上 下
3 / 22

第3話 危機的状況

しおりを挟む
 屋敷の二階にある主寝室へ急いで駆け付けると、兄姉や側近ら、身内たちに囲まれるようにして父が仰向けに横たわっていた。

 父であるベルク・シードランドは、まだ50代前半だというのに頭髪は真っ白で、痩せこけてしまった頬が痛々しい。

 そんな状況下で俺を見て冷笑する兄のダリックと、鋭い眼光を向けてきた姉のエリーズ。

「おい、スラン、やっと来たのかよ」

「随分遅いわね、スラン」

「すみません。只今帰りました、兄様、姉様」

「ププッ……おっと、悪ぃ。スラン、お前、外れスキルだったそうだな。聞いたぞ。期待はしていなかったが、無様なことだ」

「ま、予想できてたことだけどね。スランはあたしたちのような正妻の子と違って、汚らわしい妾から産まれた三子だし」

「……」

 そうか、既に兄姉の耳にも入っていたか。

 まあそれも仕方ない話かもしれない。

 父が弱ってからというもの、兄ダリックと姉エリーズの権力は強くなるばかりだった。

 それゆえ、領民たちの中には兄姉に金をばら撒かれた者が多く、情報が入るのも早いというわけだ。

 だが、父が弱って以降、シードランド男爵家に最も貢献していたのは兄姉じゃない。執事のモラッドだ。彼とはよく一緒にいたからこそわかる。

 兄姉はそこそこのスキルを持ちながら、普段から遊び歩いたり飲み歩いたり、夜中に酔っ払って帰ってくることが日常茶飯事だったからな。

「スランが外れスキルを獲得したことで、父上もさぞかしがっかりなさるだろうよ」

「本当にね。役立たずっていうのが証明されちゃったんだから。これからどうなっちゃうのかしら……?」

「ダリック様、エリック様。坊ちゃまに対する軽口はそれくらいにしていただきませんと」

「「……」」

 執事のモラッドがいつも二人にこうして威圧してくれるのが、俺は恥ずかしくも嬉しかった。

 俺もいつかは独り立ちしたかったが、こんな外れスキルでは……。

 いや、諦めるのはまだ早い。

【スライド】が外れスキルだと言われても、他に有用な使い道がないとは限らないのだから。

 あれこれと考えるうち、一人の医者が慌ただしくやってきた。

 結構前からここの治療を任されている、【治癒使い・中】スキルを持った若い男だ。

 彼が父の治療を初めて数分後のこと。

「ごほっ、ごほっ……」

 父が咳き込みながらも目覚め、周囲から大きな歓声が上がる。

 医者は頷いていたものの、その表情は厳しかった。

「私のスキルにより、ベルク様の脈は今のところ安定しておりますが、まだ今後どうなるかは予測がつきませんので、お大事になさってください」

 まだ予断を許さないとはいえ、一時はどうなることかと思っていただけによかった。

 父がどれだけ強大な影響力を誇ってきたか、また、俺たちがどれだけ依存してきたのかがよくわかる。

 少し落ち着いてきたのか、父が俺のほうを見やってきた。

「……おぉ、スランよ、帰ったのか……」

「はい、父上。授かったスキルは、残念ながらユニーク系でしたが……」

 俺の言葉で周囲から失笑が漏れるが、仕方ない。周りの人間はもう、モラッドを除いて兄姉の手の者ばかりだしな。

「……そうか。だが、落ち込むな。お前の母のホーリーのスキルも、ユニーク系であったのだからな……」

「ベルク様、そろそろ跡継ぎを決めてはいかがでしょう?」

 俺たちの会話を遮るように側近の一人から声が飛ぶも、父は黙り込むばかりだった。

 体が弱っているせいもあるだろうが、家督を誰に継がせるべきか決めかねているのかもしれない。

 だが、それでも今後のことを考えれば決める頃合いだと感じたのか、父が上体を起こした。

「……あ、跡継ぎに関しては……ぐっ⁉ ごはぁっ……!」

 父の口から飛び出したのは、跡継ぎの名前ではなく、真っ赤な血だった……。





 ◆◇◆





 父が盛大に血を吐き、再び危篤状態に陥った。

 そのことは、我が領地に大きな悪影響をもたらすこととなった。

