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第10話 卵

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 あれから三日経過した。

 その間、俺は熟練度を上げるべくモコと一緒に遅くまで【スライド】スキルを使いまくった。

 溝の頭文字をスライドして水に変えるだけじゃなく、集めた石を臼《うす》――挽き臼や踏み臼等、または椅子――肘掛け椅子や座椅子に変えたり、モコにせがまれて雨水を色んな味の飴にしたり。

 そうして頑張ってスライドしまくった甲斐もあり、短期間の間にスキルの性能はメキメキと上がっていった。

 生活面においても戦闘面においても、【スライド】によってできることが徐々に増えていたんだ。

 どれくらいの規模をスライドできるようになったか試してみる。

「スライド」

 ゴゴゴゴゴッ、という大きな振動や音とともに、スライドスキルで地面が動き始める。

「こんなに動いてる!」

「かなり動いてますなあ……」

 モコとモラッドがその様子を呆然と見ていた。

 動くのは小屋やその周辺だけじゃない。

 それまでは動かせても半径2メートルほどの規模だった。

 今では周りの木々を含めた、半径5メートルもの土地を丸ごと動かすことができる。

 しかも、移動できるのは以前のような30センチとかじゃない。大体10メートルくらい、土地を一気にスライドできるようになったんだ。

 ただ、その代償はやはり大きかった。気づけば俺は意識を失いそうになり、地面に両膝を落としていた。

「……はぁ、はぁ……モ、モコ、回復を……」

「あ……ごめん、スラン。余所見してた! 治癒治癒治癒っ!」

 モコの声が聞こえてきて、俺の消え入りそうな意識が一気に覚醒していく。

 彼女のスキルは【治癒使い・小】なわけだが、俺のように使い続けたことで効果が上がってるっぽい。

 さらに【剣使い・中】スキル持ちのモラッドもいるから心強い。彼の場合は中の範疇を超えてるように思う。

 この3人でなら充分戦えそうだと感じる。俺たちが力を合わせれば、ライバル貴族のグレゴリスにだって対抗できる。

 だが、多勢に無勢なことに変わりはないので、長期の戦いとなると厳しい。砂浜の防壁も近々完成する予定で、敵兵の数も2倍、3倍に増えてきてるしな。

 なので防壁が完成する直前の奇襲が正解だが、それでも焦って行動するのは本末転倒だ。

 長期的視野というか、今後のことも考えておかないといけない。

「モコ、そろそろ夕飯の時間だが、もう少しスキルの実験に付き合ってくれ」

「うん、いいよ!」

 そう考え、俺は小屋に入って椅子に座り、テーブル上に太刀を置いた。

 これから太刀をあるものにスライドするつもりだ。

 そのために連れてきたモコが興味を持ったのか話しかけてくる。

「ねえねえ、スラン。太刀とにらめっこしてどうするつもり?」

「これをスライドで竜に変えてやろうと思って」

「えええ⁉ ドラゴン!」

 そういうわけで、俺は一度試したものの失敗したことをまたチャレンジしてみる。

 太刀――『たち』の尻文字をスライドして『たつ』、すなわち竜にするんだ。

 最初に試したときは、まだスライドスキルを使い始めた頃だからか上手くいかなかった。

 それでも、スキルの熟練度を上昇させた今なら成功する可能性があると踏んでいる。

「う……?」

「治癒! スラン、大丈夫?」

「あ、あぁ……」

『たち』を『たつ』にスライドした瞬間のことだ。何も起こらなかった挙句、俺は異様な疲労感を覚えた。

 やはり、武器を生物、それも竜に変えるとなると簡単にはいかないか……。

 だが、これは以前には感じなかった手応えだ。

 ここまで疲労したってことは、成功しなかったものの、成功する可能性があることの証明のように思える。

「「あっ……」」

 俺とモコの驚いた声が被る。何度か試行していると、太刀が卵に変化したんだ。

 あれ? 卵に変えたつもりはないんだが……って、もしかしたらこれって……。

「竜の卵かなぁ?」

「そうかもな……」

 卵の大きさも普通のものよりずっと大きくて、人間の頭部かスイカ並みだからその可能性もありそうだ。

「もし本当に竜の卵なら、ペットにして領地の防衛に使えるから大きいぞ」

「だね。でも、どうやって温めよっか?」

「んー……」

 仮に竜のものだったとして、卵にしかならなかったのは、それだけスライドの難易度が高かったということが予想される。

 当然、温めなければ竜の雛が生まれることもないように思える。

「私の肌で温めるよ!」

「んー、モコ、それだと割れる可能性もあるしなあ」

「だ、だよね。どうしよう……」

 これだけ大きいサイズの卵だと、人間が温め続けるのは至難の業だ。

 ……そうだ。鶏ならどうだろう?

 蝶→鳥→鶏にスライドして、竜の卵を抱擁させるという案が浮かんだこんな大きいものを温めてくれるとは思えない。逆に怖がりそうだ。

 それなら、孵化器を作るのもありかもしれない。

 俺は外へ出ると、近くの木に対してその漢字を器までスライドする。

 さらにスキルでその形を微妙に調整していき、透明の蓋を乗せて完成だ。ちゃんと通気口もついてる。

 仕上げに、容器内の『温度26』を人間の体温と同じ37度までスライドする。

「……ふう。これでいずれは竜の雛が孵るはずだ」

「ふふ、楽しみ! いつ頃ドラゴンの赤ちゃんが孵るかな?」

「んー……確か、鶏の卵が孵化するまでに20日くらいかかるはずだから、竜の卵はそれ以上かかるだろうな」

「そうなんだ」

 そのタイミングで、外で薪割をしていたモラッドが小屋へ戻ってきた。

「あ、モラッド様。これドラゴンの卵だから食べないようにしてください!」

「ド、ドラゴンの卵ですと……⁉」

「はい! スランが太刀をスライドしてドラゴンの卵に変えたですよ!」

「……ふうむ。ドラゴンまで誕生させようとは。本当に、坊ちゃまのスキルには感心させられっぱなしですな」

「いや、爺。まだまだできないことのほうが多いけどな」

「何を仰いますか。それだけ無限の可能性があるということですぞ」

「無限の可能性、か……それを花開かせるためにも、絶対にこの領地を守らないと」

「坊ちゃま、その意気ですぞ。あと少しで連中の防壁が完成予定ですので、それまでに決行するといたしましょう」

「そうだな。いよいよだ。なあ、モコもそう思うだろ?」

「うん! 絶対、この領地は渡さないんだから!」

 俺たちは頷き合った。戦いの準備は整いつつある。決行の時まで、もうあと僅かだ。

 まさにこれから、領地を守るための本当の戦いが始まるというわけだ……。
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