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52話 旅立ち
しおりを挟む「どうかご決断ください、ギルド長様……!」
「……」
冒険者ギルド二階の会議室では、物々しい空気の中で一人の若い男がギルド長に迫る光景があった。
「レインの事件の二の舞はもうごめんなんですよ。あの悲劇でどれほどの被害が出たか……。ギルド長様、エリスのことを考えておられるなら尚更放置するわけにはいかないでしょう。あの子は最早あなたの娘同様の存在なわけで――」
「――そんなことはわしもわかっておるっ!」
苛立ちが極まった様子でテーブルを叩くギルド長。しばらくの沈黙のあと、彼は重い口を開いた。
「だがな……ここでお前の言うように、さしたる理由もなく一方的にカインを除名してしまえば、わしは一生エリスから恨まれることになるのだぞ……?」
「そ、それはそうかもしれませんが、命には代えられないでしょう……」
「もちろん、それとて重々承知しておる。しかし、カインが異例の速さでS級冒険者に到達し、ギルドに多大な貢献をしておるのも事実。あやつの最近の活躍で、冒険者への道を志す者も増えておるらしいぞ。これはあのレインにもできなかった快挙だ」
「俺はカインの功績まで否定するつもりはありません。どんなエリートでもS級になるまで最低三年はかかると言われているのに、やつはたった一カ月ほどで達成したわけですから確かに凄い男ですよ……。でも、その分被害が大きくなることを懸念しているのです。ギルド長様、そうなってしまう前にあの手を使うしか……」
「まあ、見ておれ。わしにいい考えがある。あの手を使うのはあくまでも最終手段だ。一応その準備もしておくがな……」
◆◆◆
「……」
エリスに聞かされたギルド長との約束の時間――正午――に近くなったということで、僕はギルドの二階にある会議室へと向かっていた。あそこへ行くのは久々な気がする。ギランとジェリックの件以来なんじゃないかな。
それにしても、一体どんな話なんだろう? やっぱり除名を告げられちゃうのかな。でも心当たりもないし、それだけはないと思いたいけど……。
「――ギルド長様、失礼します」
「うむ、入りなさい」
会議室の中に入ると、ギルド長だけが奥の席に座っていて、僕を見るやいなや立ち上がって近付いてきた。
相変わらず凄い風格だけど、今では全然緊張しないから不思議だ。それこそ、第四王女のソフィアと友達になったり、猪人族の首領クアドラを倒したりと、色んなことを経験してきたからかもね。
「ささ、立ち話もなんだからここに座りなさい」
「え、そこは……」
僕が座るように促されたのは、なんとギルド長がそれまで座っていた奥の席だった。
「いいから。君はS級冒険者なのだから遠慮することはない」
「は、はあ……」
まさか、ここに座ったことで無礼な振る舞いとして除名処分の理由にされる、なんてのはいくらなんでも考えすぎだよね。というか、言うことを聞かないのも失礼な気がするので恐る恐る座らせてもらうことにした。
「実を言うとな、カインをそこに座らせたのにはれっきとした理由がある……」
「……」
ギルド長が一層凄みのある低い声を出したのでさすがにドキドキしてきた。一体なんだろう……。
「カイン、わしの代わりにギルド長になってもらえないだろうか?」
「……え……ええっ……?」
彼の口から飛び出したのは、予想の斜め上の台詞だった。
「わしはしばらく仕事で都を離れなければならん。そこで、カインにギルド長の代理をやってもらいたいのだ」
「と、とてもじゃないけど、ギルド長の代わりなんて僕には荷が重すぎるんじゃないかと……」
そもそも、ギルド長が普段どんなことをやるかなんてまったくわからないのに。
「知人が忙しい今、現時点で頼めるのはカイン、君しかいないのだよ。頼む、この通りだ……」
「ちょ、ちょっと……」
ギルド長から深々と頭を下げられてしまった。絶対に断らせないとでも言いたげな傾き具合だ。
「それにな、ギルド長といっても冒険者としてダンジョンに潜る時間がないわけでもないし、わしが戻ってくるまでの一カ月間だけでいい。どうか、願いを聞いてはくれないだろうか……」
「……」
うーん……どうしようか。さすがに断りたいところだけど、そうするとさらに居心地が悪くなっちゃいそうだしなあ。ギルド長としてどういう仕事をやればいいのかはエリスが教えてくれそうだし、普通はできない体験をすることで身につくものがあるかもしれない。
「わかりました、ギルド長様。引き受けさせていただきます」
「お、おおっ、やってくれるか……! 本気なのか?」
「え、はい」
「……」
「どうしました、ギルド長様?」
「……い、いや、ありがたい。これは実にありがたいぞ……? ハッハッハ!」
ギルド長のこの反応……多分、僕が引き受けるとは思わなかったみたいだね……。
◆◆◆
「では、みなの者……そろそろ出発する。わしが留守にしている間、あとのことは頼んだぞ。それとエリス、カインにしっかり教育を施してやってくれ」
黄昏に染まった冒険者ギルドの前では、今まさに旅立とうとするギルド長を見送ろうと多くの関係者でごった返していた。
「ギルド長様、お待ちください。少々襟が乱れております」
エリスがギルド長に近寄ると、彼の服を念入りに手直ししてみせた。
「……行く前にわしに話があるのだろう?」
「もちろんです、ギルド長様。カイン様をギルド長の代理として選んだその狙いはなんなのです……?」
「それはお前の想像通りだ、エリスよ」
ギルド長の即答に対し、エリスが呆れ顔で首を横に振る。
「そうすることで、いずれ重圧に耐えきれずにギルドを辞めてしまうだろうという腹積もりなのですね。いくらなんでも……こんなやり方、酷すぎます。カイン様がどれだけの貢献をしてきたと――」
「――そんなことはわかっておる。エリス、わしはお前にどれだけ恨まれてもよい。失くした娘のように可愛がってきたお前が危険なことに巻き込まれずに無事でいられるのなら、わしはそれだけでよいのだ……」
「ギルド長様……」
「もう行ってもよいか?」
「最後にもう一つだけ……もしカイン様が挫けなかったらどうなさるおつもりなのですか……?」
「そのときは……可哀想だが、最終手段を使わざるを得ない。もうその準備は整いつつあるから、遅いか早いかだけの問題ではあるのだがな」
「用意周到なのですね。ですが、ギルド長様がどのような手段をお使いになられようと、カイン様は決して負けません」
強い笑みを向けるエリスに対し、ギルド長がやや寂しげな笑顔で返してみせた。
「……ならばもうよいだろう。わしからも最後に一つだけ言わせてもらう。冒険者ギルドというものはな、どれだけ強さを得ようとも、決して個人のみで成り立つものではないのだ……」
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