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終章
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僕、九石賢人は忙しい日々を送っていた。
白の研究服で身を纏っており、外見だけは一流の研究者に見えがちだが、僕は一番底辺の下っ端である。いずれは見た目通りの研究者になることが僕の目標である。本来、知識も経験もない僕では到底できない仕事である。なのに、何故このような業界にいるのかといえばコネに近いものであった。
僕が勤めているのはオリエンタルロボット研究委員会。通称、人間型ロボット開発企業。
その存在は公にはなっておらず、こっそりと研究と開発が進められている組織である。現在は人類史上最高技術とも言える人間型ロボットを開発した大企業だ。そのロボットのおかげで人件費を大幅にカットが可能という優れもの。
そんな企業に携わることが出来たのは兼平悠次郎という男のおかげである。偶然が重なり、クレハのテストを依頼され、情報を共有するという大きな繋がりが生まれた。僕は兼平悠次郎に必死に頼み込んで会社に入れてもらった。兼平悠次郎の下で働くことで勉強になり、ロボットに関する知識が蓄積された。良いことばかりではなく難題や困難が立ちはだかることは多々あるが、それでもロボットと携わることは僕の生きがいになっていた。仕事が充実してきた中でもう一つ大きな変化が起こった。
「賢人くん! お待たせ」
待ち合わせ場所に現れたのは愛土沙彩。通称、ココア。
派手な格好に派手なメイクをしている彼女はいつにも増して目立つ。一緒にいる立場としてはもう少し控えてもらいたいところであるが、言葉に出す勇気はなかった。
現在、僕とココアは恋人関係に当たる。付き合うきっかけになったのはクレハの存在だった。
人間ロボットとしての機能を失ったクレハ。しかし、失っていないものが一つだけあった。それはクレハの記憶が入っているメモリーカード。その中のデータにココアの関する情報が入っていた。
『ケンちゃんへ
私は主人を守る忠実なロボットと同時に主人の良きパートナーとして生まれました。
私は知性を持ったことにより、人間の考えや行動力を得ることが可能になりました。
その中で私はケンちゃんが幸せになってくれることを強く望むようになりました。
幸せとは何か、それは人それぞれによって違いますが、私はケンちゃんに彼女が出来て、結婚して、子供ができて、家族全員で住める家に住んで、子供が自立して、孫をみて、そして最後には家族に見守られて死んでいく。それが理想の幸せです。私はケンちゃんにはそんな人生を送ってほしい。でも、その相手は私ではありません。恋人になることは可能ですが、その先の幸せは私では務まりません。この意味、分かりますか? 幸せを掴めるのはロボットではありません。生身の人間です。だから、私はその大役にはなれないのです。そこで、今回彼女に推薦する人物と私は話をしてきました。勝手だと思われますが、そこはご理解下さい。私がいなくなった後、必ずあなたの前に現れます。ケンちゃんはその人と共に生きて下さい。私はそれを強く願います』
そのメッセージを読んだ一週間後、僕の自宅に訪問者が現れたのだ。それがココアであった。
話を聞くとクレハはココアと共同生活を送っていたようだ。そう、あの行方を晦ませた一ヶ月の間である。全ての経緯を知ったココアは驚きを見せたようだがすんなりと現実を受け止めたようだった。クレハ自身、どのみちあの旅行が終わった後にココアとくっつける計画を練っていたことを僕は後から知った。クレハが幸せになってほしいと願った相手がココアである以上、僕はその思いを受け入れココアと付き合うことになった。付き合い始めて前以上に連絡を取り合うようになり、会う頻度も多くなった。今では同棲しようという話まで持ち出されている程、順調に前に進んでいる。
「クレハはなんで私を推薦したと思う?」というココアに質問に僕は首を傾げる。
「答えは賢人を見る目があるからでした」
と、いうのも初めて僕のことを真剣に愛してくれる人物はココア以外に現れないというクレハの計算で算出した酷い結果からであった。流石に僕も呆れてしまったが、実際そうなのかもしれないと納得せざるを得なかった。
