上 下
15 / 22

第15話 ビフォーアフター

しおりを挟む

「「「おおぉっ……」」」

 あくる日、ちょうど太陽が真上に差し掛かる頃、俺たちは山の天辺まで辿り着いた。

 なんでわざわざこんなところまで来たかっていうと、周囲にスライドした防壁の様子を確認するためだが、思っていたよりもずっとドーナツ状に広がっていて感動した。

「いやはや、これはなんとも素晴らしい眺めですな、坊ちゃま……」

「……ああ、そうだな、爺」

 領地の規模については小さいかもしれないが、モラッドの言う通り壮観な眺望といっていい。

 存命であったなら父と母にも見せたかったなあ。まあ山の中腹にある墓地からも防壁の一部が見えるようになってるわけで、ひとまずは安堵してくれてると願うしかあるまい。

「これならしばらく一安心だね、スラン!」

「……ああ、確かにな、モコ」

 これで外敵も簡単には侵入できなくなり、俺たちは気兼ねなく山を下りて自由に歩けるようになる。

 包囲するまでは領地の境目に防壁をスライドしただけだったので、防壁の幅がそこまであるわけでもなく不十分だった。砂浜からモンスター、あるいは海賊が侵入してくる恐れもあったし、グレゴリス男爵家が迂回して襲撃してくる恐れもあった。

 川や林や谷を越え、湿地帯を抜け、勾配の大きい丘を登り、とことん遠回りすればという条件付きではあるが。とはいえ、手間をかければそこから兵士をなだれ込ませることもできるわけだから。おそらく、数日経過したことでその準備はもう整いつつあったはず。

 だが、こうして防壁で領地を隙間なく包囲してしまえば、グレゴリスの兵士たちも半魚人たちも踵を返すほかない。

 もちろん、じゃあこれでもう絶対に安全地帯になるかっていうと違う。

 執念深いグレゴリス家が易々と諦めるとは思えないし、破城槌《バタリングラム》等を用いて本格的に準備してくる恐れや、海賊船の大砲、ボスのクラーケンが直々に攻めて来る等の脅威が残っている。

 ただ、もしやつらが手を変え品を変えて襲ってきたとしても、それまで時間稼ぎができるというのがかなり大きい。その分、スライドのためのエネルギーを確保することができるからだ。

「それじゃ、そろそろ帰るか、モコ。爺はここに置いて帰るとして」

「えぇっ……⁉」

「ぼ、坊ちゃま、もしやまだを怒ってるのでございますか……」

「ああ、ちょっとだけな」

 実は最近けしからんことがあった。ヒントは、この中で杖を突いて歩くやつがいることだ。

 半魚人の大群との戦いでやられたらしく、モラッドのやつが右足に重傷を負っていた。

 それにもかかわらず、俺たちにそのことをひた隠しにしていたんだ。道理で、いつもと何か様子が違う感じがしたわけだ。痛みを堪えてるような歩き方っていうか。

 普通ならば耐えられないレベルの怪我だ。モラッドだからこそ、ここまでごまかすことができたといえる。

 それでも、怪我しているのを黙っていたことについて看過するわけにはいかなかった。散々俺に無理をするなと言っておきながら。当然、これは一体どういうことなのかとモコと一緒になって問い詰めた。

 そしたら、わたくしめごときが、坊ちゃまとモコに迷惑をかけたくなかったんでございますううぅと涙目になりながら叫んでいた。痛みには強いくせに情には脆いんだ。

 そんなモラッドも、モコの治癒と薬草とお説教の効果で怪我から立ち直り、こうして杖を使って歩けるようになった。俺もスライドで治療を試してみたんだが、生体に関してはまだ上手くいかないみたいだ。

 ただ、まだまだ無理は禁物だ。戦力的にも精神的にも彼を絶対に失うわけにはいかないので、今は当然狩りをするのも禁じている。

 防壁で取り囲んだこともあり、俺たちは久しぶりに山以外の領地内を見て回ることにした。

「「「……」」」

 だが、そこは山の上から見た美しい景色とは対照的なものだった。

 領地の中央に位置するシードランド家の屋敷はもちろん、出て行った領民たちの家々や田畑も酷く荒らされていたんだ。

 どう考えてもグレゴリスの領兵によるものだろう。『夜露死苦』『偉大なるグレゴリス家参上』『ヘタレ男爵』『シードランド家、めでたく滅亡』等、あっちこっちに落書きもされていて、怒りを通り越して呆れる。

 俺たちはそれらを修復して回ることにした。完全に壊れたものに関しては無理だが、半壊したものについては正常なところをスライドでずらして、防壁を伸ばしたようにして修繕する。

 このシードランド家の領地は山が目立つものの、それ以外の規模は小さいのでやりやすい面はあるんだ。

 もちろん俺だけがやるわけじゃなく、モコが機敏かつ無駄のない動きで掃除して回り、モラッドもその鍛え上げた体を生かしてガラクタを運び出す等、大いに手伝ってくれた。

「モコ、モラッド、お疲れ。大分片付いたな」

 その甲斐あって、領地内は数時間ほどで大分元通りの姿に戻っていった。

「うん。こんなに早く終わるなんて、信じられないよ……」

「まったくですぞ。坊ちゃまのスライドスキルのおかげでございますが、まさか短期間でここまで復興するとは……」

 黄昏に染まった領地を前に、俺たちは充実した顔を見合わせる。

 ただ、かつての日常を少しずつ取り戻しつつあるとはいえ、やはり領民の姿がないのは寂しいと感じる。いずれは領民たちも増やしていきたい。もちろん、今の領民であるモラッドやモコをより大事にしながら。

