クレーンゲームの達人

タキテル

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「とりあえず、乾杯でもしようか」
 千川が指揮を取ってジョッキを掲げた。僕も神谷もグラスを掲げる。
「それではこの出会いに乾杯!」
「乾杯」
 一口飲んで不安げな目で千川を見る。
「そんなかしこまらなくていいよ。テストと言っても軽い質問のようなものだ。鈴木君はいつからゲームが好きな訳? 好きなゲームのジャンルは?」
 早速質問が入り、僕は考えながら答える。
「ゲームは子供の頃からしていました。ゲームのやりすぎでテスト勉強が疎かになり親に叱られるほどに熱中するほどです。そうですね。好きなジャンルはファンタジー系です。ドラ○エとかモンスターハン○ーとか特に好きでした」
「でした?」
 千川は僕の言った過去形を逃さなかった。
「いえ。その、今も好きです。しかし、昔ほど熱中できるほど時間がないと言いますか……やりたいけどやれない状況と言ったほうが正しいのかもしれなせん。今は手軽なスマホのゲームアプリがほとんどといった感じですかね」
 僕は訂正しながらもゲーム愛を伝えた。
「なるほど、よくわかった。では、どうしてプログラマーになりたいと思ったのかな?」
 どうしてと問われて僕は悩んだ。僕が長年思い描いていた夢であるプログラマーについてどのように説明すればいいのか。しかし、どんなに悩んでも答えは一つしかなかった。
「ゲームをやる全ての人が楽しんでくれる――そんなゲームを僕は開発したいからです」
 僕の答えはこれしかなかった。
「鈴木君、なかなか良い事言うじゃないか。うん、気に入った。紹介してあげてもいいよ」
 千川は縦に頷きながら言った。
「その前に千川……さんはどこの企業の人なんですか? そこを知らないと僕としても困りますし」
「ヒデはあの有名なあそこだよ」
 神谷に耳打ちされて僕は硬着した。誰もが一度はプレイしたことがあるゲームであり、そのキャラクターはゲームをしたことがなくても名前くらいは知っているほどで入りたい企業のランキングに入るほどの企業だ。その有名企業に勤めている内の一人が目の前にいるのだから驚きを隠せずにいた。
「そんな驚くほどでもないよ。ゲームを愛する者なら誰でも入れる企業さ」
 軽い口調で千川は言うが、絶対にゲームが好きなだけでは入れないことくらいはわかる。それなりの実績がないと入れないはずだ。
「お待たせしました。特上の鰻重三人前です」
 個室の襖から店員が注文した鰻重を運んできた。重箱の中を開けると宝石のようにウナギが輝いて見えた。
「さぁ、せっかくだから食べようか」
 目の前の誘惑に千川は促した。僕と神谷は夢中になり鰻重を口に頬張った。
「美味い!」
「今まで食べた事がないよ」
 食べ進めているうちに千川から質問が飛んだ。
「カミタツにスートンの動画はよく見る。主にカミタツこと神谷がメインのようだけど鈴木君にとってYouTuberとはどういうものかな?」
「え……?」
  僕は箸が止まった。プログラマーについて答えは出ていたが、YouTuberについては考えたことがなかった。自分にとってYouTuberとはなんなのか。考えなかった訳ではない。考えないようにしていたと言った方が正しいのかもしれない。
 以前に柊祐奈にも似たような質問をされた。僕にとってYouTuberとは何かと問われたが僕は答えられなかった。今の立場の僕から言えることは……
「人々を楽しませる仕事です。みんなに笑顔を届けて感動や共感が持てる夢がある仕事であると僕は感じています」
「素晴らしい。百%の答えだ」
 千川は拍手をしながら言った。なんだか照れる。
「紹介くらいならしてもいい。後は自分をアピールできるかどうかだ。どうする? 鈴木君」
「はい! 是非紹介してください。お願いします」
 願ってもない話だ。学生時代の頃、どんなに面接を受けても受かる気配すら感じなかったのにまたしてもチャンスが舞い込んできた。僕はまだ運に見放されていないようだ。いや、もしかしたらこれが最後のチャンスなのかもしれない。そう、僕は思ってしまう。
「ただし、条件がある」
 やはりそううまくいかないよな……と僕は少々ガッカリする。世の中うまい話には裏があると言ったもので思い通りに事は運んでくれない。
「なんでしょうか?」
 僕は落ち着いた口調で聞いた。
「仮に採用となればだが、その時は神谷とYouTuberとしてのコンビは解散してもらう。それが条件だ」
 もう既に決心は付いていたが改めて解散を突きつけられて僕は動揺してしまう。プログラマーを取るかYouTuberを取るか二つに一つだ。
「わかっていると思うが、企業として入るからには会社に貢献するという意味だ。副業でYouTuberなんてされたら会社の信用やイメージにも繋がる。当然、多くの人が視聴している訳だからイメージが強くなりやすい。いくら動画撮影担当と言っても顔出しNG出演している訳だから印象だけでもついてしまう。そこは理解してくれるかな?」
「はい。わかっています」
「ワイも承諾済みや。鈴木がプログラマーになるなら喜んで解散するさ」
「神谷……」
 僕は横目で神谷を見た。
「うん。そこは理解しているのであれば喜んで紹介しよう。上に話はつけておくよ」
「あ、ありがとうございます」
 僕は頭を九十度にしてお礼を言った。
「良かったな、鈴木」
「うん。神谷のおかげだよ。ありがとう」
「ありがとうはまだ早いよ。面接もしてないのに」
「ははは……そうだね」
 僕は片手を頭の後ろに置く。
「あぁ、そうだ。盛り上がっているところ悪いが、もう一つだけ大事な条件があるんだが……」
 千川が申し訳なさそうにいう中、僕は一時停止したように固まった。この上、まだ条件があるのかというプレッシャーに次に続く言葉を無言で待った。
「今日の分のお会計よろしく!」
 千川は満面の笑みで言う中、僕は額から数滴の汗が流れ落ちた。
 鰻重一杯四千円弱とおまけに何杯か呑んだ酒の数々で合計金額は二万円を超えていたのだ。僕はいつかの金髪少女がした時のような事をされて涙を浮かべるのであった。
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