ロボット彼女

タキテル

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㈠ クレハの使命

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近代化が進んだ日本ではそれなりに便利な世の中に変わりつつあった。自動車の自動化が発達し、自分で運転する者は減りつつあった。バスやタクシーなどの交通機関では自動化を取り入れ、人間が運転することは無くなった。中にはまだ自分で運転する文化も残っているが、いずれそれが無くなるのも遠い未来ではない。以前は免許証を持っているのが当たり前であったが、現在は持っている方が珍しいくらいだ。交通手段は手軽になった世の中と言える。便利なのは交通機関だけではない。ロボットの発達である。
 現在は人手不足をロボットで補える程、働き手にも豊かになってきている。ただ、労働力としてのロボットはほとんどの企業に採用され、一般的に働いている。その一方で人間の仕事をロボットに取られて途方に暮れる人も数多くいるのが現状だ。一連の動作を繰り返すだけなら人間よりもロボットが行った方が優れているのだ。そのせいか、長年勤めていてもリストラなんてことは当たり前だ。能力がない人間はどんどん減っていき、能力が高い人間だけが生き残る社会となっていた。社会に貢献できない人間は生活がより厳しい世の中と言える。近代化で生活が豊かになる一方で問題点というのは常に山積みである。
 近代化したらロボットは一家に一台というのを想像してしまうが、そうとは限らない。ロボットを作り上げるにはそれなりの苦労と長い年月が必要とされる為、ロボットがいる場所とすれば一流の大企業や億万長者の家庭くらいのものである。
 その中で人間型のロボットというのは別格で通常のロボットよりも更に値段が張るものである。生身の人間のようにコーティングされている為、大量生産できるような代物ではないのだ。多くの人はその存在を知っているが、実際に見る者は数少ない。その中で僕は苦労を積み重ねた上で人間型ロボットを購入したのだ。喉から手が出る程欲しかった品物が今、僕の目の前にあるのだ。これはただの人間型ロボットではない。高性能人間型恋愛ロボットである。人間のように知性があり、会話は勿論、自分の考えを持って行動できる。おまけに恋人のように接することができるのだ。つまり、彼女を金で買ったと言えばわかりやすい。このロボットは恋愛におけるスペシャリストであり、どんな無茶ぶりでも素直に受け入れてくれる理想的な彼女である。このロボットは世間ではまだ公にされていないほど希少価値が高く、一部のマニアにしかその存在は知らされていない。いわば、裏ルートでしか手に入らない代物である。感情がない労働力だけのロボットであれば三百万円から五百万円ほど。通常の人間型ロボットは知性があり、会話がプラスされたモノ。見た目は完全にロボットであるのが特徴であるが動きは人間のような動作をするので人間型ロボットと言われている。こちらは価格にして約一千万円。労働力とトーク力を手にしようとしたらこの値段で一生分を補えるのだ。しかし、それの上を行くのが高性能人間型恋愛ロボット。見た目は人間そのもの。こちらでは労働力と会話をすることは勿論、更に恋愛が楽しめるロボットなのだ。人間の感情を再現し、理想的な動きをするので人間味が溢れた完成度の高いロボットである。理想的な恋人になれるので通常の人間型ロボットよりも学習能力が高い。価格は人間型ロボットの倍である約二千万円相当である。この度、僕はその高性能人間型恋愛ロボットを手に入れた訳だ。自宅に届くその日、僕は待ち遠しく今か今かと同じ場所を行ったり来たりしていた。
 予定の時間を過ぎても一向に届く気配がなく、僕は苛立ちが募っていた。約束の時間から三十分が過ぎた頃にようやく家のチャイムが鳴った。飛びつくように僕は玄関扉を開けた。そこには巨大なドローンが縦長のダンボールを吊るして止まっていた。近代化した日本では配達はドローンで送られてくるのが一般的になっていた。
『サイン、またはご印鑑をお願い致します』
 ドローンの中から一枚の用紙が出てきてサインを求める。仕事の用語は全てドローンの中にピックアップされているので片言で喋るのだ。僕は伝票にサインを記入する。その時にドローンは自動で写真を取る。これは受け取りの本人確認の為だ。本人ではないとドローンが判断すれば警察に通報される仕組みだ。なので、容易に代理人で受け取ることができないのだ。記入すればドローンの入れ込み口に入れるように指示をされる。僕はそこに伝票を入れるとドローンは『ありがとうございました。またのご利用をお願い致します』と言って空に向かって飛んでいってしまった。
 さてと、僕は届けられた縦長のダンボールを部屋の中に入れた。自分の身長ほどあるその大きさは部屋の中に入れるだけでも一苦労である。おまけに重さもそれなりにある。まるで人間を一人担ぐほど重労働である。汗を流しながら僕はようやくリビングの中心まで運び入れた。
