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八四段 本当の意味で殺るか殺られるかの戦いが始まる
しおりを挟む「すげーな、あのシギルってやつ……」
「だなあ。転移術士ってジョブらしいぜ。知ってたか?」
「少しはな。あんな地味職でよくもまあ、あそこまで行けたもんだ……って、いてえな。お前、何するんだよ」
「どけ! 俺は【ディバインクロス】のルファスだぞ!」
「「ひっ」」
ホール一階の人ごみをルファスが強引に掻き分けて巨大掲示板の前に陣取る。
「――ば、バカな……あいつが何故……」
リプレイ映像を見上げたルファスの声は震えていた。そこで躍動していたのは、確かにあの転移術士シギルだったからだ。
「ルファス、もー、砂が目に入っちゃったじゃない……」
「僕も……」
エルジェとビレントが遅れて駆けつけたが、ルファスは振り返りもしなかった。
「……それどころじゃねえんだよ……」
「る、ルファス? まさかグリフの言うこと信じちゃってる? あんなの夢と現実がごっちゃになってるに決まってるって……」
「そーよ。それか、ただの冗談なんでしょ……」
「……二人ともあれを見てみろ……」
「え?」
「いいからあれを見てみろってんだよ!」
「もー、ルファスったら耳元でそんな大声出さな……」
「……あ……」
掲示板を見上げたエルジェとビレントの顔から生気が薄れていく。
「え、な、何だこれ……」
「……嘘でしょ。あいつが生きてるわけないわよ。顔が似てるだけじゃないの……?」
「……シギルがどうので噂になってる。名前も顔も一致するなんてありえねえよ……」
「……だ、だって、腕もあるし、足もあるし、そんなバカなことあるわけないじゃない……」
「知らねえよそんなのよ!」
声を荒げるルファス。次々と湧き出てくる恐怖心が忌々しくて仕方がなかった。
「クソッ……あんな雑魚を恐れるとかねえよ。バカじゃねえの俺……」
『最高到達パーティー【シギルとレイド】の勇姿をご覧になりたい方は是非ホール一階の巨大掲示板の前までお越しください』
「……し、【シギルとレイド】だと……?」
「レイドって誰?」
「……あ……」
アナウンスから若干遅れてエルジェがはっとした顔になる。
「エルジェ、何か知ってるのか?」
「……呼ばなきゃ。あの人を……」
青ざめたままメモリーフォンを操作するエルジェ。今連絡した髭面の殺し屋に依頼したことのある彼女にとってはよく知っている名前だった。
「お、おい。エルジェ、何者なんだよ、レイドってのは……」
「……殺し屋」
「こ、殺し屋だと……?」
「え、エルジェ、それってあの人より凄いわけ?」
「……う、うん……。最強の殺し屋だと言われてた人だし……」
「「なっ……」」
「で……でも、亡くなったって聞いてたのに……」
エルジェが何度も首を横に振る。受け入れ難い現実だったが、シギルが百一階層まで進んでいるという映像があるために認めざるを得なかった。
「……どっちも生きていたのであります……」
「「「うわっ……」」」
ルファスたちは、いつの間にかグリフがすぐ側にいるのに気付いた。
「お、脅かしやがってクソグリフが……」
「ったく。危うく漏れそうだったじゃないか……」
「グリフ、いつからいたの……?」
「ずっといたのである……。もう終わりだ……イヒヒッ……」
それまでぼんやりとした表情のグリフだったが、急に笑い始めた。
「いずれみんなシギルとレイドに殺されるのである……。キヒヒッ……」
「や、やめてくれよー、グリフ……」
「そうよ、やめてよ……」
「キヒヒッ、アヒャヒャッ……! ヒギャッ!?」
ルファスに横腹を勢いよく蹴られて転倒するグリフ。
「いい加減にしろよキチガイ」
「ウヒ、ヒヒッ……」
「これでも笑えるのか?」
「……グヒヒッ……」
ルファスに顔を踏みつけられてもグリフは笑っていた。
「とうとう狂っちまったのかこいつ……」
「……僕たち、殺されちゃうの?」
「あ? ビレント、お前まで弱音吐いてんじゃねえよ!」
「だ、大丈夫よ、ビレント。私たちにはまだ――」
「ああ、エルジェ、俺がいるだろ」
「――あの殺し屋さんが……」
「エルジェ、てめえ……あ……」
ルファスは気付いた。いや、気付かされてしまったといったほうが正しいのかもしれない。それほどの存在感を持った男が近付いてきたのだから。
◆◆◆
「シギルお兄ちゃーん、リセスお姉ちゃーん!」
声より少し遅れてセリスの小さな体が溜まり場に飛び込んできた。
「セリス、おかえり。どうだった?」
「……はぁ、はぁ。ただいまっ……。あの人たちね、みんなでシギルお兄ちゃんの出てるおっきな映像を見てたよ……!」
「髭面の男もいた?」
「うん!」
髭面の殺し屋も【ディバインクロス】のやつらも仲良く全員集合ってわけか。いよいよだな……。
「……ご苦労さん、セリス。そこで休んでていいよ」
「んー、あのね、お腹空いちゃった……」
「……ああ、もうちょっとしたらみんなで夕ご飯食べような」
「わーい! ラユルちゃんは私の隣の席ね!」
「は、はいでしゅ、セリスお姉しゃんっ!」
……ラユル、今のやり取りでただならぬ気配を感じ取ったのか舌が縺れちゃってるな。
「ウニャンッ……」
黒猫のミミルがご飯という言葉に反応したのか、俺の足に頭を擦りつけてきた。よしよし、お前にも余ったらやるからな。
「セリスちゃんが言ってたあの人たちって、まさか例の……?」
「うむ、親友の仇なのだろう……」
「うひゃー、いよいよかー」
「フー……燃える場面がやってまいりましたね……」
アシェリ、リリム、ティアの三人にも熱が伝わっていたようだ。
「シギルさん、仇って?」
「……ああ、アローネには話してなかったな。俺には死ぬほど殺したい相手がいて追ってたんだが、いよいよそいつらと対峙しそうなんだ」
「なるほど……でも、シギルさんほどの腕なら相手も逃げちゃうんじゃ?」
「まだ手の内は見せてはいないからな。それに向こうも強いパーティーな上に凄腕の殺し屋もついてる。だからいずれ決着をつけられるはずだ」
「それは見逃せないわね……」
あえて協力すると言わないところがアローネらしい。仇なら自分で殺したいだろうし空気を呼んでくれているんだ。
「師匠ぉ、私も仇と戦いたいです!」
「ラユル、気持ちは嬉しいが俺の仇だから……」
「うぅ……」
「そうだよ、ラユルちゃん、シギルお兄ちゃんの仇を取ったらめーだよっ」
「は、はぁい……」
……セリス、仇の意味わかってんのかな? さて、これから忙しくなりそうだ。飯を食べたらみんなについてくるかどうか聞かないとな。今までのはただの余興に過ぎなくて、もうすぐ本当の意味で殺るか殺られるかの戦いが始まるんだから……。
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