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第七四回 出発

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 ようやく北門が開き、大陸の中間からやや北東にあるという王都グラッセルを目指し、俺たちは馬車で出発する。まずはゲフェルという古都に向かうそうで、昼頃には到着するらしい。そこで昼食を取り、すぐまた発つとのことだった。

 それにしても、多くの憲兵たちや群衆に見送られるという、なんとも派手なスタートになって緊張した。あのブルーオーガ――ラズエル――を従わせた勇者として、俺は早くも有名人になってしまったらしい。

「なんかどっと疲れたな……」

 商都リンデンネルクが遠ざかっていく中、俺はほっと一息ついた。これでしばらくただのおっさんに戻れる。

「コーゾー様、真の勇者となるお方は、より多くの人望を集めるといいます。幸先のいいスタートですよ」

 アトリに笑顔で言われて悪い気はしないが、いまいちピンとこない。俺何かしたっけ……。

「この先、どんなにマスターに仲間が増えても、この肩だけは誰にも渡さないっ」

「そこの陰気な妖精。じゃあご主人様の左肩は空いていますの?」

「登れるものなら登りなさいよっ」

「それでは遠慮なく登らせていただきますわ……うっ……」

 リーゼが俺の左肩に登ろうとしてきたが、回り込んだシャイルに踏まれて靴が頬にめり込んでいた。

「むぐぐ……卑怯ですわ……」

「賢いって言ってよねっ」

「狡賢いのだー」

「一言多いっ。バカ犬っ」

「ガオッ!」

「ひー!」

 ヤファの手が伸びてきて隠れるシャイル。相変わらず騒々しい三人だ。

 ……ん、ターニャが珍しく辞書を前に集中してる。大体うとうとしてることが多いんだが、俺があげた無色のクリスタルロッドが効いてるっぽいな。

 黒水晶の杖があるしもういらなくなったから売ろうと思ったんだが、ターニャが欲しがったので譲る形になったんだ。ほんの少し読み込むスピードが速くなったって言ってたし、思いのほかはかどってるのかもしれない。

「頑張ってるな、ターニャ」

「……」

 俺が声をかけても、ターニャは辞書と向き合ったままでまばたき一つしない。この集中力さえあればいつか師匠を超えられるかもな。

「コーゾーどの。ターニャは寝ていると思われる……」

「え……」

「これをご覧いただきたい」

 ラズエルがターニャの目前で手を振り始めたわけだが、ぴくりともしなかった。集中していると思ってたが、実は目を開けたまま寝ていたのか……。

「我も最初は頑張っていると思ったのだが、急に反応がなくなったと思ったらこの有様だった」

「なるほど」

 ラズエルは意外にもターニャと気が合うのかよく会話してたからな。普段着についてラズエルからどんなのがいいのか聞かれて、ターニャは辞書を目にしながらも答えてたし、余計に精神力が消耗してしまったのかもしれない。



 いつしか、周囲は緑色の成分が薄くなり、その代わり土色が目立ち始めた。荒野というやつだ。魔物の姿もちらほら見え始める。人間サイズの火の玉が、小さな火の玉を引き連れて彷徨っていた。神殿にいたブレイズマンと違って大きく、人の姿になる気配もない。

 アトリによるとこの魔物はファイアリングといってアクティブではないとのことだが、馬車の近くを通った火の化け物は体をさらに大きく見せて威嚇している様子。夜でもこの魔物のおかげで道は明るく照らされて便利らしいが、いざ倒すとなると結構タフで、物理攻撃もほぼ効かないため水魔法でもないと厳しいそうだ。

 逆にそれがあれば簡単に倒せるってことだが、どうもそんな気にはなれなかった。俺は疲れてるわけでもないのに、現状に満足してしまっているんだろうか……。前代未聞のジョブである反魔師になったとはいえ、選定の儀式には沢山の勇者が集まってくるだろうし、慢心していたら真の勇者に選ばれるなんてほど遠い気がする。

 そもそも俺はなんのためにやってるんだ? これは自分のためでもあるが、みんなのためでもあるんだ。そうでなければここまで来られなかった。

 ってなわけで、修練の意味で火の化け物に水魔法を浴びせていく。レベル3の素魔法でも二発か三発で倒すことができた。こりゃいい。サクサク気持ちよくファイアリングを倒し続けて、やがてほぼ一発で安定して倒せるようになった。

 ――さて、どれくらい上がってるかな……。

「……あ……」

 水魔法のレベル確認のため精神鏡を覗き込んだわけだが、5になってる一方でまた習得欄のところに《???》レベル1の文字があった。

「ターニャ、すまない」

 これもすべては鑑定してもらうためだ。俺は濡れないようにターニャから辞書を取りあげると、水魔法を加減して彼女の顔に放った。

「……ぶはっ!?」

 さすがにびっくりした様子のターニャだったが、起きたあと気にする様子もなく欠伸するところが凄い。

「ターニャ、また何か覚えたみたいだから鑑定を頼む」

「あ、はーいっ!」

「プププッ……」

 その隣で、ラズエルはターニャの天然ぶりが余程おかしかったのか口を押さえて笑っていた。
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