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九七段 それこそが力の限界点を超える鍵だった
しおりを挟む「レイドがお前さんに交代したのは何故なんだあぁ……?」
「……」
慟哭のようにすら聞こえてくる拳闘士の哀愁に満ちた声。そうか。こいつには何故レイドが交代したかまではわからないわけだ。それなら黙っておいたほうがよさそうだな。
「会いたい、会いたいなあぁ……」
「……俺じゃ不満だとでも言うのか? 俺が自分自身の力でお前を殺したいから交代したまでだ」
もちろん嘘だが、俺の言葉には真実も混じっている。そこを判別するのはいくら洞察力の優れた殺し屋でも難しいだろう。
「……んー、なるほどねぇ。交代してから焦りや力みがあるように見えたのは、そのせいか……」
「……」
そんなことまでわかるのか、この男は……。
「でも、そんなんじゃおいらは殺せないぜえぇ……」
「……うっ……?」
チクッとした痛みがして目をやると、俺の脛の部分が裂けて血が溢れ出てきていた。馬鹿な。触れられてさえいないというのに……。
――はっ……。そうだ、思い出した。拳闘士はパンチやキックを繰り出す際、僅かな間だが鋭い風を発生させることができるんだ。確か《旋風掌》とかいうCランクのパッシブスキルだったか。こいつの移動の仕方はかなり切れもあったし、密かに攻撃も兼ねていたわけだ。
《微小転移》でかわし続けるも、赤線付近まで追い込まれ、《威嚇》によって精神力も少しずつ削られていってる状況。過酷だ。過酷すぎる。これじゃいつまで持つのか……。
「そらそらっ、どうしたぁ? 顔に力がなくなってるぞ。おいらに復讐するんじゃなかったのかあ?」
「……」
この男の言う通りだ。これはある意味チャンスなんだ。レイドのことは心配だが、自分の力でこいつを殺せるなら復讐としては一番いいことじゃないか。
ポタポタと色んな場所から血を垂らし続ける自分に怒りが込み上げてくる。ただ逃げながら心身ともに削られて情けなくないのか。それも復讐相手に。
……シギル兄さん……。
『……リセス? 戻ったのか?』
リセスの声が聞こえたような気がした。もちろん気のせいだったが。こんなとき、彼女に助けを乞うのは違うはず。そうだ、俺はいつも言っていた。厳しくなければ修行じゃないと……。
それだ。師匠の一番弟子である俺にとって、これは一番燃える展開じゃないか。
《イリーガルスペル》がない。それに加えて相手はレイド並に強い……。この二つの事実が消極性を生み出していたように思う。何故俺が厳しさを求めていたのか考えろ。それは難しい相手にいかに勝つかが面白いからだ。それだけ工夫できるから。
ここからどうすればやつに勝てるのか考えればいいんだ……。これは縛りプレイみたいなもんだ。いかに創意工夫して勝つかを考えるだけで体が芯から熱くなっていくのがわかる。
無こそが最大の力を発揮するものだと思っていたが、違った。そう思い込んでいただけで、楽しむことが大事だったんだ。それこそが力の限界点を超える鍵だったんだ……。
「おっ……お前さん、急にいい顔してきたなあぁ……」
「あんたのおかげでな……」
「見直したぜぇ……。レイドがお前さんの体を大事にしていただけある……」
髭面の殺し屋がにんまりと笑った。こいつこそいい見本じゃないか。戦いを明らかに楽しもうとしている。そこはリスペクトするべきだ。
転移術士の最高のスキルは《イリーガルスペル》だけじゃない。《微小転移》も双璧といえる。相手の懐に飛び込みつつ、そのタイミングで相手の体をこっちの方向にずらす。
「――ぐっ!?」
その結果、やつの目の下にナイフの切っ先が微かに入った。もうちょっとで目を潰せたのに、惜しい……。
「いいねえ、いいねえ。嬉しいねえええぇぇっ!」
髭面の殺し屋は血の涙を流しながら、あたかも最高の食材と出会った料理人であるかのように歓喜の表情を浮かべている。どうしてそう感じたのか自分でも不思議なんだが、多分やりあっていくうちにやつから職人っぽい頑固さのようなものを垣間見たからだろう。
こっちもかなり体力的に厳しくなってきた。息が切れ切れになっているのがわかる。そのせいか、間近に迫ったやつの五本の指がはっきり見えるのだ。この男は最初から拳で殴るのではなく、一貫して突こうとしていた。拳闘士には《点穴》という、経穴を突くことで体に様々な効果を及ぼす独特のスキルがあるから、もしあの指で突かれたら場所によってはその時点で決着がついてしまうだろう……。
だが、それも含めて楽しまなければならない。死を心から望んでいるこの男にはそれができている。だったら俺にできないはずはない。一度は地獄まで落とされたこの身が教えてくれる。あれはただの苦しみではなく、甘みをより深く味わうための苦みでもあるのだと。身を焦がすほどギリギリまで戦うことこそが、生きる意味を感じられる唯一の手段であり至上の喜びなのだと……。
「……う、あ……?」
それまで明るかった視界が急に暗くなっていくのがわかった。まるで目が見えなくなったかのようだ。いつぞやの恐怖を思い出す。まさか、俺は急所を突かれて暗闇状態になり、負けてしまったのか?
……いや、そんなはずはない。指で突かれた感覚さえもなかったし、そんなはずはないんだ……。
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