 剣の頭文字をスライドして作った金でグレゴリス家の領民を釣るにしても、ここまで人がいないと大いに不安になるだろうから、それ以外のアピールポイントが欲しいところ。

 そう考えると、ここで新たに暮らす領民たちが自給自足ができるように、溝を水に、棚を種にスライドする等、荒れ果てた田園地帯も復活させ、有効活用するべきだ。

 また、種自体を微妙にスライドして品種改良にチャレンジするのもありかもしれない。この領地でしか取れない独自の野菜があるなら強い武器にもなる。

 また、スライドスキルで領民、特に子供向けのアトラクションみたいなのを作るのも楽しいかもしれない。

 たとえば、回転木馬《メリーゴーラウンド》みたいな。海水、すなわち海を馬にスライドしようとすると、生き物だけに成功しづらいので馬は馬でも木馬をイメージする。

 すると調整が上手くいって木馬になったので、それを幾つも作って円状に並べ、モコとモラッドを乗せるとスライドで回転させてやった。本来のものとは少し違う気がするが、まあいいだろう。

「すごーい! 何これ面白いっ!」

「な、なんという仕掛け。目が回りそうですぞおおおぉっ……!」

「……」

 モコはもちろん、モラッドも楽しんでる様子。スピード出しすぎちゃったかな? この【スライド】スキルがあれば、もっと他にもできることが沢山ありそうだと感じる。

 今のところまだまだ空っぽな領地ではあるが、その分俺たちには壮大な夢を膨らませる余地があった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ゴミスキル【スコップ】が本当はチート級でした~無能だからと生き埋めにされたけど、どんな物でも発掘できる力でカフェを経営しながら敵を撃退する~

名無し
ファンタジー
鉱山で大きな宝石を掘り当てた主人公のセインは、仲間たちから用済みにされた挙句、生き埋めにされてしまう。なんとか脱出したところでモンスターに襲われて死にかけるが、隠居していた司祭様に助けられ、外れだと思われていたスキル【スコップ】にどんな物でも発掘できる効果があると知る。それから様々なものを発掘するうちにカフェを経営することになり、スキルで掘り出した個性的な仲間たちとともに、店を潰そうとしてくる元仲間たちを撃退していく。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

救助者ギルドから追放された俺は、ハズレだと思われていたスキル【思念収集】でやり返す

名無し
ファンタジー
 アセンドラの都で暮らす少年テッドは救助者ギルドに在籍しており、【思念収集】というスキルによって、ダンジョンで亡くなった冒険者の最期の思いを遺族に伝える仕事をしていた。  だが、ある日思わぬ冤罪をかけられ、幼馴染で親友だったはずのギルド長ライルによって除名を言い渡された挙句、最凶最悪と言われる異次元の監獄へと送り込まれてしまう。  それでも、幼馴染の少女シェリアとの面会をきっかけに、ハズレ認定されていた【思念収集】のスキルが本領を発揮する。喧嘩で最も強い者がここから出られることを知ったテッドは、最強の囚人王を目指すとともに、自分を陥れた者たちへの復讐を誓うのであった……。

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした

コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。 クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。 召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。 理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。 ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。 これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

秘宝を集めし領主~異世界から始める領地再建~

りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とした平凡なサラリーマン・タカミが目を覚ますと、そこは荒廃した異世界リューザリアの小さな領地「アルテリア領」だった。突然、底辺貴族アルテリア家の跡取りとして転生した彼は、何もかもが荒れ果てた領地と困窮する領民たちを目の当たりにし、彼らのために立ち上がることを決意する。 頼れるのは前世で得た知識と、伝説の秘宝の力。仲間と共に試練を乗り越え、秘宝を集めながら荒廃した領地を再建していくタカミ。やがて貴族社会の権力争いにも巻き込まれ、孤立無援となりながらも、領主として成長し、リューザリアで成り上がりを目指す。新しい世界で、タカミは仲間と共に領地を守り抜き、繁栄を築けるのか? 異世界での冒険と成長が交錯するファンタジーストーリー、ここに開幕!

女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮)

土岡太郎
ファンタジー
 自分の先祖の立派な生き方に憧れていた高校生の少女が、ある日子供助けて死んでしまう。 死んだ先で出会った別の世界の女神はなぜか彼女を気に入っていて、自分の世界で立派な女性として活躍ができるようにしてくれるという。ただし、女神は努力してこそ認められるという考え方なので最初から無双できるほどの能力を与えてくれなかった。少女は憧れの先祖のような立派な人になれるように異世界で愉快で頼れる仲間達と頑張る物語。 でも女神のお気に入りなので無双します。 *10/17  第一話から修正と改訂を初めています。よければ、読み直してみてください。 *R-15としていますが、読む人によってはそう感じるかもしないと思いそうしています。  あと少しパロディもあります。  小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様でも投稿しています。 YouTubeで、ゆっくりを使った音読を始めました。 良ければ、視聴してみてください。 【ゆっくり音読自作小説】女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮) https://youtu.be/cWCv2HSzbgU それに伴って、プロローグから修正をはじめました。 ツイッター始めました。 https://twitter.com/tero_oo

処理中です...