 領民たちだけでなく、領境で見張っていた領兵、さらには側近までもが次から次へと逃げ出してしまったのだ。

 頼みの領主である父が倒れ、三子である俺が外れスキルを貰い、頼みの兄姉は遊んでばかり。

 それゆえ、この領地はもう終わりだと見放されたということだ。

「嘆かわしや。まだ領主様も、坊ちゃまも兄姉もご健在だというのに……」

 モラッドが失意の表情を見せるのもよくわかるが、俺は何も言えなかった。

 その失意には、俺のスキルの件も含まれているかと思うと。

 というか、こうしている場合じゃない。

 俺だけでも領民を止めようと声をかけたが、スルーされるばかりだった。

 一人が逃げ始めると、もう歯止めが効かなくなる感じだ。

 仕方ない。兄姉にも手伝ってもらおうと部屋を訪ねるが、いくらノックしても反応がなかった。

 まさか、こんなときに遊びに出かけたっていうのか? メイドに尋ねると、はっきりとは言えないが、スラン様の推測通りですと答えてきて、俺は掌に爪を食いこませた。

 メイドもほとんど残っておらず、唯一見かけた彼女も俺の目を盗んで逃げ出した。

「……」

 夕方、俺は呆然としながら、屋敷近くの小高い丘から一人で領地内を見渡す。

 たった半日で人の姿はほぼなくなっていた。

 屋敷の周りはもちろん、海辺も山の周辺も公園も礼拝堂も商店街も、全て。

 シードランド男爵家の真の意味での凋落を目の当たりにしているかのようだ。

 積み上げるのは難しいが、崩れるのは本当にあっという間なんだな……。

「あ……」

 周囲がすっかり暗くなってきた頃、屋敷のほうに馬車がやってくるのが見えた。

 あれは……間違いない、兄ダリックの馬車で、姉エリーズと一緒によく乗ってでかけるものだ。

 今は遊んでいる場合ではないと注意しなければ。

 俺は先回りして、屋敷の門の前に立った。二人が馬車を下り、こっちへ近づいてくる。

「兄様、姉様、どこへ行っていたのですか?」

「……ん、誰かと思ったら、スランか。どけよ。屋敷に入れねえだろ」

「そうよ。今日は逃げた領民たちのせいか、酒場がやたらと混みあっててお酒の量も減ったんだから、怒らせないで、スラン」

「今は、自棄酒など飲んでいる場合ではありません! 父が危篤状態の今、家族が一丸とならねばならないときに」

「「……」」

 なんだ、二人の様子がおかしい。

 お互いにニヤッと笑みを浮かべたかと思うと、兄ダリックが掴みかかってきた。

「おい、スラン。お前に良いことを教えてやる。俺とエリーズはな、ライバル貴族のグレゴリス男爵に領地を売ったんだ」

「えっ……」

「そうそう。爵位は下がっちゃうけど、それでもあたしたちには準男爵《バロネット》の立場を保証してもらえるってことでね。そこには実母もいるから環境は最高よ。スラン、卑しい身分の妾から産まれた無能のあんたの席はどこにもないけどね」

「そ、そんな……二人とも、寝返ったというのですか。それでも人間なのですか⁉」

「「あ……?」」

 ダリックとエリーズの目つきが変わる。

「エリーズ。立場をわからせてやるためにも、ちょっと痛めつけてやろうぜ」

「そうね。それがいいわ」

「うぐっ⁉」

 兄ダリックが迫ってきたかと思うと、その拳が俺の腹部にめり込んでいた。

 ……息ができない。

 躱そうとしたけどできなかった。これが、低ランクとはいえ【拳使い・小】スキル持ちの実力なのか……。

「それっ、喰らいなさい!」

「ぎゃっ……⁉」

 目の前が光ったかと思うと、俺の体に激痛が走った。姉エリーズの【雷魔法・小】スキルを食らったらしい。こいつら、弟を本気で殺す気なのか……?

「へへっ、無能のくせに逆らうからだ。スラン、お前はすぐには殺さない。を見せてやりてえから。なあ、エリーズ?」

「そうね。こいつがあれを見たらどんな反応をするか楽しみ。もっともっと悔しい思いをしてもらいたいもの。いじめ足りないのに、ここでスランを殺しちゃったら勿体ないわ」

 面白いもの、だって……?

