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第二四回 絶望との対話
しおりを挟む「……もう、あと少しです……」
「……」
洞窟のT字路の前、俺は微塵もその場を動くことができなかった。まだ相手の姿さえ見てないのに、左側から魔女が近付いてくるたび、自分の呼吸が乱れていくのがわかった。
「――あら、珍しいわね。もう来ないとばかり思っていたのに……」
小さな掌の上で、踊るように炎が蠢いている。それが間近で照らし出しているものは……濃い緑色の髪をした少女――紛れもなく魔女――だった……。
やっぱり、あのときの小さな魔女だ……。俺たちの前できょとんとしたあどけない表情を見せていた。
「……あなたを倒しにきたわけではありません。みんなで薬草を取りに……」
アトリのか細い声が明らかに揺れているのがわかる。ここまで敵なしだった彼女をここまで怯えさせるなんて、どれだけ恐ろしい存在なのか。あれほどうじゃうじゃ湧いてきた魔物たちも、魔女がいるためかまったく姿を見せなくなった。
「薬草を採取しにきたの? でも、私がこの洞窟にいるのは知っていたはず。ここに来て結構経つと思うしね。なのに……素晴らしいことよ。その勇気に免じて、皆殺しにしてあげる」
本当に、なんでもないことを口にするような平然とした口調だったが、その内容は絶望的なものだった。
正直終わった、と思った。俺の考えが甘かった。魔女であっても恐れず向かっていくことと、魔女がいるとわかっているのに洞窟に来ることは彼女にとっては同義で、相手の勇気に応じて殺そうとしてるってわけか。まるで、腑抜けにはまったく興味がないとばかりに……。
「そのまま動かないで。一気に殺してあげる」
彼女の出している炎がより生き生きと動き始めたのがわかる。今にも喋り出しそうなほどに躍動感があって、不気味さもどんどん増長してくる。ここはもう、最後の賭けに出るしかない……。
「君はあのときの……」
「……あら、あなたの声、聞き覚えがあるわね。誰だったっけ……」
「……」
助かった、のか……? でも彼女の魔法はなんら変化を見せていない。まだ殺されるまでの時間がわずかに伸びた程度にしか思えなかった。これからが大事だ……。
「俺はあのとき、君にぶつかった相手だ……」
柔らかく声をかけたつもりなのに、どうしても固くなって怒ってるかのような口調になってしまう。でもそうしないと言葉をはっきり出せる自信がなかった。アトリでさえ魔女の前ではあんな喋り方になってしまうんだから仕方ない……。
「あぁ、落とした帽子を拾ってくれた子ね。思い出したっ」
「帽子、ないけど……また落とした……?」
「普通に持ってるわよ。でもここだと落としたら汚れそうだから、今は別の場所に保存してあるの」
「そ、そうか……似合ってたのに」
「そう? 嬉しいわ」
「……」
魔女が少し笑ってるのがわかる。相変わらず視力は悪そうだが、普通に会話もできてるし、いいぞ、この調子だ……。
「ところであなた、確か新参の勇者よね。なのに、いきなりここに来るなんて、さすがに無謀すぎじゃない? ギルドでは魔女がいる洞窟だって噂になってるでしょうし……」
「……確かにそうだけど、これはチャンスでもあるんだ。君のおかげで、この場所の報酬レートはそれだけ高くなってる」
「……あ、そっか。読めてきたわ。もしかして、私と知り合いってことに期待しちゃった?」
「……え……」
「もしそうならますますあなたを殺さなくちゃいけない。……どうしてって顔してるから特別に教えてあげるけど、私ね、勇者が大嫌いだから……。嫌いなのに仲良くなったら殺せなくなっちゃう」
「……」
魔女の目前にある炎がより勢いを増していくのがわかる。この距離からでもむせかえるようで息苦しい。ダメだ、このままじゃ殺される。なんでもいい。何か言葉を発するんだ……。
「……それは……」
「ん? まだ何か言うことがあるの?」
「それは……勇者を嫌ってるのは……君がここにいる理由と何か関係が……?」
「……それを私が言う必要はないわ。あなたが知る必要も。だって、私を除いてみんなもうすぐここで死んじゃうんだから……」
「……」
話が本格的に通じない。もう本当に終わりなのか……。
「……ひっく。マスター、怖いよぉ……」
「……万事休す、ですわ……」
「……ガルルッ……」
俺が何を言うべきか迷ってる間、シャイルたちが怯えながらも言葉を発してくれた。まだいける、まだ大丈夫だ……。
「あらあら。お仲間さんたちかしら。そんなに怖がらなくても、一瞬で死ねるから大丈夫よ……」
「待て。最後に言わせてくれ」
「……いいけど、何?」
魔女であれ、人の姿をしている。それなら人の言葉だって通じるはずなんだ。それにあのとき彼女が見せた強い笑顔の中に秘められた寂しさ……忘れもしない。今は感じ取れないが、あれを引き出すことさえできれば彼女の心を動かすことも可能かもしれない。
結果がダメだったとしても……一瞬で死ねるのなら、みんなと逝けるのなら尚更死ぬのなんてそこまで怖くない……。
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