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第14話 包囲
しおりを挟むあれから数日ほどが経過した。
モコの治癒に加え、彼女が採取してきた薬草の煎じ薬、それに十分な休息を取ったおかげで体の具合も大分よくなり、誰の肩も借りずに歩けるようになるまでに回復していた。
俺の体は自分が思っていたよりも衰弱していたんだ。モコとモラッドが安静にしてほしいと口を酸っぱくして言うのもわかるくらいに。
なんていうか、一時は立ち上がると周囲の景色がゆっくりと回るような感じで、足元はおろか時間の感覚さえも覚束なくなるほどだった。
というわけで、今日も二人の言いつけを守って小屋の中で休んでいると、遠くから何やら声が聞こえてくるのがわかった。
これは……人の声じゃないな。動物……? いや、これは動物ともまた違う。まさか、モンスターの襲来?
そういや、まだ朝なのにモコとモラッドの姿もない。だとしたら、モンスターと戦闘中なのかもしれない。
俺は居ても立ってもいられなくなり、砂浜を見下ろせるあの墓まで様子を見に行くことにした。
「なっ……」
俺の予想は的中していた。魚の頭と三叉槍《トライデント》を持った人間――半魚人の群れが海から出現し、砂浜を埋め尽くさんばかりだったんだ。
そんな切迫した状況下、剣を手にしたモラッドとモコが黙々と戦っていた。モンスターの数はざっと見ても300匹を優に超えてるわけで、どう見ても多勢に無勢で囲まれているに等しい状態。実際に、少しずつ敵に押されているのが見えた。こうしちゃいられない。
「スライド……!」
「「「「「ギョギョギョッ……⁉」」」」」
こっそりやらないと怒られるので、俺はある程度離れた場所に潜み、【スライド】スキルで半魚人を転倒させる。
これくらいならスキルの効果もギリギリ及ぶみたいで、半魚人はスキルを使ってから少し遅れてバランスを崩していた。
距離があってスキルの効果が薄い分、ターゲットがただちに転倒するわけじゃないが、それでも何もしないよりはずっといい。
その甲斐あってか、半魚人の群れは見る見る勢いを失い、モラッドとモコに追われるようにして海のほうへと退却していった。
「……はぁ、はぁ……」
俺は気づけばその場でうずくまっていた。少し無理をしちゃったみたいだ。援護したことがバレないように急いで小屋へ戻らないと。
ただ、気になるのは半魚人が妙にしぶとい様子を見せていたということ。
やつらはそんなに強いモンスターではない。その上かなり臆病な性格なので、ここまで執拗ってことは裏に何かある。おそらく、近くにボスのクラーケンがいて半魚人たちを指揮、鼓舞していたのかもしれない。
そのあと、俺は何事もなかったかのように夕食を取ることになった。最近は爺が真紅鳥を狩り、モコが薬草や惣菜用の野菜を採取してくる。
「「「……」」」
普段は色々と会話も弾むんだが、今夜は妙におかしい。沈黙が続いてるし、モラッドとモコの表情が硬い気がする。
「モラッド、モコ、どうしたんだ、そんな顔して。何かあったのか?」
「坊ちゃま、約束を守ってもらえず、わたくしめは悲しいですぞ……」
「スランの嘘つき……」
「えっ⁉ もしかして、手伝ったのバレてた……?」
「「もちろん!」」
「……」
モコとモラッドの怖い顔が迫ってきて、俺は思わず視線をスライドした。
物凄いプレッシャーを感じる。まるで嫁と姑による包囲網だ。
「半魚人如きであれば大丈夫でございますゆえ、坊ちゃまには安静にしていただかないと」
「そうだよ。半魚人なんて、モラッド様とわたしで撃退できるもん!」
「……普通の状態の半魚人ならな。モラッドもモコも苦戦してたし、裏にクラーケンもいたっぽいから危険だ」
「「うっ……」」
二人とも図星だったらしく、気まずそうな表情を浮かべた。
モラッドの説明によると、クラーケンはしばらく海面から顔を覗かせたあと、引き返していったという。
やつはこの領地に執着心を持っているが、何度も父によって痛い目を見ているだけあって慎重なのだ。
それで、父が出てくるかどうか確認する意味合いも強かったんだろう。
ただ、今回父が戦いに参戦しなかったことで、何かあったとみて近いうちにクラーケンが直々に攻めてくる可能性が高い。もしそうなったら、今の俺たちの力だと全滅は免れないだろう。
「そういうことなら、俺に任せてほしい。いい考えがあるんだ」
「し、しかし、まだ坊ちゃまの体が……」
「そうだよ、スラン。折角、ここまで回復したのに……」
「確かに、まだ万全じゃない。でも、ここで俺が踏ん張ってなんとかしないと、みんな共倒れになってしまう。だから俺を信じてくれ、モラッド、モコ」
「「……」」
二人は困ったような顔をしたのち、揃って頷いた。
「わかりました。何をなさるおつもりかは存じませぬが、坊ちゃまを信じておりますぞ」
「うん。わたしも信じる。でも、絶対に無理だけはしないでね」
「ああ、わかってるよ。今日はゆっくり休んで明日から始めるつもりだ」
「その前に、薬草を煎じたもの、ぜーんぶ飲んでね! それと、お休みする前に一緒にドラコの卵を観察すること!」
「うむ。動物観察はリラックスの効果もあるそうですからな。坊ちゃまがスキルを多用せぬよう、わたくしめもしっかり監視しておりますぞ!」
「……」
だから二人とも、目が怖いって……。
翌朝、俺はモラッドとモコを連れて山を下り、以前スライドした防壁の前まで来ていた。ここがいわゆる領境ってやつで、その向こう側にライバル貴族のグレゴリスの領地が広がっている。
「坊ちゃま、防壁をどうするのでございますか……?」
「スラン、どうするの?」
「まあ見ててくれ。あ、モコは治癒を頼む」
「うん!」
俺は防壁を見上げると、意を決して【スライド】スキルを使用した。
「スライド……」
まずはゆっくりと防壁の左右をスライドしていく。移動させるわけじゃなく、少しずつ面積を引き伸ばしていく感じだ。よし、いいぞ。
「……ぼ、ぼぼ、坊ちゃま、まさかこれは……」
「ああ、爺。そのまさかだ」
「……ス、スラン、領地を取り囲むつもり……⁉」
「モコ、その通りだ」
「「……」」
途方もない作業だと感じたのか二人が唖然とする中、俺は防壁の左右をスライドし続け、領地の周囲をぐるっとドーナツ状に取り囲んでいく。慣れてきたのか、そのスピードが格段に上昇していく。
「ス、スライド……ぐっ……」
「あっ! 治癒治癒治癒っ……!」
その分消費エネルギーもえぐいが、モコが治癒してくれるのもあってなんとか意識を保つことができた。何度も受けてきたので彼女の治癒能力も徐々に上がってるのがわかる。
「……ぜぇ、ぜえぇっ……」
も、もうダメだ。スライドという言葉をこれ以上発することができないレベルで疲労していた。
それでも、シードランド家の領地が大した広さじゃないのも功を奏し、無事に領地を防壁で取り囲むことに成功した。もちろん、砂浜はちゃんと残して。
それと、砂浜近くの防壁には鍵つきの分厚い扉もつけておいた。これで、モンスターがいないときは以前のように遊びにいくこともできる。
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