 一体何を見せるつもりなのか、口にしようとしたものの、どうしてもできない。

 俺の意識は既に消え入りそうになっていたから……。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

「残念でした~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~ん笑」と女神に言われ異世界転生させられましたが、転移先がレベルアップの実の宝庫でした

御浦祥太
ファンタジー
どこにでもいる高校生、朝比奈結人《あさひなゆいと》は修学旅行で京都を訪れた際に、突然清水寺から落下してしまう。不思議な空間にワープした結人は女神を名乗る女性に会い、自分がこれから異世界転生することを告げられる。 異世界と聞いて結人は、何かチートのような特別なスキルがもらえるのか女神に尋ねるが、返ってきたのは「残念でした~~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~~ん(笑)」という強烈な言葉だった。 女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。 ――しかし、彼は知らなかった。 転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――

転生賢者の異世界無双〜勇者じゃないと追放されましたが、世界最強の賢者でした〜

平山和人
ファンタジー
平凡な高校生の新城直人は異世界へと召喚される。勇者としてこの国を救ってほしいと頼まれるが、直人の職業は賢者であったため、一方的に追放されてしまう。 だが、王は知らなかった。賢者は勇者をも超える世界最強の職業であることを、自分の力に気づいた直人はその力を使って自由気ままに生きるのであった。 一方、王は直人が最強だと知って、戻ってくるように土下座して懇願するが、全ては手遅れであった。

「専門職に劣るからいらない」とパーティから追放された万能勇者、教育係として新人と組んだらヤベェ奴らだった。俺を追放した連中は自滅してるもよう

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「近接は戦士に劣って、魔法は魔法使いに劣って、回復は回復術師に劣る勇者とか、居ても邪魔なだけだ」  パーティを組んでBランク冒険者になったアンリ。  彼は世界でも稀有なる才能である、全てのスキルを使う事が出来るユニークスキル「オールラウンダー」の持ち主である。  彼は「オールラウンダー」を持つ者だけがなれる、全てのスキルに適性を持つ「勇者」職についていた。  あらゆるスキルを使いこなしていた彼だが、専門職に劣っているという理由でパーティを追放されてしまう。  元パーティメンバーから装備を奪われ、「アイツはパーティの金を盗んだ」と悪評を流された事により、誰も彼を受け入れてくれなかった。  孤児であるアンリは帰る場所などなく、途方にくれているとギルド職員から新人の教官になる提案をされる。 「誰も組んでくれないなら、新人を育て上げてパーティを組んだ方が良いかもな」  アンリには夢があった。かつて災害で家族を失い、自らも死ぬ寸前の所を助けてくれた冒険者に礼を言うという夢。  しかし助けてくれた冒険者が居る場所は、Sランク冒険者しか踏み入ることが許されない危険な土地。夢を叶えるためにはSランクになる必要があった。  誰もパーティを組んでくれないのなら、多少遠回りになるが、育て上げた新人とパーティを組みSランクを目指そう。  そう思い提案を受け、新人とパーティを組み心機一転を図るアンリ。だが彼の元に来た新人は。  モンスターに追いかけ回されて泣き出すタンク。  拳に攻撃魔法を乗せて戦う殴りマジシャン。  ケガに対して、気合いで治せと無茶振りをする体育会系ヒーラー。  どいつもこいつも一癖も二癖もある問題児に頭を抱えるアンリだが、彼は持ち前の万能っぷりで次々と問題を解決し、仲間たちとSランクを目指してランクを上げていった。  彼が新人教育に頭を抱える一方で、彼を追放したパーティは段々とパーティ崩壊の道を辿ることになる。彼らは気付いていなかった、アンリが近接、遠距離、補助、“それ以外”の全てを1人でこなしてくれていた事に。 ※ 人間、エルフ、獣人等の複数ヒロインのハーレム物です。 ※ 小説家になろうさんでも投稿しております。面白いと感じたらそちらもブクマや評価をしていただけると励みになります。 ※ イラストはどろねみ先生に描いて頂きました。

秘宝を集めし領主~異世界から始める領地再建~

りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とした平凡なサラリーマン・タカミが目を覚ますと、そこは荒廃した異世界リューザリアの小さな領地「アルテリア領」だった。突然、底辺貴族アルテリア家の跡取りとして転生した彼は、何もかもが荒れ果てた領地と困窮する領民たちを目の当たりにし、彼らのために立ち上がることを決意する。 頼れるのは前世で得た知識と、伝説の秘宝の力。仲間と共に試練を乗り越え、秘宝を集めながら荒廃した領地を再建していくタカミ。やがて貴族社会の権力争いにも巻き込まれ、孤立無援となりながらも、領主として成長し、リューザリアで成り上がりを目指す。新しい世界で、タカミは仲間と共に領地を守り抜き、繁栄を築けるのか? 異世界での冒険と成長が交錯するファンタジーストーリー、ここに開幕!

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

処理中です...