歳は僕の方が上なのだが、立場としてはココアの方が上である。付き合い出すとココアは嬢王様キャラに変貌するのだ。あれ持ってきて。これやっといてと色々命令されるが、僕は嫌な顔一つせずに受け入れる。それは悪い気がしないからである。言い換えればやってあげたくなってしまうというのが正しい。いくら服装や化粧で派手にしたところで見た目はどうしても子供である。そのせいかついついやってあげたくなっちゃうのだ。見た目は子供というのはあまり本人の前では言えない。確実に怒る。
それと呼び名も変わった。アザラシさんから賢人くんになっていた。それは付き合い出してから変わった。僕がやめてと言った訳ではない。ちなみに僕は未だにココアと呼んでいる。名前で呼んであげたいところだが、ココアで執着してしまったせいかなかなか名前では呼びづらい。
「ねぇ、賢人くん。そろそろ沙彩って呼んでもいいんだよ?」
「そ、そう?」
「うん。いつまでもココアってのも変だよ。それにココアっていうあだ名は本名を隠すためのペンネーム。私たちの関係にペンネームなんていらないでしょ?」
「じゃ……沙彩?」
「はい!」
彼女は良い笑顔で返事をした。
「九石君。ちょっといいかな?」
そう言われたのは仕事合間のことであった。兼平さんは眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。「なんでしょうか」と言うと別室に来てほしいと呼び出された。
「実はこの間、テストで壊れてしまったというロボットの件についてなんですが」
そう切り出した兼平さんの内容がクレハのことだとピンときた。
「あの時、回収した部品の中にあったメモリーカードはどこへやったかな?」
「あぁ、それでしたら記念に僕の家に保管してありますが」
「そのメモリーカードに破損状態はありますか?」
「えぇ、外部には多少の傷はありますが、中身に異常はありませんでした。それが何か?」
兼平さんは顎に手を当てて難しい表情を見せた。
「あくまでも可能性の話だが、君のロボットは生き返るかもしれない」
「え? 本当ですか?」
「あくまでも可能性の話だよ。ロボットの知性の源はそのメモリーカードなんだ。それが無事であるなら代わりの身体にそのメモリーカードを入れれば生き返るかもしれない。ただ、身体と一体化している為、別の身体に移し換えると最悪データは消えて初期状態で稼働するかもしれない。これはテストをしていないからなんとも言えない。君が望むのであればメモリーカードを移し替えて稼働させてみないか?」
願ってもない提案に僕は心が踊る。クレハが生き返る? それが可能であれば夢のような話である。もし、失敗したらこれまでもデータが全て消えてしまうリスクもあるが、クレハにもう一度会いたい。そんな気持ちが強かった。
「兼平さん。お願いしてもいいですか?」
僕に迷いはなかった。
後日、僕はクレハのメモリーカードを持参して兼平さんの元に行く。
「やぁ、九石君、待っていたよ」
僕は兼平さんにメモリーカードを差し出す。
「最後に確認だけど、必ず成功する訳ではない。成功するかは五分五分だよ。それでも覚悟はいいかい?」
「はい。お願いします」
「分かった。では付いて来てください」
案内された場所は自分では踏み込むことができない施設だった。
「ここは?」
「私が管理している実験施設だよ。研究員の中でも一部の人間しか出入りすることができないけど、君は特別だよ。今回、データを入れるロボットはあれだよ」
兼平さんは中央にある舞台に指を差した。そこには抜け殻の女性ロボットが裸同然で小さく蹲っていた。
「これは新型のロボットさ。まだ試作段階だが、性能は全て万全だ。この身体に君のメモリーカードを入れる」
「新型ロボット?」
「あぁ、クレハと名付けた君のロボットは耐久性が薄かった。だが、今回の新作は前回よりも耐久性を一段と上げている」
「なるほど」
「心の準備はいいかな?」
「はい。お願いします」
「では、いきますよ」
兼平さんは女性型ロボットにメモリーカードを差し込み、起動スイッチを押した。
