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子供ができたぞ
しおりを挟む四日後。
ノブナガの周囲には落ち葉をもたげて顔を出すキノコが5本あった。
胞子散布した結果、土から自分と同種のケンジンノコが生えたのだ。
つまり、ノブナガの子供。
前世の俺は25歳、独身。
彼女いない歴も25年。
デートもチューもしたことがない童貞野郎だったこの俺に子供が出来たわけだ。
「きゅぴきゅぴ~」
ノブナガには、可愛らしい産声が届いていた。
実際の音ではない。
人間の耳には捉えられない周波数の音で子供たちが鳴いている。
ノブナガには母性愛に似た、強い感情が芽生えていた。
子を想う親の愛情。
な、なんて愛らしいんだろうか。
俺が守る。絶対に守る。死んでも守る。
たかが3メーター四方の地面にキノコが生えただけなのに、5匹のキノコを眺めているだけでノブナガの心は癒され、幸福感に満たされてゆく。
そして、ノブナガはキノコの本能に赴くまま、
えくすたしぃぃ――――――っっ!!!!
だった。
◆
キノコ20本。
以後もキノコは増え続ける。
生まれたキノコたちがノブナガと同じように胞子散布を行い、その生まれたキノコたちが更に胞子散布をする。
倍々形式に増え続け、今やノブナガを中心とした半径5m周囲には、色とりどりのキノコたちが、傘を開いてきゅぴきゅぴ騒いでいた。
「「きゅぴきゅぴぃ――――ぃっっ!」」
「「「えくすたちぃぃ――ぃっっ!!」」」
「「「きゅぴぃぃっ!!」」」
「「えくっ、えくっ、うっ――っっ!!」」
「「えくすたちぃのぉぉぉ――っっ!!」」
「「きゅぴきゅぴーっ!」」
ここまでくると可愛いはずのきゅぴきゅぴとイク声が、騒音にしか聞こえないノブナガだった。
胞子散布は気持ち良い――、よく分かる。
しかし、昼夜問わず集団で叫ばれると、ノイローゼになりそう。
我慢できず、ノブナガは思わず脳内で叫んだ。
『静かにしろーっ!!』
するとどうだろう、ピタリと静かになった。
うるさかった喧騒が、好き勝手にばふっばふっ、吐き出していた白粉が消えた。
ど、どうしたこれ?
心の叫び――、心話が子供に届くのか?
そして理解できるのか?
ただのキノコだと思い込んでいたノブナガは驚き、そして知能の存在を期待した。
ならば試してみようか。
『もうきゅぴきゅぴしていいぞ~』
心話で言うと、ざわざわと遠慮気味にきゅぴきゅぴを始め、胞子散布も再開された。
衝撃だった。
心話を理解できている、とまでは決めつけられないが、少なくともただの植物ではない。
ノブナガは子供たちにいろいろ訊ねた。
コミュニケーションが取れる可能性があるのだから。
結果。
感情が宿った、怒鳴る声や優しい声は理解できる。
だが、現状彼らと言葉のやり取りは出来ない。
それはつまり人間の赤ちゃんと同じもので、これから学習して伸びゆくものなのか、それとも一生このレベルかは時間が経たないと分からない。
ノブナガは、簡単な単語から少しづつ教えることにした。
なにせキノコはヒマだから。
生えているだけだから。
オウム返しでも出来るようになれば、会話の可能性が開ける。
そう決め、2日目の事だ。
『パパ……』
パパ?
ノブナガに聞こえた。
確かに聞こえた。
『パパ……』
まただ。
ほとんど教えてないにも関わらず、向こうから勝手に話してきている。
『俺の言葉が分かるのかっ?』
『うーん。ちゃんと聞こえるよー』
周囲に生えた50以上のキノコのどれかは特定できていないが、
そんな事より、日本語で、ちゃんと普通に言葉のやり取りが出来ている事実――、
会話能力がある事に、興奮が抑えられない。
『ど……、何処だっ? どこ、どこにいる!』
『パパから五メートル離れた岩の横だしー。黄色い傘だよぉー』
ギャル口調だが、関係ない。
むしろ生活感があってヨシ!
言われた通り岩の付近には黄色い傘のキノコが生えていた。
『おお、あれかっ!』
『見つけてくれたしー。超うれしー。きゃっきゃ!!』
超うれしー、とか言ったぞ! すげえ。
『どうして話せるんだ? どうやって学習した?』
『分かんないしー』
『他のキノコはきゅぴきゅぴ言ってるだけだけぞ』
『そんなこといきなり言われても、超困るんだけどーっ!』
短期間で覚えるわけがない。
生まれ持って獲得していた可能性――。
『そうか! お前も転生者?』
前世は日本のギャルだろう。
『てんせい? なにそれ美味しいの?』
分からないか――。
転生したが記憶を失ったケースかもしれない。
ただ、間違いなく言える事は、この子は俺から誕生したキノコだ。
かけがえのない俺の子供だ。
日本語で会話ができる貴重な俺の子供だ。
『よく産まれてくれた、感謝するよ』
『違うしー。パパのお陰だってばー』
『そうかそうか。嬉しい事を言ってくれるなぁ。ちなみに名前はあるのかい?』
『無いしー。名前って親がつけるものじゃないのぉー?』
そういや、そうだ。
『では、ヒデヨシと名付けよう』
『……』
『どうした?』
『あのねぇー。
あたし女だしー。
可愛いーのないわけぇー?』
五メートル先の黄色い傘がくねくね揺れる。
『そ、そうか。
では『ねね』でどうだ!』
『古風なのー。まーパパがせっかくつけてくれたからー、我慢するぅー』
いじらしい。
『そうかそうか。じゃーねねよ』
『なーにパパ?』
『ねねの他に話せるキノコはいるのかい?』
『いないよー』
ねねは、奇跡的に出会った日本人の転生者なんだ。
大切にせねば……。
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