 閉じられたビニールテープをハサミで裂いて蓋を開ける。中には保護シートでぐるぐる巻に覆われたモノと取り扱い説明書、充電器、パネル式のリモコン、それとメモリーカードがダンボールに詰められていた。保護シートを慎重に剥がすとそこには死体……ではなく、女性の形をしたロボットが眠っていた。僕は説明書を見ながら初期設定に費やした。タブレットのようなリモコンに指示される項目に入力していく。そして、メモリーカードを本体に差し込んでくださいと指示が出る。説明書を見るとつむじのところにメモリーカードの差し込み口があるようだ。僕はロボットをうつ伏せにさせてメモリーカードを差し込み口に入れる。本体の電源を入れれば準備完了。僕はつむじ部分にある電源スイッチを入れてロボットを起動された。するとロボットは突然、瞼を開けて立ち上がった。僕は突然動いたことにより、驚いて後ろに倒れ込んでしまった。
 
「初めまして。私は高性能人間型恋愛ロボットのF‐九〇八です。この度、お買い上げ頂き誠にありがとうございます。本日からあなたの忠実な彼女として全面サポートしますので以後、よろしくお願い致します。まず始めにあなたのお名前を教えて下さい」
 ロボットは丁寧な言葉使いで淡々と喋った。
 動きがあってもロボットには見えず完全に人間が喋っているように見えた。完成度はかなり高いことが伺える。
「あなたのお名前は?」
 見とれているとロボットは催促するように質問する。
 
「九石(さざらし)賢人(けんと)です」
「九石賢人様ですね。登録しました。次に私の外見の変更をお願いします。髪型、目、鼻、口、肌色と顔のパーツをそのリモコンで変更ができます」
 ロボットに言われて僕はタブレット式のリモコンでゲームのキャラクターのようにパーツを組み合わせて理想の彼女を当ててみる。
「ちなみに一度設定してしまうと再度変更できなくなりますので慎重に選んでください」
 変更できないと知ったならより慎重に選ぶ。結局、自分が納得できる設定にするのに一時間程かけてしまった。これは最も大事な作業なので仕方がないことである。
 僕は登録ボタンを押して見た目の設定をする。すると、ロボットは光輝いて部屋が真っ白に包まれた。一体何が起きたというのだ。光が収まると僕は瞑っていた目をゆっくりと開いた。
 そこには茶髪のセミロングのストレート。目はブラウンで大きめ。鼻は小さく、口元はふっくらとしていて、肌は全体的に白い。細身がある理想的な彼女が目の前に立っていた。
「改めまして。私は高性能人間型ロボットのF‐九〇八です。設定した内容に仕上がっているでしょうか。お確かめ下さい」
 そう言われ、僕は三百六十度、ロボットの外見を舐め回すように見る。僕が設定した通りの理想的な女性に仕上がっていた。
「凄い。これがロボットなんて信じられない。美しい」
 気づいたら素の感想を口にしていた。
「気に入っていただいたようですね。それでは私の名前をあなたが付けて下さい」
 ロボットは自分の名前を求める。
 名前か。どうしようか。確かに毎回『F‐九〇八』なんて呼んでいられない。そもそもこれは名前ではなくロボットのシリアルコードなのだろう。いわば、製造番号ということなのだろうか。僕は悩んだ。そして決めた。
「君の名前はクレハだ。九〇八だからクレハということにしよう」
「クレハ……ですね。かしこまりました。登録します。では設定は以上になります。本日からよろしくお願い致します」
 クレハはお辞儀をした。
「こ、こちらこそ」と、釣られて僕もお辞儀した。
「ところでケンちゃん。教えて頂きたいことがあるのですが……」
「ケンちゃん?」
 突然、口調を変えたクレハに僕は戸惑ってしまう。
「賢人様では彼女として呼ぶには堅苦しいと思いますのであだ名で呼ばせて頂くことにしました。ご不満があればどうぞ仰って下さい」
「いや、ケンちゃんで構わない。で、教えてほしいことって?」
 僕は少し照れながら聞く。女の子からあだ名で言われるのに少し抵抗があるが悪くない。
「私はあなたのことを何も知りません。本日知り合ったばかりで恋人同士というのはあまりにも情報が少な過ぎます。ですからあなたの情報を知りたいのですが、何かプロフィールが分かるモノはありませんか?」
「プロフィールか。例えば?」
「卒業アルバムや昔の写真があれば見せてください」
 そのように言われ、僕は押入れから小、中、高校時代の卒アルを引っ張り出してクレハに差し出す。
「どうぞ」
「拝見致します」
 クレハは正座をして小学校時代の卒アルから一ページずつめくった。しかも、それはじっくり見るのではなく流すようにページをめくっている。そんなので僕のことが分かるとでもいうのだろうか。高校時代まで見終わったところでクレハはアルバムを僕に返す。
「ありがとうございました。お返し致します」
「それを見て僕のこと分かったの?」
 僕は挑発するかのように聞いた。
 すると、クレハは僕の問いには答えずに部屋を探索し始めた。
「お、おい。どうした?」
 クレハはぐるぐると観察するように部屋を全体的に見つめる。その行動は僕には分からなかった。気が済んだのか、クレハはその場に一時停止をする。壊れた訳ではない。考えている様子である。
