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三五段 俺は復讐に燃える転移術士
しおりを挟む「セリス……!」
急いでホールの三階まで駆け上がり、宿を見渡したが、どこにもいない。だとすると、あとは溜まり場の女子トイレしか……。
ラユルに向かわせてあるが、俺も自然に体がそこへ向かっていた。連絡を待ってる余裕なんてないし、ラユルだって危険な目に遭うかもしれないからな。
「――あ……」
普通にいた。セリスも、ラユルも。それに、黒猫のミミルも……。ど、どうなってるんだ? まさか、メモリーフォンを紛失しただけ……?
「ぐすっ……」
「よしよし……」
見た感じ、項垂れたセリスをラユルが慰めてるみたいだから、それっぽいな……。
「ウニャンッ」
「……」
俺の足にすり寄ってきたミミルの背中には、紐でメモリーフォンが括りつけられていた。
「ど、どういうことだ、これ……」
「シギルさん、ちょっと……」
ラユルが俺に耳打ちしてきた。
「ミミルが迷子にならないように、拾ってくれた人が自分のところに届けてくれると思ってつけちゃったらしいんですぅ……」
『あちゃー……』
「……なるほど」
そういうことだったか。そういや、ミミルがいなくなったときにずっと探し回ってたみたいだからな。なんともセシルらしい……。でも、何はともあれ無事でほっとした。あとは心の状態をリカバリーしてあげないとな。
「それで、シギルさんが心配してボス戦の途中で帰ってきたんですよって私が言ったんですよぉ。そしたら、お兄ちゃんに迷惑かけちゃったって泣き始めて……うぅ」
「……そうか。って、ラユルまで泣くなよ」
「なんせ、セリスさんは私のお姉ちゃんのような存在ですからっ……」
「……まあ、そうだな。十五歳ってのは何かの手違いで、ラユルのほうがずーっと年下だからな」
「は、はいっ……。今回は私がなでなでしましたが、いつもされる側ですからね!」
「だな。セリス! ラユルが泣いてるからお姉さんのセリスがなでなでしてあげなさい」
「あ、うん! ラユルちゃん、私のために泣いちゃダメだよ……」
「は、はい……うぅ……」
セリス、もう元気になったみたいでよかった。
この子をお姉さんに仕立て上げてしっかりさせようっていうラユルの作戦勝ちだな。俺の弟子なだけあって賢いじゃないか。これだけ見た目が幼いからできることがな。ただ、こんなやり取りを繰り返してたら、そのうちラユルまで本気で妹気分になってしまいそうだ。むしろ、もうなってたりして。
「セリスも、もうこんなことはしないようにな」
「うん、ごめんなさい……」
『シギル兄さん、もっときつく言わないとダメだよ……』
『大丈夫。ちゃんと反省してるみたいだし』
『甘いよ。忘れた頃にまた同じようなことやるかもしれないよ……』
『……もしかして、セリスって忘れっぽいのか?』
『忘れっぽいっていうか、変に気が利くところがあるから、別の方法で何かやらかしちゃうかも……』
『……そうか。よし、それならいい手がある』
『お仕置き? それなら私が……』
『まあ見てなって』
『……うん』
◆◆◆
「――わー! ミミル、とても似合ってるよ!」
「ニャウッ……?」
ミミルの首に取り付けられているのは、ペット用の発信機が取り付けられた銀色の鈴だ。これで、いつでもメモリーフォンのマップ欄でミミルの現在位置を把握できる。
冒険者を引退した錬金術士が経営する有名な工芸品店で購入したわけだが、その結果俺の所持金は一日分の宿代と食事代くらいしか残らなくなった。貧乏人に逆戻りというわけだ。なんせ、同じ店で売られてるメモリーフォン並みに高価だったからな。まさかここまで費用がかかるとは思わなかった……。ま、まあどうせまた稼ぐし、ほかに使う予定もないから問題ないだろう。
「シギルお兄ちゃん、ありがとう、だーい好き!」
「ウニャー」
「……」
セリスが俺に抱き付いてきたのと同時に、ミミルが頭を足に擦りつけてきた。驚くほど呼吸がぴったり合ってるな。これじゃメモリーフォンもくっつけたくなっちゃうわけだ。
「セリスお姉ちゃん、元気になってよかったですぅ! 塞ぎ込んでたから心配しました……うぅっ」
「こら、泣かないの。めー! ラユルちゃんもいたから元気になれたんだよ。私、お姉さんだからしっかりしなきゃって思って……」
まーたラユルがセリスと姉妹ごっこしてる。よく飽きないな……。
「さすがはセリスお姉ちゃん……私なんてまだまだですっ」
「うん。ラユルちゃんはちっちゃいから、もっと食べて大きくなろうね」
「はいっ、がんばりまふ……」
「……」
もうこれ、ラユルは芝居じゃなくて本気でセリスの妹になっちゃってるだろ。というか、ラユルが15歳なこと自体が何かの手違いのようにすら思えてきた……っと、いつまでも平和ボケしてる場合じゃないな。
俺よ、目的を忘れるな……あの日の壮絶な痛みを思い出せ。俺は化け物のような姿の玩具にされ、エルジェたちは殺し屋が俺を甚振るところを笑って見ていたに違いないんだ。悔しくないのか……? 拳にじんわりと汗と力が籠もっていくのを感じる。
……そうだ、弟子のラユル、殺し屋のレイドとともに、俺は復讐に燃える転移術士なんだ。エルジェたちのパーティー【ディバインクロス】に早く追いつき、あの髭面の殺し屋を含めて皆殺しにするためにも、階段を駆け上がるが如く、ダンジョンを次々と制覇していかなければならないのだ……。
気が付いたときには、俺はラユルとともに十三階層に向かっていた。きっと、師匠の本気が弟子にも伝わったんだろう。これからどんなに想像を絶する痛みが待っていたとしても、俺たちはいとも容易くそれを乗り越えられるはずだ。
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