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十五段 俺は適当にやるということを根本から勘違いしていた
しおりを挟む『――ッ!』
……ダメか。本日1289回目の《微小転移》も失敗に終わった。
朝六時頃に起きてりんごの木を連続で微動させる作業に入ったわけだが、太陽が真上のほうに差し掛かっても何の変化も起こらなかった。熟練度がマックスになり、失敗がなくなってからは詠唱の省略が可能になったので楽にはなったが、やはり疲れる。
100%成功するのに違いが出てこないというのは、明らかにやり方が間違ってるんだろうな。一体何がいけないんだろう? ちゃんと、多少手を抜くようにはしてるんだがな……。
『……シギル兄さん、頑張って。これ……』
『……ああ、ありがとう』
リセスがりんごジュースの入ったコップを持ってきてくれたので一緒に飲むことにした。《テレキネシス》のほうがやりやすいんだが、スキル構成には入れてないので《微小転移》を使って口元まで運び、一気に……あれ? さかさまにできないのかこれ。
……ダメだ。コップがひっくり返らないのでいつまでも飲むことができない。りんごの木を動かすときと同じように、なんの変化も起きないんだ。ちょっと傾けるだけでもいいのに、それができない……。
『私が飲ませてあげるよ』
『――い、いや、大丈夫……あっ』
顔にコップと冷たいものが降りかかる。……りんごの甘い香りに包まれたが、口にはほとんど入らなかった。ちょっとリセスのほうに気を取られて、《微小転移》の連続が途絶えてしまった。
『ご、ごめんなさい、シギル兄さん! 今すぐタオルを……』
『――あ……』
……待てよ。これはりんごの木じゃないが、明らかな変化じゃないか?
そうか……わかったぞ。俺は適当にやるということを根本から勘違いしていたんだ。そもそも、《微小転移》の最大のメリットは冷却時間(クールタイム)も必要とせず、連続で使えるということ。だから《微小転移》で少し手を抜くというのは、連続で使わずに多少の間を開けるということだったんだ……。
『《微小転移》――……!』
変化はすぐに訪れた。連続で使おうとして、前触れもなく小休止することで空間に微細な歪みが生じたのか、りんごの木は微動する際に赤い実を一つだけ落としてしまった。
『見事だ。よくぞ気が付いたな、シギル君』
『……師匠……』
やっぱりどこかで様子を見てたんだな。
『偶然ではあるけど……』
『その偶然からヒントを得て、こうしてやり方を見つけ出したのは君だ。これも練習の成果と言えよう。誇りに思ってよいぞ』
『はい、師匠! あ……もしかして、これでもう最高スキル習得……?』
『いや、まだまだ甘い』
『……え……』
『変化を見いだせたのはよいが、何が落ちるかまではわからなかっただろう。葉っぱでもりんごでも、意図的に落とせるようになるまで、徹底的にやりなさい』
『……は、はい!』
◆◆◆
「《微小転移》――……!《微小転移》――……!」
最初のうちは、どこかの枝に実ったりんごや葉っぱが偶然落ちるくらいの感覚だったが、何度も繰り返すうちに、大分コツが掴めてきた。《微小転移》の連続から小休止に入る寸前、《念視》によって落としたいものを一点に絞って凝視するだけだ。多少あったズレも慣れてくると消え失せ、ピンポイントで落としたいものを落とせるようになった。
『……』
それにしても、何か変だ。俺のほうはすこぶる順調なんだが、リセスの様子がどことなくおかしい。まるで小さな子供のようにりんごを拾い集めてはしゃいでる様子だった。実際子供だから当たり前なんだが、いつもの大人びたリセスらしくないんだよな。いつもなら《テレパシー》で話しかけてきたり、肩を揉んできたりと色々世話を焼こうとしてくるのに、それもまったくない。なんか、まるで別人みたいな……いや、そんなわけないし、俺の考えすぎかな。こういう日もあるってことなんだろう。さあ、続きだ!
『……《微小転移》――……!』
――さ、さすがに疲れた……。でも、夕陽を浴びたりんごの木は見事に真っ裸になっていた。さすがにもう落とすものもないしこれで修行は終わりだろう。
『シギル兄さん、お疲れ様……』
『……あ……』
温かいものが顔に当たる。リセスが蒸しタオルで汗を拭ってくれていた。いつもの面倒見がいい彼女に戻っている。じゃあ、あれは一体なんだったんだろう……。
『リセス』
『……はい』
『今日はよくはしゃいでたな。楽しかった?』
『……え。えっと、寝てて覚えて……』
『寝てた……?』
『――あ、いや、えっと……それは私の勘違いで、凄く楽しかったよ!』
『……』
今の、明らかに動揺してた感じだったな。……二重人格とか? まさかな。今までまったくそんな兆候なかったわけだし……。
『……おー、シギル君、頑張ったようだのー』
『あ、師匠……』
これでいよいよ卒業だと思うと感慨深いものがある。
『……これで、卒業までもう一押しだな!』
『……え? まだ?』
『もちろんだ。《微小転移》でやることがなくなるまでだからの』
『で、でも、もう落とすものは一つも残ってないんですけど……』
『うむ。だから元に戻す作業だ』
『……えええっ? あれを全部……?』
『うむ……。すべて結合させるのだ。それも元にあった場所にな』
『そ、そんなことできるわけ……』
『いや、大体の場所に戻してやるだけでいい。そうすれば転移術が持つ補正力により、自然に元の場所に還り、繋がるだろう。とにかく結合させるという意識こそ大事だ』
『……』
りんごと葉っぱで散らかった庭を呆然と見つめる。やっぱり師匠は色んな意味でスパルタだった……。
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