「九石賢人。平成○○年五月二十三日生まれの二十六歳。血液型AB型。身長百七十二センチ。体重七十九キロ」
 クレハは呪文のように淡々と口を開いた。そして続ける。
「中学は陸上部所属。高校は美術部に所属。部活動において目立った成績なし。学生時代では友達はいたが、積極性がなく主に一人で過ごすことが多かった。比較的、クラスの片隅にいるような地味な生徒。特技は短距離走。自己ベスト記録五十メートル走六・二秒。趣味はネットサーフィン。主にネットの書き込みをしてストレス発散。彼女いない歴=年齢の童貞。そして現在無職。収入源はネットオークションの売買と短期のアルバイト。大体こんな感じでしょうかね。何か間違っていればおっしゃってください」
 クレハの言った内容に間違いはなかった。全て僕のありのままである。
「な、なんでそこまで分かるんだよ。それに僕が無職ってどうして分かった?」
 不思議なので聞かずにはいられなかった。
「簡単なことです。アルバムを見れば賢人様がどのような人生を歩んできたのか想像できます。他にも卒業文集の痕跡を見ることで余り学校には馴染めていない感じがしました。学校には三分の一は休んでいたのではないのですか? 留年を免れるギリギリの日数で」
 僕は言い返せなかった。全てクレハの想像は的中している。
「それに現在の生活を見れば職歴も分かります。この部屋にはあまりモノが置かれていません。最低限の家具と少し手の込んだパソコン。それにダンボールや包装用のプチプチシートが散乱し、自分では使わないようなアイテムが並べられています。それにコンビニ弁当やペットボトルのゴミがあちこちに散らかっていることを見れば自炊をせずあまり外出しない人物だと判断できます。よって人との関わりを避けながらネット収入を得ていると判断したのです」
 部屋を動き回っていたのはそういうことであったのか。全て僕の素性を知るための行動だったのだ。何もかも当たっている。まるで心の中を覗かれたような感覚である。
「恐れ入ったよ。流石、高性能と言われるだけのロボットだよ」
「ありがとうございます。それで、本日から私は賢人様……いや、ケンちゃんの彼女という訳ですが、彼女としてこの生活は見るに耐えません。なので、少し改善させていただいてよろしいですか?」
「改善って何をする気?」
「そうですね。まずはこの薄汚い部屋を綺麗にします」
「う、薄汚い?」
「少々時間を頂きたいのでケンちゃんには申し訳ありませんが、少し外でブラブラ散歩してきてもらえませんか?」
「え? 僕がなんでそんなことを……」
「お願いします」
 クレハは頭を下げてお願いする。可愛い女の子にお願いをされたのであれば断る訳にもいかず仕方がなく、僕は外出する服に着替えて外に出る。
「いってらしゃい」
 クレハは笑顔で手を振った。
 外出をしても特にやることがなかった僕はコンビニでジュースを買ったり、雑誌の立ち読みをしたりしながら適当に時間を潰していた。
 二時間程、時間が過ぎたことを確認した僕は自宅に帰宅する。玄関を開けるとすぐに正座をするクレハの姿があった。
「ケンちゃん。お帰りなさいませ」とクレハは頭を下げる。
まるで飼い犬が主人の帰りを今か、今かと待っているかのようである。
「いつからそこに居たの?」
「十七分四十八秒前からです」
 正確すぎる時間を言われて僕は戸惑う。他にやることはないのか。
 靴を脱いで中に入ると今までとは違う違和感があった。バラの臭いがする。部屋中に響き渡るこの臭いは香水か? リビングに入ると散乱したゴミやモノは綺麗に片付けられていた。片付けられただけではない。誇りやチリといった細かいところまで綺麗に掃除されていた。まるで新居のようにキラキラと輝いていた。トイレ、脱衣所、ベランダ、キッチンの全てが同じように綺麗にされていた。おまけに今晩の夕食の準備までされており、僕が好きなカレーの臭いが漂っている。何もかも完璧な施しをされている。
「クレハ……これ、全部お前一人でやったのか? こんな短時間で?」
「はい。これくらい彼女ロボとして当然のことですよ」と、クレハはニコニコと微笑む。
 流石、ロボットというだけのことはある。通常の人間よりも仕事が数段早い。
「僕が、カレーが好きだっていうことも知っていたのか?」
「それは偶然ですね。たまたまカレー粉があったので使っただけのことです。賞味期限ギリギリでしたので」
「そうなんだ」
「私が傍に居る間はケンちゃんには規則正しい生活をして頂きます。これをどうぞ」
 クレハから一枚の用紙を受け取る。そこには一日のスケジュール表が書かれていた。
『五時――起床
 五時三十分――朝のランニング
 六時三十分――朝食
 七時――ワークタイム
 十二時――昼食
 十三時――ワークタイム
 十六時――自由時間
 十八時――夜のランニング
 十九時――入浴
 二十時――夕食
 二十時三十分――家事等
二十一時三十分――読書
二十三時――睡眠     』
「何? これ?」            
「ケンちゃんには今後、このように過ごしていただきます。よろしいですね?」
「ちょっと待ってよ。全然よろしくないから。これでは自由時間ないじゃないか」
