転移術士の成り上がり

名無し

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六八段 後味が悪くなるどころか喉越しすっきりだった

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「――ここでいいかな?」
「ええ」

 女錬金術士のアローネとともに向かったのは、かつて所属していたパーティー【ディバインクロス】の元溜まり場なわけだが、人気がないのか誰もいなくて助かった。狭いベンチも、二人だけだとかなり余裕を持って座れる。

「……私……」

 彼女は俺の隣でしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「あれからあなたのことを調べたわ」
「……そうだろうな」

 大事なホムンクルスを殺したんだ。そりゃ恨みを抱くし、まず復讐する前に俺が誰なのか調べるだろう。

「顔は少し違っているように見えたけど、このシギルという人で間違いないと思って探してた」
「……なるほど。以前大怪我しちゃってな。確かに顔は変わってるけど俺で間違いないよ」
「そう、人違いじゃなくてよかったわ。ずっと見つからなくて困ってたんだけど、どうしても欲しいものがあってオークションを覗いたら、一石二鳥になってねえ」
「……あ、そうか。そういやレンタル転送のとき、焦って個人情報を隠すのを忘れてた。でも、まさかそれ知っててあんたに買われるなんてな……」
「あら。意外だったかしら?」
「そりゃ、俺はあんたの仇みたいなもんだろうから……」
「仇? 私にそんなのいないわ」
「え……」

 アローネ、そんな怖い顔で言っても説得力が……。

「いるとしたら、自分自身……。シギルさん、あなたもそう言ってたわよね。お前が殺したんだって」
「……ああ。本気でそう思ってるなら、随分物分かりがいいんだな」
「そう見えなかった?」
「……そりゃ」
「私、こう見えても素直なんだよ。ただ、言いたいこともちゃんと言わせてもらうってだけ」
「……な、なるほど」
「向こうが早いって言ってもほぼ同時だったし、あの子が謝ればすぐ許すつもりでいたけど、折れなかったからこっちも意地になっちゃって……」
「……」

 リリムも頑固そうだからな……。

「でも、まさか転移術士にこんな力があるなんて思わなかった」
「……少しは見直したか?」
「というか、ただの転送役くらいに思ってたから」
「ああ、それが本来の役割だからな。味方を無事に還すっていう……。俺もかつてはそういう役割だった。裏切られたけど」
「私も、あれからボッチになっちゃった」
「……同じだな」
「そうね」

 なんだ、この子笑うと結構可愛いじゃないか。憎たらしい錬金術士くらいに思ってたが……。そう思うと途端に緊張してきたから不思議だ。

「……その卵で新しいホムを?」
「ううん。メシュヘルちゃんを復活させるの」
「……メシュヘルって、あの蠅みたいな?」
「ええ、そうよ。心臓さえ残っていれば普通の卵が材料でも復活させることはできるんだけど、それまで育ててきたものが全部パーになっちゃうし、記憶だって消えてしまう。でも、この黄金の卵があれば完全復活どころか、むしろ以前よりパワーアップできるわ」
「へえ……」

 そりゃあんだけ高くても欲しがるわけだ……。

「それで、話っていうのは?」
「お礼を言いたくて……」
「え……俺に?」
「色んなものを失って、本当に大事なのは中身だって、私に気付かせてくれたから……。ありがとう。これには卵の件も含めておくわね」
「……」

 彼女は俺が転移術士だからと舐めていたがそれで痛い目を見たし、またそのことで仲間に見捨てられ、その間にはハリボテの友情しかなかったんだと気が付いたんだろう。

「えっと、もしよかったら……」
「ん?」

 なんだ? 強気の表情は変わらないのに言いにくそうにしてるな。

「ふ……フレンド登録してほしいかなって……」
「……あ、ああ、いいよ」
「よかった……」

 まさか彼女とフレンド登録することになるとはな。人生わからないもんだ……。

『よかったね、シギル兄さん』
『……リセス、若干声が強いな』
『わかる? 実際不機嫌だもん』
『……』

 錬金術士の女の子も結構いいもんだなって、俺が浮かれ気味なのが伝わったのかもしれない……。

「もしパーティーに必要だったら誘ってね」
「あ、ああ。でも今は5人揃ってるからそれは厳しそうだが……」
「そこはわかってるわ。だから私はしばらく補欠として一人で過ごすね」
「補欠……?」
「知らないの? 上を目指すパーティーには補欠要員が何人もいるのが当たり前なのよ。前に所属してたパーティーもそう。代わりはいくらでもいるから……」
「……そうか」

 なるほどな、それであれだけ簡単に仲間に見切られたってわけか……。

「じゃあ、誰かが何かの事情でダンジョンに来られなくなったらアローネを呼ばせてもらうよ」
「ええ、絶対ね!」

 アローネとお互いに笑顔で手を振り合って別れる。……いやー、どうなることかと思ったが、後味が悪くなるどころか喉越しすっきりだったな……。

「……師匠ぉ……」
「シギルさん……」
「シギルどの……」
「シギル様……」
「……え……」

 振り返ると、怨念だと言わんばかりに負のオーラを纏ったやつらがいた。

「うぅ。師匠があんな怖い人と仲良くなるなんて、洗脳でもされたんですよねぇ?」
「……へ? 洗脳だなんて、ラユル、何を言って……」
「奥さんの言う通りだよ。シギルさん、あいつに悪い病気かなんかを移されたに違いない……!」
「病気? アシェリ、俺は別にどこも悪くなんか……」
「悪ケミストめ……。シギルどのに対し、妙な薬でも使ったのだ……」
「リリム? 俺は何も飲んでは……」
「いいえ、シギル様、顔が赤いですし、絶対何かに憑かれています……」
「……ティア、そ、それはだな……」
「「「「悪・霊・退・散!」」」」
「――ひぃぃ!」

 逆だ、逆……。俺はしばらく、話の通じない目がイった魑魅魍魎に追われる羽目になってしまった……。
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