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新しい街

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サリアに背中を押され、俺はネルの部屋の前に来ている。扉1枚向こうにはネルが居るはずだ。扉をノックするだけなのに、名前を呼ぶだけなのに行動に移すことができない。
ネルは呆れているのだろうか、それとも怒っているのだろうか。忘れていた両親や上司の目を思い出した。何かをする度に睨まれたあの目。何を言っても聞いて貰えず、最後には自分の意見を言うことすらなかった。

首を振り思い出したものを消し去る。考えてばかりではダメだ。悪いことしか考えられなくなる。俺は聞くって決めたんだ。

何度か深呼吸をすると、目の前の扉を数回ノックする。

「どうぞ」

中からネルの声がする。声からは怒っているのようには感じられない。ゆっくりと扉を開くと中に入っていく。

「ソラさん…」
「ネル……ごめん!!俺はバカだからネルの考えてることが分からなくて。ご両親に会ったり、里に帰ることが1番良いんだと決めつけてたんだ。ネルを怒らせるつもりなんてなかったんだった」
「ソラさん。泣かないでください」

ネルの言葉に初めて自分が泣いていることに気がついた。触れた頬は涙で濡れている。泣くつもりなんてなかったのにどうしてだろう。

「ごめん。泣くつもりなんて」
「ソラさん。私は里に帰りたくないわけじゃないんです。里には帰りたいですが、今はまだ帰りません。私は助けてくれたソラさんやライドさんのお役に立ちたいんです」
「そんなの気にしなくて良いのに」

俺の言葉にネルはゆっくりと顔を横に振る。

「これは私の気持ちの問題です。お願いします。今は一緒に居させてください」
「うん。わかった。ごめん、ネルの気持ちも考えずに。でも帰りたくなったら絶対に言って。絶対に里を見つけるから」
「はい。ありがとうございます」

ネルがふわりと微笑む。ネルの笑顔をみるとやっぱりドキドキしてしまう。落ち着け俺。ネルは60歳なんだ。俺の5倍も年上の人だぞ。それに魔法を使ってライドと同じくらいの年になったとはいえ、もとの見た目は俺よりも年下なんだぞ。落ち着け!

「ソラさん?どうしました?」
「う、ううん。なんでもない。おやすみネル」

深呼吸をして落ち着いたら、ネルと二人きりのこの状況がすごく恥ずかしくなった。ネルに挨拶をすると慌てて自室に戻る。サリアは既に戻ったみたいで、部屋には誰もいない。けれどいなくて良かったと思う。絶対に顔が赤くなっているから。

「サリアのおかげだな」

自分の気持ちを相手に伝えることがこんなにも怖かったなんて忘れてた。前世では伝えることすら忘れてたもんな。それにあんなことでなくなんて…中身はアラフォーのオッサンなのに。恥ずかしい…

「今日はもう寝よう」

明日サリアに会ったらお礼をいわなきゃな。夕方に寝たはずだったが、ベッドに横になると俺はすぐに意識を手放した。











「あ、サリア。昨日はありがとな」

俺は朝食前にサリアに会いに行った。ご飯が始まると忙しくなるからだ。

「気にしないで。えっと…何かあった?」
「何かって?」
「ううん。気にしなくていいの。じゃあ朝ごはん持ってくるから待っててね」

サリアは顔を赤くしながら厨房へと入っていった。何かって何なんだろう。不思議に思いながらも椅子に座って朝食が来るのを待った。

その後ネルも起きてきて一緒に朝食を食べた。今はライドの家まで一緒に向かっている。昨日採掘した鉱石のほとんどをネルのアイテムボックスに入れているから持っていくためだ。

チラッとネルの顔を見上げる。綺麗な横顔だが、昨日みたいにドキドキすることは無い。昨日のアレは綺麗な人をみて驚いただけだったんだな。

「ここがライドの家だよ」

似たような建物の中からライドの家を見つける。家に着いている煙突からは煙が出ており何かを作っているのが分かる。玄関の扉は開けたままになっており、中からは熱気が漂ってくる。
俺達は邪魔にならないよう静かに家の中を覗くと、やはりライドは剣を作っていた。

「しばらくここで待っていようか」
「はい」

今中に入るとライドの集中力が切れてしまうかも知れない。鍛治の事は分からないけど、とりあえず邪魔をしないようにしよう。
そのまま1時間ほど俺とネルは玄関先で過ごしていた。

「待たせたな」

開いていた玄関の方から声がする。振り向くと汗をかいたライドが立っていた。 

「中に入れよ。何も無いけどな」

前回来た時は鍛冶場とベッドしか無い部屋だったけど、今は椅子が一脚増えていた。それでも数は足りないのでネルが椅子、俺とライドがベッドに腰掛けている。

部屋の中には剣や盾がいくつか置かれてあった。

「昨日帰ってから作ったのか?」
「あぁ。久しぶりだったから止まらなくてさ。気がついたら朝だった」
「ちゃんと寝たの?」
「1時間は寝た」
「ライドの鍛冶バカを侮ってた。その様子じゃご飯もマトモに食べてないんだろ。屋台で買ってきたサンドイッチ。あげるから食べなよ」

俺は手に持っていたサンドイッチの入った袋をライドに渡す。このお店のパンが美味しくて任務の時によく買うんだよなぁ。

もちろんサンドイッチはライドのだけではなく俺とネルの分も買っているが、朝ごはんをしっかり食べたのでまだお腹は空いてない。

「サンキュー。腹減ってたんだよ」

俺から受け取った袋からサンドイッチを取り出すと大きな口を開けて食べていく。いつ見てもライドの食べっぷりが良い。食事だけでも金がかかりそうだ。



 
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