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66話 格
しおりを挟むギルド長室、なんていうものはここにはないらしい。
あえていうなら、この会議室の隣にある三人入るのがやっとの小部屋がそれに該当していて、夜はそこで寝るんだ。
ギルド長というものは贅沢をするための役職ではない、というのが前任者の考え方でこうなったらしい。そういうわけで僕はそこで窮屈な一晩を過ごしたあと、朝食前にエリスとセニアだけ大事な話があるってことで会議室に呼び出したところだった。
「カイン様、大事なお話とは一体なんでしょう……?」
「ふあぁ……カイン、大事な話ってなんなんだぁ……?」
「二人とも、よく来てくれたね……」
見るからに眠そうなセニアはともかく、エリスはとても不安そうな顔をしていた。その気持ちは凄くわかるし、セニアにしても危険が及ぶことを考えて早めに決断したかった。
「大事な話っていうのは、誘拐されそうになったエリスとセニアに――」
「――ちょっと待ったぁっ……!」
「「「っ……!?」」」
物凄い勢いで誰かが入ってきたと思ったら、なんとリーネだった。しかも彼女自身の何倍もある大量の荷物を背負ってるし、一体何があったんだろう……?
「カ……カインどのっ……! 実は、うちも変な男たちにカインどのと親しい者はお前かと訊ねられ、誘拐されそうになったのだあぁっ……!」
「「「えぇ……?」」」
リーネもなのか……。それじゃ、彼女はちょうどいいところに来たってわけだね。
「さ、リーネもこっちへおいでよ」
「お、おぉっ! ではうちもカインどのの親しい者、すなわち誘拐されそうな人物としてこの部屋で守られながら暮らせるのかっ……!」
「え……? リ、リーネ、一体何を言って――」
「――カ、カインどの? う、うちはエリスどのと違って脇役なのだろうか……?」
「リーネ……落ち着いてよ。僕は誰であっても特別扱いなんてするつもりはないよ……」
「それでは、カイン様の大事なお話とはなんなのでしょう……?」
「……エリス、あれから色々考えたんだ。相手はなんで僕と親しい人ばかり狙うんだろうなって。多分、本気で人質を取ろうだなんて思ってないんだと思う。だって、親しくない人でも助けたいって思うのが普通だし、狙うならもっと弱い人を狙えばいいわけだから」
「「「あっ……」」」
「じゃあその狙いは何かっていうと、狙われてるからってエリスたちを僕がさらに特別扱いすることで、周りからの反発を強めて孤立させて、やがて親しい人たちからも見限らせるように仕向けて……そこで親切にしてスカウトするつもりなんじゃないかなって。本気で人質作戦なんてやったら心証も悪くなるしね」
「そ、それじゃ、カイン様の大事なお話というのは……誘拐された私たちを特別扱いしないと、そう仰りたいってことですか?」
「簡単に言うとそうなるね。ギルドのみんなでお互いに連携を深めて、怪しい人がいたらまず仲間に知らせること、なるべく一人で行動させないってことを、みんなに伝えようと思って。それについてエリスたちだけにこうして話すのは、やっぱりそれだけ信頼してるからだし、襲われてるのに特別扱いしない冷たい男って思われたくないからなんだ……」
「「「……」」」
あれ、みんな涙ぐんでる。酷い男って思われちゃったかな……?
「ご立派です、カイン様……」
「え……?」
「オレもそう思うぜ。襲われたとかそういうのは正直よくわからないけど、特別扱いなんてされたらこっちも気が引けるし、自然体のほうがいいやっ!」
「う、うむっ……カインどのこそギルド長に相応しいのだっ!」
「あはは……」
当たり前のことを言ったつもりなんだけどね。なんだか照れ臭いや――
――パチパチパチパチッ……。
「「「「うぇっ……?」」」」
いきなり拍手が聞こえてきて、僕たちの上擦った声が被る。誰がどこでやってるのかと思ったら、テーブルの下から受付嬢のサラを筆頭にぞろぞろと気まずそうに出てくるところだった。こんなところにいたなんて全然気づかなかった……。
「サ、サラ、なんでこんなところに……?」
「ごめーん、ギルド長様ぁ……。できてるって噂になってるエリスとの密会を見たくて、早朝にみんなを呼んであたしのスキル【潜伏】で隠れて覗いてたら、凄くいいこと言ってたもんだから、思わず拍手したくなっちゃってぇ……」
「「「「はあ……」」」」
みんなで変な光景を覗こうとしてたのか……。僕たちはなんとも苦い笑みを見合わせたわけなんだけど、これで少しはギルド長として格が上がったかもしれないし、そんなに悪い気分でもなかった。
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