「よく見てください。十六時から二時間の自由時間がありますよ」
「いやいや、たったの二時間では僕の自由が保たれないじゃないか」
「成人男性は一般的に八時間労働をしているのが常識です。ケンちゃんはそれ以下の労働しかしていませんので今後はしっかりと働いていただきます」
「僕はそんな常識には囚われない。こんなの無効だ」
「ケンちゃん……私の言うこと聞いてくれるかな?」
 クレハは突如甘える素振りを見せた。指で僕の乳首をなぞりながら耳に息を吹きかけた。
いくらロボットとは言え、見た目は完全に女。その誘惑するような動作に僕の男性ホルモンを刺激させる。
「……はい」と、僕は素直に返事をするしかなかった。
 それからというもの、僕はクレハが選んだスケジュール通りに一日を過ごすことになった。
 朝の五時には必ずクレハに起こされる毎日である。無理やり起こされた僕は不機嫌になりながらもクレハのスケジュールに沿って行動した。ランニングから帰ってくればクレハはご飯を作って待っていてくれる。そして、バイトに行く時は毎回のように弁当を持たされる。このように僕の生活はクレハの管理の元、規則正しい生活ができた。そのおかげで身体は健康である。クレハが僕の元にやって来てからいつの間にか一週間が経とうとしていた。
「今日も一日お疲れ様でした。お風呂湧いているので入ってきて下さい」
 クレハはいつものように玄関で僕の帰りを待っていた。
「ありがとう」
 風呂に入って考える。
 あれ? 僕、ロボットに操られていない? と。
 考えてみればおかしな話である。僕がクレハを買って本来、僕が指示をしなければならない立場なのにいつの間にか、クレハの言われるがままの生活を送っているという事実に今更違和感を覚えた。
 何かが違う。僕が主人なんだ。僕が偉い立場であるので指示をしなくてはならないのだ。
「湯加減は大丈夫でしたか? 夕食の準備ができています。上がったら早めに召し上がって下さい」
「クレハ、一つ聞きたいことがある」
「はい。何でしょう?」
「君は僕の彼女であって僕は君の主人だよね?」
「そうですよ」
「なら、君の決めた生活リズムに僕が従うのは少し違うのではないかな?」
「私は主人であるケンちゃんの為を思って規則正しい生活をしていただきたいだけです。健康の為にも」
「確かに僕の普段の生活は健康には悪いと自覚がある。でも、僕は自らそうしたいからしているんだ。今更、生活リズムを変えるのはおかしな話だよ」
「そうですか。どうしてもというのであれば私は止めません。ただ、今のままの生活を続けるのであれば十年後にはこのような姿になっていますけど、それでもよろしいですか?」
 クレハは自らのタブレット式のリモコンを差し出す。するとその液晶画面には二重あごで丸々と太った自分の姿が映し出されていた。表情は暗く、死んだ魚のような目をしている。画面からでも体臭が匂うような醜い姿に表情が強張る。
「な、なんだ。これは」
「私がプログラムした今のままの生活を続けた場合の十年後のケンちゃんの姿です」
 ロボットはそんなこともできるのか。こんなの何かの間違いである。
「こ、こんな脅しをかけるなんて卑怯だぞ」
「そう思うのは自由です。ただ、これは私が精密に計算し、再現した将来の姿です。機械の力は昔とは違い、より正確なのが売りですから間違いはありません」
「…………」
「でも、今の生活を変えれば必ず変わります。ケンちゃんはこのような姿にしたくないというのが私の思いでもあります。ご理解いただけましたか?」
「分かったよ。クレハのスケジュールに沿って生活するよ」
「その方がいいです。ケンちゃんは少し痩せればイケメンのはずですよ」
「僕、今そんな太っているの?」
「はい。太っています」
「…………」
 ハッキリと宣言され、僕は何も言い返せなかった。
「頑張って下さい。私は全面サポートすると誓いますので」
「ありがとう。クレハ」
 やはり、クレハは完璧なロボットであるということは認めざるを得なかった。
「そうだ。ケンちゃん。明日は日曜日だし、外でデートでもどうですか?」
 突如、クレハはある提案を持ちかけた。
「デート?」
「はい。私、まだ家から出ていないので外の世界を見てみたいのです。二人でお買い物なんてどうですか?」
「それはしてみたいけど、色々と大丈夫なの?」
 僕はロボットが外に出歩いて危険ではないのか心配であった。学習能力が高いとはいえ、所詮ロボットであるのには変わりない。もしも、予想外な出来事が起きた場合の対応はどうすればいいのか、プログラムされているのか疑問であった。
「何も心配いりません。お互いインドア同士、外の世界に旅立ちましょうよ」
 クレハは自信満々に言うが、その自信はどこから出てくるのだろうか。それに僕がインドアなのは認めるがクレハは少し違う気がする。
「それにいつまでもケンちゃんの服ではなく可愛い洋服を着てみたいです。ダメですか?」
 クレハは甘えるように言う。
 クレハは初期の服であるトレーナーと僕の服を交互に着せている。確かにいつまでも男物の服を着せているのはどうかと思う。
