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第九四回 触れるもの
しおりを挟む「《エル・ブレイズ》」
分厚い炎がリュカの小さな手から放出される。まるで龍のような炎が高々と舞い上がったかと思うと、そこから一度円を描くようにして向かってくる。
こんなものを《マジックキャンセル》とか《カウンターボール》で打ち消したり跳ね返したりしようと思ったら、杖の輝きが消える頃には半分も消化できずに俺の体は炎に包まれ、彼女の魔法の威力を考えても大して時間もかからずに灰と化すだろう……。
なので、ここは自分にさっきのように風の素魔法をかけて素早くかわしていくしかない。
「賢明な判断ね、コーちゃん。でも、これはどう……?」
「……なっ……」
赤き龍の胴体から、小さな炎が幾つも枝分かれして迫ってきた。それはさながら、空の血管であるかのようだ……って、見惚れてる暇なんかない。これはまずいぞ……。
それがいくつも派生してくるもんだから、俺はもう避けることに集中するしかなかった。最早弾幕といっていいほどの赤い線の中を必死に掻い潜る。普通ならとっくに終わっていると思えるのも、これだけ耐性があるにもかかわらず、むせかえるような熱さでフラフラになってるからだ。
「降参するならやめてあげてもいいわよ、コーちゃん」
「……誰がするもんかっ」
「ふふ、可愛いっ……」
「……」
不思議なものだ。これだけ不利な状況なのに、俺は助かりたいなんてまったく思ってなくて、勝ちたいという気持ちしかなかった。俺ってこんなに熱い男だったっけ……。もしかしたら、今まで散々年齢を言い訳にして抑えつけていたものが、マグマのように噴き出してきたのかもな……。
それでも、最悪の状況であることに変わりはない。というか崖っぷちだ。あとほんの少しで俺の精神力も体力も底をつく。リュカはそれがわかるからああやって降参を促してきたわけだ。
さあ、どうする……って、待てよ……?
彼女は気配だけで正確に俺の動きを掴み、炎を幾つも枝分かれさせて追尾している。だが、そのことによって炎が薄くなっていることに気付いてない様子。
よーし……早速俺は《マジックキャンセル》で杖を輝かせると、己に風の素魔法をかけて炎の金網に向かい、強行突破した。
「――はっ……」
リュカがしまったという表情をしたときには、俺の杖がその頭上にあった。
「やるわね。私の負けよ」
「いや、ちょっとしたミスだから、もう一度やったら多分俺のほうが負ける」
「そんなことない。自信を持って、旦那様……」
「……え……」
俺の唇に、リュカの唇が軽く当たった……。
「コーゾー様!」
アトリの悲鳴に近い声が聞こえてくる。多分、今が最大のピンチだ……。
「だ、旦那様って……」
随分出世したものだ。冗談だろうけど……って、でもキスまでされたってことは……いや、まさかな……。
「もっと昇格したら、私のほうが旦那様の下になっちゃうかもね」
「こんな冗談、リュカも人が悪――」
「――私、本気だから……」
「りゅ、リュカ……」
リュカは、何故か俺のほうではなくアトリのほうを向いて言った。おいおい……。リュカは笑ってるし、アトリは涙目になってるし、これじゃ泥沼じゃないか……。しかも、その一方でシャイルたちはニヤニヤしていた。悪魔なのか……。
「兄貴、さすがっす! ……あれれ、顔色が悪いっすよ!?」
ソースケが興奮気味に駆け寄ってきたが、俺は戦闘中より焦っていた……。
「ソースケ、そんなこと言って原因はわかってるくせに……」
「あはは! モテる男は辛いっすねえ。それにしても、魔女を二人も、それも魔術師を倒しちまうなんてマジスゲーっす!」
ソースケはすっかり俺の弟分になっちゃったな。お、ターニャも跳ねるようにしてこっちに来た。
「コーゾーさん、凄かったですっ!」
「ターニャちゃん、寝てたくせに……」
「うっ……ソースケさん、バレちゃいましたか! でも、最後のほうだけはちゃんと見ましたよ! ちょっと嫉妬しちゃいましたけどっ!」
「……」
ターニャ、俺が見られたくないところに限ってきっちり見ちゃうんだな……。
「コーゾーどの、我も嫉妬した。色んな意味で……」
ラズエル、顔色が悪いな。またプライドが傷ついたのか全身ブルーになってる……。
「私も嫉妬しました」
「あ、アトリ……」
アトリにプイッと目を背けられたが、すぐに俺の腕を掴んできた。
「コーゾー様は誰にも渡しませんっ……」
リュカとのキスを見られて心配したが、そんなに怒ってないみたいだな。よかった……。
「「「ヒューヒュー!」」」
「お、お前たち……」
シャイルたちの冷やかしは、今日俺が食らった攻撃の中で一番効いたような気がした。あー、体が熱い。火傷しそうだ。逃げ出して普通のモテないおっさんに戻りたい気持ちもないわけでもないが、今の俺は真の勇者を目指す立場だから、我慢我慢……。
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