すると、女性型ロボットは瞼を開き、命が宿ったかのように立ち上がった。そして、周囲を確認し僕に向けて言葉を発したのだった。
完
白の研究服で身を纏っており、外見だけは一流の研究者に見えがちだが、僕は一番底辺の下っ端である。いずれは見た目通りの研究者になることが僕の目標である。本来、知識も経験もない僕では到底できない仕事である。なのに、何故このような業界にいるのかといえばコネに近いものであった。
僕が勤めているのはオリエンタルロボット研究委員会。通称、人間型ロボット開発企業。
その存在は公にはなっておらず、こっそりと研究と開発が進められている組織である。現在は人類史上最高技術とも言える人間型ロボットを開発した大企業だ。そのロボットのおかげで人件費を大幅にカットが可能という優れもの。
そんな企業に携わることが出来たのは兼平悠次郎という男のおかげである。偶然が重なり、クレハのテストを依頼され、情報を共有するという大きな繋がりが生まれた。僕は兼平悠次郎に必死に頼み込んで会社に入れてもらった。兼平悠次郎の下で働くことで勉強になり、ロボットに関する知識が蓄積された。良いことばかりではなく難題や困難が立ちはだかることは多々あるが、それでもロボットと携わることは僕の生きがいになっていた。仕事が充実してきた中でもう一つ大きな変化が起こった。
「賢人くん! お待たせ」
待ち合わせ場所に現れたのは愛土沙彩。通称、ココア。
派手な格好に派手なメイクをしている彼女はいつにも増して目立つ。一緒にいる立場としてはもう少し控えてもらいたいところであるが、言葉に出す勇気はなかった。
現在、僕とココアは恋人関係に当たる。付き合うきっかけになったのはクレハの存在だった。
人間ロボットとしての機能を失ったクレハ。しかし、失っていないものが一つだけあった。それはクレハの記憶が入っているメモリーカード。その中のデータにココアの関する情報が入っていた。
『ケンちゃんへ
私は主人を守る忠実なロボットと同時に主人の良きパートナーとして生まれました。
私は知性を持ったことにより、人間の考えや行動力を得ることが可能になりました。
その中で私はケンちゃんが幸せになってくれることを強く望むようになりました。
幸せとは何か、それは人それぞれによって違いますが、私はケンちゃんに彼女が出来て、結婚して、子供ができて、家族全員で住める家に住んで、子供が自立して、孫をみて、そして最後には家族に見守られて死んでいく。それが理想の幸せです。私はケンちゃんにはそんな人生を送ってほしい。でも、その相手は私ではありません。恋人になることは可能ですが、その先の幸せは私では務まりません。この意味、分かりますか? 幸せを掴めるのはロボットではありません。生身の人間です。だから、私はその大役にはなれないのです。そこで、今回彼女に推薦する人物と私は話をしてきました。勝手だと思われますが、そこはご理解下さい。私がいなくなった後、必ずあなたの前に現れます。ケンちゃんはその人と共に生きて下さい。私はそれを強く願います』
そのメッセージを読んだ一週間後、僕の自宅に訪問者が現れたのだ。それがココアであった。
話を聞くとクレハはココアと共同生活を送っていたようだ。そう、あの行方を晦ませた一ヶ月の間である。全ての経緯を知ったココアは驚きを見せたようだがすんなりと現実を受け止めたようだった。クレハ自身、どのみちあの旅行が終わった後にココアとくっつける計画を練っていたことを僕は後から知った。クレハが幸せになってほしいと願った相手がココアである以上、僕はその思いを受け入れココアと付き合うことになった。付き合い始めて前以上に連絡を取り合うようになり、会う頻度も多くなった。今では同棲しようという話まで持ち出されている程、順調に前に進んでいる。
「クレハはなんで私を推薦したと思う?」というココアに質問に僕は首を傾げる。
「答えは賢人を見る目があるからでした」
と、いうのも初めて僕のことを真剣に愛してくれる人物はココア以外に現れないというクレハの計算で算出した酷い結果からであった。流石に僕も呆れてしまったが、実際そうなのかもしれないと納得せざるを得なかった。
