたいと岩田が言うものだから今日来たまでだ。わざわざ自分から誘っといて、そんなに妹が心配なら僕を招くなと言いたい。

「帰るわ。用事を思い出したから!」

「そうか」

 喧嘩腰に言い飛ばしたら、視線を伏せたまま返事をしやがった。
 ヤツも相当な剣幕のようだが、知ったことか。兄バカの相手なんか出来るかっ。

 さっさと勉強道具を片付け岩田家を出た。
 このもやもや気分を沈めなくては、受験勉強どころではない。
 帰宅後、昨日同様に即風呂のスイッチを押し、沸くまでクローゼットの彼女たちに愚痴を聞いてもらい、入浴は今日の番のセイラさんと入った。
 ちゃぽーんと心落ち着く澄んだ音色。風呂独特の湿気を含んだ暖かな空気を胸一杯に吸い込む。
 セイラさんと一緒にあかりに照らされ揺れる湯面ゆうめんに身体を沈ませていると、岩田の毒舌は湯気のようにどこかに消え、変わりに羽根を背にしたあの子が脳裏に浮かんてきた。

「可愛かったなあ~」

 可憐で、愛らしく、……そして美しい。
 胸の奥がトクンと重苦しくなる。こんな感覚は初めてだ。
 過去にも学校で可愛らしい女子を、良いなあ~と遠くからチラ見することはあったけど、それだけだ。胸が重苦しくなったり、ましてや彼女たちと風呂に入っている時に思い出したりはない。 
 もっとも憧れの女子に嫌な顔を見せられたり、笑って逃げられたり、酷い言葉を投げられたからかもしれないけれど。
 だけど、あの愛里という子はどうだ。僕と普通に会話をしてくれ、しかも微笑んでくれるだなんて、最高に嬉しくなる。
 できればもう一度会えないだろうか。
 そんな考えをしていたら、セイラさんを湯船に水没させていたのに気付き慌てて引き上げる。

「ごめんねぇセイラさん。ついぼ~っとしてて、側にいるのに、無神経過ぎたねぇ僕は」

『ううん。大丈夫だから……』

「ありがとう。セイラさん」

 謝罪したあとも、愛里の面影が脳裏にちらついてしまって、セイラさんの顔を寄そに向けて妄想してしまった。 
 



 
 風呂から上がり着替えて部屋に戻ると、机に置いてあった携帯が着信メールの明滅をしていた。

『さっきは、悪い事をした。許してくれないか』

 兄バカからだ。
 どうだろうかこの急変ぶり。反省が早過ぎて、真実味がないんだけど。

 岩田とは長い付き合いになる。
 中学一年の時に岩田が転校してきて、僕と同じ剣道部に入部してきた。学校では口数の少ない男だが爽やかなイケメンだったので、直ぐに女子たちの話題に上った。もちろん高い好感度でだが。そして岩田に恋人がいないと知るやラブレターが殺到したのだが、この岩田、言葉少なく丁寧に断っていた。学校で一番人気の女子からも告白されたが、それでもあっさり断った。
 なぜだ。理解できん。当選した宝くじをわざわざ捨てているに等しいと男子連中は騒いだ。
 当然彼女がいない男子から集まる嫉妬。岩田はクラスの男子から嫌われる存在となってしまい、だけど岩田自身はそれをどうこうしょうという気は無いみたいで、無口で静かな男子を通し、それが現在まで至っている。
 唯一岩田と多く会話をする相手がこの僕だ。何処が気に入ったのか分からない。この顔でないことは確かだけど。
 
『了解。気にしてないから。安心しろ』

 そうメール返信しておいた。
 別に岩田自身が嫌いではない。あの時、ついカッとなってしまった。いつもは無口な岩田が、自分の妹に必死になっている。それが一人っ子の僕には羨ましかったのかも……。もしかしたら愛里のような可愛い妹がいる岩田に嫉妬したのかもしれない。

 ぴろろ~ん、と再びメール着信。見るまでもなく100%岩田だ。

『感謝する。今度モスバーガーでもご馳走しよう』

 いらん、いらん。
 僕は笑って携帯をベッドに放り投げた。




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