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31.精霊術師、船にされる
しおりを挟む「――そこの受付嬢っ! 俺たちはこの依頼を受けるぜっ!」
冒険者ギルドにて、受付のカウンターに依頼の貼り紙とギルドカードをドンと置くファゼル。
「はい、A級パーティー、【天翔ける翼】様ご一行ですね。かしこまりました……」
「なあ、この左手首が欠けたところ、見てみろ。なんかいかにも命懸けで戦ってる冒険者らしくて格好いいだろ!?」
「は、はあ……まあ、格好いいと言われれば、うーん……そうですかね……?」
「へへっ。そう照れんじゃねえって!」
戸惑った様子の受付嬢に対し、欠損した左手を見せつけるファゼルの表情には、最早暗さなど微塵も浮かんではいなかった。
「――ただいま。みんな、次はこれを受けることにしたぜ!」
待合室へ戻ったファゼルが、したり顔で仲間たちに見せたのはA級の依頼だった。
「ファゼル、元気になってよかった……」
「うんうんっ。マールもそう思うよお」
「まあ、いいだろう。精々頑張りたまえ」
「なんなんだよ、みんな俺のことばかり気にしてよお、肝心の依頼のことには触れねえのか?」
「「「……」」」
そんなファゼルを前にして、レミリアたちが安堵の顔を見合わせる。
「だから、俺のことならもう心配ねえって! 左手はこんな風になったが、すぐにS級に復帰して、レオンを迎えて、死ぬほどこき使ってやる! そしたら運も回って来て、以前みたいに俺たちは復活する!」
ファゼルの演説染みた発言は、周りにいる冒険者たちからも、ちらほら拍手が起こるほどに熱が入ったものであった。
「ファゼル……あ、あたし……」
ドルファンの顔色を窺うようにちらっと一瞥するレミリアだったが、そのまま意を決したようにファゼルに抱き付いてみせた。
「お、おい、レミリア、急にどうした?」
「ファゼルに惚れ直しちゃった……」
「ははっ、そりゃよかったぜ……っていうか、俺たち色々あったけど、恋人だからな?」
周囲からは、二人を冷やかすかのように周りから口笛が飛ぶ。
「マールもファゼルを見直したよお。っていうか、やっと本当のリーダーが戻ってきたみたいだあ」
「おうおう、マール、今まで待たせたなっ! 俺が生まれ変わった新生パーティー【天翔ける翼】のリーダー、ファゼルだっ!」
マールもレミリアに同調してみせたことでファゼルが調子に乗り、その場の盛り上がりは最高潮に達そうとしていた。
「…………」
待合室がこれでもかと盛り上がる中、ドルファンだけはその様子を冷ややかな眼差しで見つめていた。
(フッ……中途半端な希望を持つのはいいが、そのせいで全体が見渡せないのは残酷なものだ――)
「――ドルファンさあん」
「ん……? いきなり僕に何をするのだね」
一人だけほくそ笑んでいたドルファンだったが、突然マールに抱き付かれたことで、鬱陶しそうに引き剥がす。
「え、ドルファンさん……?」
「パーティーメンバーだからといって、いちいち馴れ馴れしく纏わりつくな、メスガキめが」
「で、でもお、あんなにマールのお尻とか揉んだりしてきたのに――」
「――あ、あれは、お前を励ましてやっただけだから勘違いするなっ!」
「う、嘘……? ドルファンさんはマールのこと、好きじゃないの……?」
「はあ? 一体何を言っているのだ、お前は。とうとう頭がいかれてしまったのか? 大体、この僕がそんなガキみたいな幼稚な体に本気になるわけがないだろう」
「そ、そんなあ……! えぐっ……ひぐぅっ……」
「「「「「……」」」」」
マールがうずくまって泣き出すと、その場は一転して沈痛な空気に包まれることとなった。
「なんでも……なんでもしゅるからぁっ、マールのこと捨てないでえぇっ……」
「…………」
口元を引き攣らせながら、なんとも複雑そうな表情でマールを見下ろすドルファン。
(まさか、このメスガキは本気で僕に惚れていたのか……? だとしたら、まだ何かほかに使い道があるのかもしれん……)
まもなく、ドルファンがニヤッと嫌らしい笑みを浮かべたかと思うと、マールに耳打ちしてみせた。
「――と、こういうわけだ。お前は僕の言われた通りにするだけでいい。わかったな……?」
「う、うん。それをやれば、マールのこと、本当に見捨てない?」
「う、うむ……まあ、時々であれば遊んでやってもいい」
「やったあぁっ! マール、ドルファンさんのこと大好きい!」
(……フンッ、バカめが。最後にはこっぴどく裏切ってやるというのに。とにかく、泥船からレオン号に乗り換える準備は無事に完了した……)
よりを戻したと思ったのか、周りから冷やかしの声が飛び交う中、ドルファンはこの上なく邪悪な笑みを浮かべてみせるのであった……。
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