「分かった。じゃ、明日は買い物に行こう。ただし、くれぐれも目立つ行動と僕の傍から離れないこと。いい?」
「了解しました」
 クレハは敬礼する。これはまた可愛いポーズである。翌日、僕とクレハはデートとしてデパートに買い物をすることになった。

休日という訳でもないけど(僕の場合は本来、自由に休みが取れる)僕はクレハとデートをすることになった。こうして誰かと出かけるのはいつぶりだろうか。ここ数年は単独だったので覚えていない。そもそも僕には中学・高校の友達しかいない。学生を卒業してから徐々に連絡は取らなくなっていた。そもそも友達と言えるのか、ですら怪しい。
「ケンちゃん。準備できましたか? 早く外の世界に旅立ちましょう」
 クレハは嬉しそうに僕を急かした。ロボットとはいえ、喜怒哀楽はあるようにプログラムされているようだ。
 本日の天気は爽快に晴れである。目的地のデパートに向かうまでのバス停で待っている時であった。
「ところでケンちゃん。一つ気になる点があるのですが、何故にそんな恰好をされているのですか?」
 クレハの質問に僕は耳を傾ける。僕の恰好は上着とズボン上下の黒に黒のキャップを頭にはめているスタイルだ。傍から見ればこれから空き巣に入るような恰好とも言える。僕はできるだけ姿を隠したい。用は目立ちたくないというのが正論である。そのことから、黒一色というのが僕のスタイルとなる。
「今日はケンちゃんの服も買いましょうか」
「え、僕は要らないよ。クレハの服だけで事足りる」
「ダメです。私に似合う彼氏であるなら見た目も気にしなくてはなりません」
 バスに乗ると乗客の視線が突き刺さった。僕を見ているのではない。クレハを見ているのだ。そのあまりにも整った顔に不釣り合いなラフな格好のアンバランスが返って目立つのだろう。おまけに僕のような変人が隣にいれば尚更不審に思うのも無理もない。言ってしまえば誘拐現場のようなものである。しかし、これは列記とした男女のカップル(ということにしよう)である。
「うわー。運転手さん不在ですけどこのバス大丈夫なんですか?」と、とぼけたようにクレハは言う。自分は高性能なロボットなのに世間の常識ではままならない様子である。
「完全な全自動運転だから人が居なくても運転できるよ。全ての交通パターンのプログラムを施しているから事故することはなくより安全に目的地まで走れるわけ。言ってみれば人が運転するよりも機械が運転する方が安全に優れているよ」
「そうなんですか。最近の科学の力って凄いんですね」
「いや、お前の方が凄いわ」
 クレハ自身も科学の力が施した存在というのを忘れていないだろうか。考え方が一昔前の頭脳になっているようでならない。
 バスを降りて目の前には目的地のデパートがある。僕とクレハは手を繋いで中に入る。
「手、冷たいね」と僕は言う。
「でしたらヒーター付けましょうか? 私の手、カイロとしての役割も果たせますよ?」と、クレハは自慢げに言う。
「いや、そんな寒い訳ではないから大丈夫」
「そうですか。では初めに何をしましょうか?」
「クレハの服でも見ようか」
「え? 良いんですか? それではユニシロ行きたいです」
 クレハは嬉しそうに言う。
 店に入ると店内をキョロキョロと物色し始める。どれがいいのか悩んでいる様子だ。試着室に入って色違いでどちらが似合うか僕に訪ねてくる。僕は女性の服のセンスが分からないのでどちらでもいいと答えるとクレハは怒ったように頬を膨らませた。
「適当に答えないでください。どっちが似合いますか?」
「うーん。じゃ、水色かな」
「分かりました。こっちにしますね」
 結局、白のキャミソールに水色のスカート、それと下着やTシャツといった基本的なモノを何点か購入した。それ程値段が張らなかったので買い物上手と言えるだろう。買った商品をすぐに着替えてより女の子らしくなったクレハは見違えた。
「どうですか、ケンちゃん。少しは女らしい恰好になりましたか?」
「うん。似合っているよ」
 僕がそのように言うとクレハは嬉しそうに笑った。本当に似合っている。これが僕の彼女であるのが不思議なくらいに。
「次はケンちゃんの服を選びましょう」
「どうしても買わないとダメ?」
「はい。どうしても買わないとダメです」
 と、言うことで僕の服選びが始まった。
 男の服は女の服と違って何故か高い。良い上着を買おうとしたら軽く万単位を超えることはザラである。そのことから僕はあまり服にお金をかけたくないのだ。
「オシャレはお金がかかると思いがちですが、工夫次第でお金をかけずにオシャレを楽しむ方法はありますよ」
 そう言ってクレハは僕を連れて安いと定番のチェーン店にやってきた。そのチェーン店の服を着ているだけで変な目で見られる店としても定番である。
「え? ここ?」
「ここのチェーン店は侮れません。あるパーツを組み合わせるだけで今風のオシャレに変えられることだってできます。大事なのは服の値段ではなく愛着を持った服の着こなし方です」