歳は僕の方が上なのだが、立場としてはココアの方が上である。付き合い出すとココアは嬢王様キャラに変貌するのだ。あれ持ってきて。これやっといてと色々命令されるが、僕は嫌な顔一つせずに受け入れる。それは悪い気がしないからである。言い換えればやってあげたくなってしまうというのが正しい。いくら服装や化粧で派手にしたところで見た目はどうしても子供である。そのせいかついついやってあげたくなっちゃうのだ。見た目は子供というのはあまり本人の前では言えない。確実に怒る。
それと呼び名も変わった。アザラシさんから賢人くんになっていた。それは付き合い出してから変わった。僕がやめてと言った訳ではない。ちなみに僕は未だにココアと呼んでいる。名前で呼んであげたいところだが、ココアで執着してしまったせいかなかなか名前では呼びづらい。
「ねぇ、賢人くん。そろそろ沙彩って呼んでもいいんだよ?」
「そ、そう?」
「うん。いつまでもココアってのも変だよ。それにココアっていうあだ名は本名を隠すためのペンネーム。私たちの関係にペンネームなんていらないでしょ?」
「じゃ……沙彩?」
「はい!」
彼女は良い笑顔で返事をした。
「九石君。ちょっといいかな?」
そう言われたのは仕事合間のことであった。兼平さんは眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。「なんでしょうか」と言うと別室に来てほしいと呼び出された。
「実はこの間、テストで壊れてしまったというロボットの件についてなんですが」
そう切り出した兼平さんの内容がクレハのことだとピンときた。
「あの時、回収した部品の中にあったメモリーカードはどこへやったかな?」
「あぁ、それでしたら記念に僕の家に保管してありますが」
「そのメモリーカードに破損状態はありますか?」
「えぇ、外部には多少の傷はありますが、中身に異常はありませんでした。それが何か?」
兼平さんは顎に手を当てて難しい表情を見せた。
「あくまでも可能性の話だが、君のロボットは生き返るかもしれない」
「え? 本当ですか?」
「あくまでも可能性の話だよ。ロボットの知性の源はそのメモリーカードなんだ。それが無事であるなら代わりの身体にそのメモリーカードを入れれば生き返るかもしれない。ただ、身体と一体化している為、別の身体に移し換えると最悪データは消えて初期状態で稼働するかもしれない。これはテストをしていないからなんとも言えない。君が望むのであればメモリーカードを移し替えて稼働させてみないか?」
願ってもない提案に僕は心が踊る。クレハが生き返る? それが可能であれば夢のような話である。もし、失敗したらこれまでもデータが全て消えてしまうリスクもあるが、クレハにもう一度会いたい。そんな気持ちが強かった。
「兼平さん。お願いしてもいいですか?」
僕に迷いはなかった。
後日、僕はクレハのメモリーカードを持参して兼平さんの元に行く。
「やぁ、九石君、待っていたよ」
僕は兼平さんにメモリーカードを差し出す。
「最後に確認だけど、必ず成功する訳ではない。成功するかは五分五分だよ。それでも覚悟はいいかい?」
「はい。お願いします」
「分かった。では付いて来てください」
案内された場所は自分では踏み込むことができない施設だった。
「ここは?」
「私が管理している実験施設だよ。研究員の中でも一部の人間しか出入りすることができないけど、君は特別だよ。今回、データを入れるロボットはあれだよ」
兼平さんは中央にある舞台に指を差した。そこには抜け殻の女性ロボットが裸同然で小さく蹲っていた。
「これは新型のロボットさ。まだ試作段階だが、性能は全て万全だ。この身体に君のメモリーカードを入れる」
「新型ロボット?」
「あぁ、クレハと名付けた君のロボットは耐久性が薄かった。だが、今回の新作は前回よりも耐久性を一段と上げている」
「なるほど」
「心の準備はいいかな?」
「はい。お願いします」
「では、いきますよ」
兼平さんは女性型ロボットにメモリーカードを差し込み、起動スイッチを押した。
すると、女性型ロボットは瞼を開き、命が宿ったかのように立ち上がった。そして、周囲を確認し僕に向けて言葉を発したのだった。
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