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第百十二回 夢と現実
しおりを挟むあれから俺たちは、最高級の馬車に乗ってザムステリアを発ったわけだが、乗り心地だけでなくスピードも抜群で、予定よりずっと早く王都グラッセルへ到着することができた。
これで明日の昼頃行われるという勇者選定の儀式までゆっくり休めるし、心の準備をする余裕もできたってわけだ。
「ようやく着いたな……」
ザムステリアからは早かったが、全体で見るとここまでの道のりは長く険しかったように思う。実に色んなことがあったからな。思い起こせばきりがない。
「「「わー……」」」
シャイルたちが息を呑むのもわかる。俺たちの目の前には、これまで経験したどの都市よりも大きく騒々しい都が広がっていたからだ。その華やかさは天候に恵まれたこともあるが目を覆うばかりで、どこに視線をやっても吸い込まれそうになるほど圧倒されていた。さながら夢の世界のようだ……。
「ぐー……」
「……」
高級馬車なだけあって居心地がよかったのか、ターニャはいつも以上によく眠っている様子。真昼間でも関係なく眠れるって凄いな。
「むにゃむにゃ……ふわふわで天国みたいですねえ……」
「まったく……ターニャどのは夢の中で王都に到着していそうだ」
ラズエルの推測は当たってそうだな。寝言から察するに天空の王国にでもいそうだ。
「いやー、グラッセルの空気を吸うのは久々っす!」
「えっ……ソースケは王都に来るのが初めてじゃないのか?」
「つーか兄貴、あっしはこの町で召喚されたっすよ」
「あ……」
そういや彼を召喚したのは大司教の息子だっけか。
「王都からあんなところまで行ってたんだな」
「あのときは本当、この先どうなるかと……。まさかまたここへ戻れるとは夢にも思わなかったっす。これも兄貴のおかげっすねえ」
「いやいや、俺だけじゃなくてみんなの協力があったから……って、リュカ?」
「……ん、どうしたの、コーちゃん?」
「いや、王都まで到着したのに黙り込んでるから具合でも悪いのかなって」
「……ちょっとね、考え事。それよりあの子の心配したほうがいいわよ」
「あぁ、アトリなら――」
「――コーゾー様? そんなことしたらダメですよ……? めーです」
彼女は今、王都の景色には目もくれずに馬車内でクリスタルロッドを弄っている。ザムステリアの村で症状が少し改善されてきたと思いきや、あれからまたこうしてロッドを俺に見立てて撫で回すことが多くなってしまった。
前進したと思えば後退してしまう状況。それを止めると暴れ出してしまうし、こうなるとしばらくは静観するしか手がないんだ。そうすりゃいずれ自分から動き始めるしな。
「何か声をかけてあげたら?」
「あ、ああ……優しいんだな、リュカは」
「何よ、いかにも意外そうに」
「いや、だって……」
「あのことならもう気にしてないわ。彼女が悪い魔女に怒るのは当然だし、それだけのことをされてるんだしね」
「……」
なんだろう。リュカが優しくなるのはいいことのように見えて、逆に怖くなってくる。いつか彼女がその優しさに足を取られるような気がして。俺がそういうのを望んでおいて本当に勝手な言い分だけど……。
「アトリ、おいで」
「……コーゾー様? おいたはめーって言ったでしょ? いい加減にしなさいっ」
ぺちっとクリスタルロッドを叩いて微笑むアトリを見て、俺は何故か無性に腹立たしくなった。
「もうやめてくれっ! いい加減にするのはアトリのほうだろ! ……あっ……」
俺が怒鳴ったせいで、みんな静まり返ってしまった。
「ふわあ……ど、どうかしたんですか……!?」
ターニャも心地いい夢から覚めてしまったようで、俺はとんでもない自己嫌悪に包まれる。どうしてこんなことを言ってしまったんだろう。俺はなんて性格が悪くて幼稚なやつなんだ。そもそもアトリがこうなったのは自分のせいだってのに……。
「……嘘つき……」
「ア、アトリ……」
俺はアトリが睨みつけてくるのを見て固まってしまった。
「……ずっと一緒だって言ったのに……嘘つき……」
「……ご、ごめん。アトリ、俺――」
「――このっ!」
パンッという音が響き渡る。リュカがアトリの頬を張ったのだ。
「コーちゃんがどれだけ気を遣ってきたかもわからないくせに……!」
「リュ、リュカ、やめろって――」
「――あ、あれ? 私……」
ん? アトリの様子がおかしいぞ。辺りをきょろきょろと見回している。しかも目には輝きが戻っていた。これは、まさか……。
「アトリ……元に戻ったのか……?」
「……コ、コーゾー様……私……」
「アトリ……!」
俺はアトリを抱き寄せた。
「ごめん……ごめんよ……」
「コーゾー様……」
「ふふっ、よかったわね、コーちゃん?」
「あっ……」
「いいわよ、私のことは気にしないで」
「……」
気にするに決まってるだろうと……。
「「「わー!」」」
シャイルたちが歓声を上げて俺たちのほうに駆け寄ってくる。ソースケ、ラズエル、ターニャも……。
「ぐすっ……あたちたち、心配したんだからっ……。アトリ、おかえりっ!」
「アトリ様、おかえりなさいですわ」
「アトリ、おかえりなのだー」
「アトリちゃん、おかえりっす!」
「アトリ、おかえりである」
「アトリさん、おかえりなさいですっ!」
「ただいま……み、みんな、待たせてごめんね……」
俺は涙ぐむアトリを含めてみんなの感動した様子に引き摺られそうになった。彼女が本当の意味で帰還した瞬間だとわかるからだ。よかった……。
「ふわー……」
ん、誰の欠伸だろうと思ったらヒカリだった。今までずっと気絶してたがようやく起きたわけだ。彼女についてはザムステリアに放置しようかとも考えたんだが、それだとヤケを起こして死人が出そうだってことで仕方なく連れてきたんだ。
「なんかぁ……もしかしてコーゾー君をめぐる修羅場? じゃあ僕も混ざっていいかな?」
「おいおい……」
みんなも呆れ顔になってる。ヒカリの闇の深さは相変わらずだった。
さて……いよいよ明日から真の勇者を決める選定の儀式が始まる。リュカの言うことが事実であれば、彼女に呪いをかけた勇者もここに来てるだろうし選ばれるのも間違いないはず。そうなればこの世界は破滅へと着実に進むことになる。だから俺が真の勇者に選ばれることでそれを止める必要があるんだ。
俺たちの本当の戦いはこれから始まる……。
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