 よく分からないが、とりあえず僕はクレハの言われたアイテムを購入して自分の服装に当てた。全てのコーディネートが出揃い、着替えを済ませると自分が自分ではないように思えた。全身黒だった僕の服装に色が付いた。靴は茶色のスニーカー。デニムのジーンズ。黒のポロシャツの上に紺色のブレザー。首には青緑のストール。全て合わせて一万ちょっとで収まる価格である。生まれ変わった自分がなんだか照れくさかった。
「ケンちゃん。お似合いですよ」と、クレハは笑顔で言ってくれた。
 僕とクレハはお互い服装がグレードアップしたことで気持ちにゆとりが生まれた。見られたくないとこそこそしていた自分が嘘のようだ。今はむしろ見てほしいくらいである。
「服装が変わったついでにもう一つ変えてみませんか?」
 そう言って何故か連れてこられたのは理容室である。
「ケンちゃんは少し髪が長すぎます。男なら一層のことバッサリいきましょう」
 僕の意見は取り入れずにクレハは理容師に髪型を指示して散髪が始まった。ずっと目を閉じていた僕はその仕上がりに唖然する。
「うん。バッチリ」
 仕上がったのは左右が刈りあがったツーブロックであった。今までしたことがない髪型に僕は言葉を失っていた。
「ケンちゃん、似合っていますよ。これぞ、モテ男スタイルです」
 クレハは気分が乗っているのか浮かれた状態である。
 そのまま喫茶店で休憩を取るが僕はずっと自分の髪を触っていた。
「やっぱ変じゃないか? これ。中途半端すぎるでしょ。この髪型」
「そんなことありませんよ。私の情報ではこれが男性の流行なんですから」
「その情報ってどこのやつ?」
「私の脳内では直接ネットワークと繋がっているのです。調べたいことがあれば頭で念じればスマートフォンのようにすぐに検索可能です」
「それは便利だな。ちなみに明日の天気は?」
「はい。降水確率九十パーセント。最高気温十三度。最低気温八度。傘を持っていくことをおすすめする予報となっております」
 スマートフォンで調べるとクレハの言ったままの情報が表示された。確かにクレハは脳内でネットワークと繋がっていた。これも科学の力なのだろう。傍にいるだけでスマートフォンの役目を果たすのであるからかなり心強いと言える。
「さて、デートはまだ終わっていません。次は何をしましょうか?」
 腕時計を見ると十六時を回ったところである。日が暮れ始めたこの時間では何かをするかといっても限られてきている。 僕は悩んだ。
「どうしよっか」
「それなら私、行きたいところがあります」
「え? どこ?」
「それは行ってからのお楽しみです」
 クレハは行き先を焦らすように人差し指を唇に当てた。どこでそんな可愛い素振りを覚えたのやら僕はクレハに付いていくことにした。

「ここってもしかして……」
 連れられた場所に対して僕の動きは止まる。そこは若者が行く場所として定番のカラオケボックスであった。
「さぁ、ケンちゃん。中に突入です。レッツラゴーです」
「ちょっと待って。僕、歌えないよ。苦手だし」
「なら部屋の隅で大人しくしていて下さい。私がメインで歌いますので」
「それなら……いっか」
 流されるように僕はクレハに連れられてカラオケボックスに入店した。手短に二時間のコースを選択した。
「ほー。ここがカラオケボックスというところですか。思っていた以上に広い空間ですね。歌いがいがありますね」
 部屋に入るといつも以上にクレハのテンションが向上した気がする。
「ロボットが歌いたいって変わっているね」
「ケンちゃん!」
 クレハは睨むように僕との距離を詰めた。それに対して僕は後ずさりになる。
「な、なんでしょう」
「私は確かにロボットだけど、ロボット扱いするのは止めてください。言ってしまえば太っている人に毎回のようにデブと発言しているのに値します。本人は自覚があるので言われたくないものなのです。だから人間扱いしてくれるのが心遣いというものです」
「うん。ごめん。クレハは人間だよ」
 そのように言うとクレハにニッコリと微笑んだ。
 クレハの選曲は偶然にも僕が知っている曲であった。いや、むしろ僕が熱狂的なファンの歌手の曲である。ライブこそ訪れたことはないが、暇さえあればよく聴くほど好きな曲である。
 実際に歌い出すと声のトーンや音程は完璧であった。まるで生のライブを聴いているかのようである。一曲目からその歌声が素晴らしい出来栄えであったので僕は二曲目からこっそり採点とランキング設定にした。クレハはどれ程の実力を持っているのか知りたかったのだ。
 二曲目が終わると点数とランキングが画面に表示される。僕は目を疑った。九十九・九点のランキング一位の結果となった。例え本人が歌ったとしても最高得点になる事はないとされる設定でクレハは本人以上の結果を叩き出してしまったのだ。勿論そのはず。クレハは人間の歌声ではなくロボットがプログラムした完璧な声なので僅かな狂いもなく歌いきることが可能なのだ。それには納得せざるを得ないという訳だ。
「ケンちゃん。どうですか、私の歌声。ケンちゃんに聴いてもらいたくてわざわざここまで足を運んだのですよ」
「とても素晴らしかったよ。夢でも見ているかのように完璧な歌声だった」
「ありがとう。ハッキリ言ってくれるね」
「本当にそう思ったから」
「では、時間までどんどん歌いますよ。覚悟してください」
「ちょっとたんま」
「どうかなされました?」
