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19話 視線
しおりを挟む「「――はあ……」」
アッシュたちが連行されてすぐ、俺たちはいつもの場所に戻ってなんでも解決屋を再開したわけだが、リリの懸命な客引きも虚しく、一向に客が来る気配はなかった。
奇妙だ……。時間帯は真昼間なこともあって人通りが少ないわけでもなく、むしろいつもより多いくらいだっていうのに、まるで俺たちのことが初めから視界に入ってないかのように通り過ぎていった。
「おかしいねえ。あいつらとは違うのに、なんで来ないんだろう……」
「うーん……なんでだろうなあ……」
リリが不審がるのも無理はない。同じなんでも解決屋とはいえ、アッシュたちと俺たちは違う――って……そこまで考えて、俺はなんで客が全然来ないのかわかったような気がした。
「リリ、客が来ない原因がわかった……」
「えぇっ……? フォード、原因は一体なんだったんだい……?」
「元々、俺は結構長いこと、捕まったあいつらと同じパーティーに在籍してたんだ。しかも似たような場所でなんでも解決屋を開いてるわけだから、詐欺師の一味だって思われて警戒されてるんじゃないか?」
「そっかぁ……。ただでさえ、偽物のなんでも解決屋に騙されて不信感を覚えてるところで、大して時間も置かずにまた同じような店を開いたら、そりゃ警戒されちゃうよねえ……」
「そうそう……そういうことだから、信用が回復するまで少し時間がかかると思う」
「はあ……本当に余計なことをしてくれたもんだよ、あの紛い物たちはぁ……!」
リリが軽く地団駄を踏むも、通り過ぎる者たちは誰も目を合わせようとはしなかった。こりゃ、噂でも広がってるのか想像以上にヘイトを集めてるっぽいな……。
「でもなあ、リリ。悪いことばかりじゃない。俺たちにしかできない仕事だってはっきりわかったし、客が来ない分、休む時間や考える時間も増える。だから焦って一気に客を増やそうなんて思わずに、少しずつ回復していけばいいんだ」
「フォードはいいこと言うねえ。確かにまだ金はあるし、焦る必要なんてないんだっ」
「そういうこと」
俺はリリとうなずき合った。客が来ることに慣れてしまってたし、初心を思い出すという意味でもいい機会だろう。
「……」
あれからほどなくして、相変わらず客は一人も訪れなかったが、一つだけ変わったことがあった。さっきから凄く視線を感じるんだ。遠くからじっと誰かに見られてるような、そんな感覚があった。
「リリ、何か視線を感じないか?」
「……」
「リリ、聞いてるか……?」
「ふわあぁ……聞いてるよぉ……。視線……? あたしはなぁんにも感じないけどぉ……」
「そ、そうか……」
リリのやつ、欠伸が派手なだけじゃなくて瞼も凄く重そうだし、見ててこっちまで眠くなってくるほどだ。まあしょうがないか。彼女は客引きのためにずっと声を張り上げてくれてたからな。
「じゃあ俺の気のせいかな……」
「んー……あっ!」
「リリ?」
それまでぼんやりとしていたリリがはっとした顔になる。
「ほ、ほら、ポポンガおじさんのいる方向……その後ろ側の建物の陰から、誰かがちらちらとこっちを覗いてるみたい……」
「……」
俺がその方向を確認したら、誰かが慌てて隠れるような動きをしたのがわかった。ウトウトしてるリリが先に発見したってことは、相手は俺のほうばかりに気を取られて油断してたってことか……。
「ま、まさか、兵士とかじゃないだろうねぇ……?」
「いや、俺たちは銅貨10枚でやってるんだし、客を独占してるわけでもないから、さすがにそれはないはず……」
「じゃ、じゃあ一体なんなのさぁ……。も、もしかして、幽霊とかじゃないだろうねぇ……」
自分で言って恐怖を感じたのか、リリが俺の後ろに隠れてしまった。
「……そうだなあ、俺たちに依頼したいけど、幽霊だからそれができないのかもなあ……」
「ひいぃっ、余計に怖がらせないでおくれよぉ……」
「あはは、悪い悪い……」
リリの頭をポンポンと軽く叩いてやる。
「それは冗談として、多分誰かが俺たちに依頼しようとは思ってるけど、ためらってる状態なんだろうな。なんらかの事情があって……」
「な、なんらかの事情……?」
「あぁ……リリ、向こうが来ないなら、こっちから行ってみるか?」
「え、えぇ……?」
「出張なんでも解決屋ってやつだ。今の状態ならどうせ客なんて一人も来ないだろうし、ちょうどいいだろ?」
「そ、それはそうだけどさぁ、あたしたちがここからいなくなったってバレたら、向こうも立ち去るんじゃ……?」
「それなら心配ない」
俺は、猫の亜人のミミを引き寄せるときに使った、【降焼石】【宙文字】【輝く耳】を合わせた【流星文字】スキルを再び作り出した。これで『なんでも解決屋』という大きな輝く文字を宙に描き出し、降らせることで往来する人々の注目を集め、人込みを意図的に作り出してやるんだ。よしよし、上手くいってる……。
「フォード……?」
「リリ、今のうちだ」
「わっ……!?」
俺は人混みが目立つタイミングを見計らって、リリの手を引っ張り、さらに自分たちに【希薄】をかけ、裏口のほうから回り込んでみることに。
これはもう完全にスピード勝負で、人波が緩和されて俺たちがいなくなったことを悟られるまでに接触しないといけないってことで、例の場所へ一目散に走った。
よしよし、裏口は薄暗かったものの、正面のほうに例の人物がまだいるのが確認できる……。気付かれて逃げられないよう、視線の持ち主に向かって俺たちは慎重に少しずつ近付いていった。
「「「――あっ……!」」」
まさに声をかけようとしたそのとき、相手がちょうど振り返ってきて、俺たちはお互いに驚きの声を被せ合う格好になった。
そこで豪快に尻餅をつき、なんともびっくりした様子で水色の下着を露にしていたのは、あの二ツ星レストラン『うさぎ屋』の看板娘ウサリアだったのだ……。
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