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十話 森の湖に見える影
しおりを挟む街を発った僕達は、ギルドマスターに言われたとおり、東へと疾走していた。
視線の先には、すでに森が見えている。
「リア、大丈夫か?」
「うん、問題、ない」
やや息の上がっているリアに、声を掛ける。
とはいっても、端から見れば僕達は驚異的なスピードで進んでいるように見えただろう。
リアが少しバテ気味なのは、魔術師であるが故。
まばらに起伏している地面を殆ど苦にせず、前衛職の僕に付いてくるんだ。
リアの強さはどれほどの物なのか、気になってくる。
今度、レベルだけでも聞いておこう。
「そろそろ、かな」
駆けながら、リアが僕に尋ねてくる。
「わからない、だけどもうすぐだと思う」
僕はそう言って、周囲に視線を這わせた。
背の低い草が、風に煽られ揺れている。森まで淡々と続くその景色の中に、小さな違和感を覚えた。
視線の傍らで、何か動いた、そんな気がしたのだ。
僕はその点を注視する。
森の横に大きなくぼみ。
あれは……湖だ。
そして、その森と湖の間に見える、小さい影と大きな影の二つが、なにやら動いていた。
見つけた、あれだ!
「リア、見つけたぞ!」
「うん、いそごっ……!」
誘導する僕に、リアが必死に付いてくる。
振り返れば、少し離れた所にリアは居て、ブロンドと煌めく髪を揺らしていた。
しばらくの間、一直線で駆けていると、程なくして僕達は影の元へとたどり着く。
そこでは、取り残されたと言われていた少女が健闘していた。
光陽を煌めきに変える、雪のような白い髪を靡かせて。
手に握られている剣で賢明に。
よかった、まだ生きてる。
僕がそう安堵した瞬間だった。
少女の小さく細い身体に、ワイバーンの尾が直撃し、地面を何度も跳ねながら転んでいく。
少女のうめく声が聞えてきた。
「リア、行くぞッ!」
「うん……ッ!」
ワイバーンはジリジリと少女へと距離を詰めていく。
それを見た少女は、なんとか立ち上がってみてはいるが、足にうまく力が入っていない。
あれではまともに動くとこすら出来ないだろう。
少女の頬に、小さな雫が流れる。そんな風に見えた。
「――ッ!」
地面を蹴り上げ、自身の出せる最大の速度でワイバーンへと疾走する。
ワイバーンは爪を振り上げ、今この瞬間に少女の一つの命を刈り取ろうとしていた。
だが、少女は動かない。動けない。
たとえ動けたところで、あの攻撃をもろにくらったのだ。大して状況は変わらなだろう。
しかし、もう今更関係ない。
だって――
ガンッ!
僕の剣とワイバーンの爪がぶつかり合う音。
ワイバーンの一撃を受け止める。
――間に合った。
「大丈夫ですか!」
僕は少女に声を掛ける。
後で微かに身じろぐ音が聞えてきた。
「君……は?」
透き通った声。
だが、その声音には力が無いように感じられた。
僕は視線を後ろへと向ける。
横腹を手で押さえ、痛みで顔を歪ませている少女の姿が目に映る。
ぱっちりとした二重の可愛らしいくも、強い決意を感じさせる翡翠色の瞳。
かすかに困惑の色が入り交じっているようにも見えるが、今はそんなことよりも、
「少し離れてください!」
ここから逃げてもらうのが先だ。
それを聞いてハッとした表情を浮かべ、よろよろしながらゆっくりとその場から動いていく。
少しだけ遅れてきたリアが、一瞬僕と目を合わせた後。白髪の少女の元へと行き、歩くのを手伝っていた。
ナイス判断だよリア!
僕はそれを見て、ワイバーンの爪を弾く。
「GYAAAAAAA――!!」
獲物を仕留め損ねたからか、ワイバーンが咆哮を上げた。
あまりの五月蠅さに、耳から音が少しだけ消えた。
ちっ、うるせぇな。
「コハク。治療は、終わった……!」
安全なところに運ぶだけかと思ったけど、回復魔法も使えるのかリアは。
僕がそんな事を考えたときだった。
「おっと」
ぎらつかせた視線で僕を見てくるワイバーンが、爪を振った。
こうしてみると、動きは単調だが、早い。
一旦距離を取り、向かい合う。
僕は火球をイメージし、魔力を練り上げていく。
そして。
「いけぇッ!」
以前よりも遙かの大きいく、そして熱量の上昇した火球を投げ飛ばす。
ゴウッと音を立て、触れた空気を歪め蜃気楼のようにねじ曲げていた。
「GYUAAAAAAA――!」
効いていないぜ?
とでも言いたげに、粉塵の舞うその場から咆哮が轟いた。
くそっ。炎は効がないのか!?
火力は十分なはず。だとしたら、耐性?
なるほど、ワイバーンもドラゴンの一種なんだ。可能性はありそうだ。
『大方それで間違いないと思われます。土魔法では十分なダメージも与えられないと思われるので、その剣で少しづつダメージを与えましょうマスター』
(あぁ、それがいいだろうね)
ハクアも僕の考えに肯定を示した。
駄目だったらまた考えれば良い。リアも居るんだ。
焦る必要は無い。
なにより、焦りはミスを呼ぶ。
落ち着いて、そして的確に行けば勝機は見える。
僕は思考演算を発動させ、考えを巡らせる。
「コハク、あの人は、もう、大丈夫。私も、手伝う……!」
「心強いよ。ありがとう」
「う、ん」
照れたように頬を赤らめるリア。
可愛らしいが、今は目の前のワイバーンに集中だ。
僕は剣を振り上げ、放たれた銃弾の如く突進し――
リアは魔力を手に集中させていき――
――戦いの幕が切って落とされた!
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