「確かにクレハの歌はいつまでも聴いていられる程飽きないよ。でも、ちょっとトイレに行ってもいいかな? ドリンクバーだから沢山飲みすぎちゃって」
「はい。いってらっしゃい。時間が決められているので早く帰ってきてくださいね」
 と、いう訳で僕はトイレに向かう為に部屋を退出した。
 防音とはいえ、廊下では音が漏れていた。どこのグループも楽しそうに盛り上がっている。いろんなことを考えながら用を済ませて部屋に戻るとクレハの姿が消えていた。クレハもトイレに行ったのかと席に着くが、後から違和感に気付く。
「ロボットってトイレしないんじゃね?」と。
 では、クレハはどこに姿を消したのだろうか。マイクやリモコンはテーブルの上に無造作に置かれた状態から見るに帰ったとは考えにくい。クレハの性格なら退出する際は全て元通りにするはずだ。そもそも僕を置いて帰るなんてそんな非常識な行動をクレハが取るはずもない。
「あれを使おう」
 僕はスマートフォンを取り出し、クレハの内部に取り付けられたGPS機能を作動させた。地図の中心に現在地が表示され、赤い点がクレハの居場所を示している。
 すると、そこに表示された場所はカラオケボックスから少し離れた場所であった。
 ありえない行動がまさかの的中してしまった。
「っく。あのバカ」
 僕は席を立ちあがり慌ただしく部屋を出た。勿論、後払い制の伝票を持って清算した上で店を飛び出した。
 片手にスマートフォンのGPSの画面を見ながら道を辿る。少しずつ赤い点が動いていることを見ればクレハは移動していることが伺える。一体どこに向かっているのか見当が付かない。赤い点に追いつくように僕は懸命に走った。すると、先程まで動いていた赤い点は動きを止めた。どうやら立ち止まってくれたようだ。動きがないうちにクレハを見つけたいところ。
「は、離してください!」
 赤い点の付近まできたところ、女性の声が僕の耳に届いた。
「少しでいいからさ。僕たちとお茶しようよ。なんでも奢ってあげるからさ」
「君、超可愛い。タイプかも」
 そこにはクレハの姿があった。しかし、目の前には男二人に絡まれている様子である。何か揉め事か。状況から見るにクレハがナンパされている。男の一人がクレハの右手首を掴んでいるのだ。
「クレハ! お前、こんなところで何しているんだ」
「ケンちゃん?」
 無意識のうちに僕はクレハとナンパ男たちとの間に入り込んでいた。
「ちっ! 彼氏持ちかよ」
 僕の存在に気付いた男はクレハの手首を離した時であった。
「あっれれ? お前、もしかして九石じゃね?」
 もう一人の連れの男が僕の顔を指差しながら言った。
 男の顔を見た瞬間、僕の顔は引きつった。それは高校時代の元クラスメイトであり、僕をパシリの対象にしていたヤンキーこと上嶋和虎だ。当時とはガラリと印象が変わって金髪にピアス。それに腕には刺青が見られる。その面はこの先、生涯見ることはないと踏んでいたが、目の前にいることに僕は膠着する。
「カズ。知り合い?」
 連れの男が上嶋和虎に聞く。
「あぁ。ちょっと印象が変わったが、間違いねぇ。こいつは俺が高校の時にパシっていた九石だよ。まさかこんなところでまた再開できるなんてな。ツイているぜ」
 上嶋和虎は不敵な笑みを浮かべて連れの男と目と目でやりとりをする。感動の再開という訳ではなく鬼に見つかってしまった絶望の再開であった。
「カズ。って、ことは何をしてもいいってことだよね?」
「あぁ。いいよ」
「やりぃ。なら女は貰っていくか」
 連れの男はクレハに向かっていく。
「まさかお前みたいな陰気臭い奴に極上の女がいるとは世の中何があるかわからないよな」
 上嶋和虎は嫌味交じりに僕に語りかけてくる。
「だが、俺に出会ってしまったことにより女を奪われる。これも世の中何が起こるかわからないことだよな」
「………………」
「再開した記念に女とホテル行く為の金、恵んでくれない? 優しい九石君なら出してくれるよな? な!」
 上嶋和虎は圧をかけるように僕の胸ぐらを掴み、至近距離で吠えた。
 僕は足を踏み外し、後ろ向きのまま尻餅を付いた。あの時の記憶が僕の脳を支配した。何年経ってもあの時のトラウマは忘れない。こいつのせいで学生時代の半分は損したといっても過言ではないほど憎いはずなのに何も言い返せなかった。財布から札を抜き出そうとしたその時だった。
「うわわぁぁ!」
 連れの男の叫び声が辺りに響き渡った。その声に僕と上嶋和虎は向き合う。
「痛い。いててて」
 なんとクレハは連れの男の腕を後ろに回して関節を外そうとしているのだ。男は無抵抗でこのままでは腕が折れることは免れない。
「クレハ! やめろ!」
「はい」
 クレハは僕の発言で押さえつけていた腕を放した。連れの男は崩れ落ちるように倒れこんだ。
「おい。女! 俺の連れに何をしやがる」
 上嶋和虎はクレハに眼を飛ばす。
「防衛本能です。身を守ることは私自身の務めでもあります」
「可愛いからって調子乗るなよ。少し恐怖を染み込ませてやる」
 上嶋和虎はクレハの後ろに回って腕で首を絞める。
「言うことを聞けば痛い目をみない。それを理解した上で一緒に来るんだ」
