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9話 規格外
しおりを挟む「……」
ベテラン冒険者でも恐怖のあまりたじろぐといわれる『鬼哭の森』を前にして、僕は思わずごくりと息を呑む。レインボースパイダーのスキル【偽装】を獲得するためとはいえ、まさかまたここに来ることになるなんてね……。
いずれ成長したときに再度チャレンジしようって気持ちはあったけど、こんなに早くなるとは夢にも思わなかった。ヘイムダルの都近くの長閑なフィールドと違って、ここは人の気配がまったくないことも相俟って本当に危うい空気で充満してると感じる――
「――きゃああぁぁぁっ!」
「えっ……?」
こ、この悲鳴は、まさか……。
声がした方向へ跳躍していくと、森の入り口で女の子がモンスターに襲われていた。やっぱりあのちょっぴり反抗的な子だ。あんな危険な目に遭っておいて、どうしてまた一人で森に入ったんだ……って、それどころじゃない。早く助けないと。しかも今回の相手はゴブリンじゃない。
あ、あ、あ……あれは……。
名前:オーガ
レベル:35
種族:オーガ族
属性:地
サイズ:大型
装備:
怪力の腕輪
スキル:
【殺意の波動】
やっぱりそうだ……。モンスターの中でも規格外の膂力を持つといわれるオーガ族だ。しかもレア装備の怪力の腕輪まで持ってることから、普通のオーガよりもずっと強いはず。もしそんなのと戦ったらどうなっちゃうんだ……。
「う……うわあああぁぁぁぁっ……!」
僕は一気に高まってきた恐怖心を削除しながら向かっていく。もうこうなったら理屈じゃない。とにかくあの子を助けなきゃという思いで、自分が持つありったけの負の要素をオーガの元で復元させて飛び蹴りを敢行すると、鈍い音とともにほんの数歩だけ後ずさりさせることができた。
「は、早く逃げて! 今のうちに――」
『――オオオオオオォォッ!』
「はっ……!?」
し、しまった、オーガの咆哮とともに足元に魔法陣が浮かび上がり、ほぼ一瞬で回転するのがわかった。スキルを使われたんだ。相手の詠唱速度が速すぎたせいで、ルーズダガーをもってしても削除が追い付かなかった……。
◆◆◆
「ほう。そんなスキルがあるのか」
「うん。凄いでしょ」
そこはヘイムダルの都のとある武具屋の中、兎耳の少女が窓際で一人の男と対峙していた。
「あぁ、規格外だな。【鑑定眼】を持つお前が熱を上げているだけあって素晴らしいスキルだ。それなら早めにこっち側に引き込んでおいたほうがよさそうだな」
「それはまだダメ。確かに現時点でも彼の能力があれば心強いけど、折角伸び伸びやってるところなのに成長を妨げる結果になっちゃうかもしれないし……」
少女の言葉に対し、男はさも意外そうに首を傾げる。
「ん……? それだけ才能を見込んでるっていうのに、独占欲の強いお前らしくもない距離の取り方だな。向こう側に見つかったら即座に利用されてもおかしくない能力だというのに。まさか、引き摺ってるのか? あいつのこと……」
「お兄ちゃん……本当にそう思ってる?」
「ま、んなわけないか」
「フフ……ボクの性格、よくわかってるね。最高の能力が芽吹いてるところで、早めに摘むような愚かな行為を繰り返したくないだけ。凄い能力だからってそれを利用するなら向こう側のやってることとあんまり変わらないし、ひっそりとサポートするくらいの姿勢でいたほうがきっとあの子も成長すると思うから……」
「わかったわかった、そういうことなら俺も迂闊に手出しせずになるべく陰から見守ってやるつもりだ。その大物の少年とやらを、な」
「ありがと。お兄ちゃん大好き」
「そいつよりもか?」
「んー……それはまだよくわからないかな」
「ハハッ。ミュリアは相変わらずとんでもない小悪魔だな。能力込みとはいえ、それだけ入れ込んでることに正直嫉妬するが仕方ない」
男はいつの間にかいなくなり、その場には黄昏に染まる空を祈るような表情で見上げる少女ミュリアだけが残った。
(カイン君……いつか真実を知ったとき、ボクたちに失望するかもしれないけど許してね。この戦いは何がなんでも負けられない、死んでも負けるわけにはいかないんだ……)
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