「お断りします。それに痛い目をみるのはあなたの方です。過去、ケンちゃんに酷い目にあわせたようなので同じ目に合うのが妥当であると私は判断しました。よってあなたには腕の骨折で手を打ちます」
「は?」
 次の瞬間、クレハは上嶋和虎の腕を掴み、背負い投げを決めた。その反動で腕は変な方向に曲がった。
「がっ……」と、上嶋和虎は地面に転がりながら呻き声を上げている。
 弱っている上嶋和虎にクレハは歩み寄る。目が本気であった。腕を掴み、トドメを刺そうとしていた。
「クレハ! もう止めてくれ」
 僕は慌てて止めに入る。
「何故です? この人はケンちゃんを過去に酷い目に合わせた張本人です。なのに、庇うんですか?」
「それでも人を傷付けることはダメだ」
「理解に苦しみます。その理屈は私には理解できません」
「これは命令だ。今すぐ止めるんだ」
「……了解しました」
 クレハは手を放す。
 すると上島和虎は苦しむように悲鳴を上げて腕を抑える。
「クレハ。行くよ」
 僕はクレハの手を握って走り出した。その場から逃げるかのように。
 それから男二人は後を追ってくることはなく僕とクレハ苦難を逃れるように家に帰宅した。

「人間のように扱ってほしいとお願いをしていますが、ロボットである私には最低限の使命が三つあります」
 家に帰った後、クレハはどうしても言わなければならないということで向かい合って聞き耳を立てた。
「その一。自分の身は自分で守る。これは安全機能として外部からの危険が迫った時に発動する防衛です。その為、体術に関してそれ相当の実力は身につけております」
「それで男の力より勝っていたのか」
「はい。基本、暴力的な危害を受けそうな場合は瞬時にハザード対象の駆除に徹します。今回がその行為に値します」
「なるほど」
「その二。主人を守ること。これはロボットである私の最も基本的な使命であります。人間によって生み出された私は当然のことです。しかし、私には通常のロボットにはない武器があります。なんだと思いますか?」
「知性……かな?」
「正解です」
 クレハは僕に指を差しながら言った。
「私には人間と同様に考える力があります。よって言われた通りに動くのではなく、考えた上で指示に従うことができるのです。私の考えが合っているのか判断できませんが、あくまでも一般的な理論として受け止めていただければと思います」
「確かに助言してくれた方が僕としてもやりやすい」
「ですよね。自分の意見が言えるって素晴らしいと思います」
「それで? 三つ目の使命は?」
「その三。生まれてきた意味を知ること」
「生まれてきた意味?」
「はい。これは全てに置いて言えることですが、生まれてきたことには何かしらの意味があります。私は自分なりに意味を見つけることが使命だと思っております。と、まぁこれは個人的な目標です。本来はその二までしかありません」
「クレハが生まれてきた意味って主人の指示に従うことじゃないの?」
「表向きはそうですが、それとは別に意味が必要だと思っております。その答えがいつまでなのか、何が正解なのかというのは決まっておりません。ただ、自己満足としての解釈だと思ってください。もし、その答えが見つかったら聞いてくれませんか? ケンちゃん」
「それは別に構わないけど」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそ。でも、どんな理由であれ人を傷付けるのは感心できない」
「はい。すいません。今後はそのようなことがないようにプログラムしておきます」
 話は一旦、区切りがついた。クレハは自分と僕を守る為の使命を果たしたに過ぎない。それよりも気になる事があった。
「ところでクレハはなんでカラオケボックスから離れたの?」
「それは……その……何かおつまみでも買ってきてあげようかと思ったのですが、途中で絡まれてしまって不覚です。これからは許可を得てから行動します。ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
 クレハは頭を下げた。
「分かったから。かなり心配したけどそういうことなら大丈夫。ありがとう。僕の為に怒ってくれて」
「私は誰よりもケンちゃんを最優先で考えていますから」
 照れくさそうに言うクレハに対して僕も同じように照れくさくなった。
「眠い」
 クレハはそう言って立ち上がった。
 どうしたの? と聞くと、どうやら充電切れのようだ。あくまでもクレハはロボットの為、充電が必要なのだ。充電はスマホと同じように専門のケーブルでコンセントに接続して充電する。充電時間は約八時間でフルに溜まる。そして活動時間は約十六時間。人間と同じように八時間の睡眠を取って十六時間の活動をするスタイルは同じである。充電されている間はフルになるまで機能が停止した状態なので本当に眠っているかのようである。
 自分で自分を充電したクレハは機能を停止して深い眠りについた。僕はその姿を見た後、
『おやすみ』と、一言かけて襖をそっと閉めた。
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