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21話 不完全

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 犯人はあの人で間違いない……。

 呪いが原因で起こる石像症――その症状が悪化の一途をたどってシスクの首元まで迫ったとき、体が震えるほどに急激な気の変化が高波のように押し寄せてきた。

 何故そのことを僕がわかったのかというと、患者と呪いを共有している状態なので気の変化を読み取れるんだ。その気が劇的に変わったのが、母親のジュリスが叫んだ瞬間だった。

 この病の根本的な原因は呪った側の気にあるため、シスクの体内にも当然交じっているのだ。

 まさか、母親が娘を呪っていたなんてね。しかもあんな風に泣き叫んでおきながら……。

 僕の中でふつふつと疑念や憤怒等、色んな感情が湧いてくるけど、この場合、厳しく問い詰めるのは逆効果だ。呪いが原因の病を治療する場合は、呪った側の気持ちにも寄り添わなくてはいけない。なるべく刺激しないようにしなきゃいけないんだ。

「お母さん、あなたですね」

 僕ははっきりとそう言った。遠回しな言い方は却って相手を傷つけ、意固地にさせてしまうからだ。

「え……」

「あなたは呪術師に娘を呪うように依頼した、違いますか?」

「……そ、そんな、酷いです。私が娘に対してそんなことするわけ――」

「――大丈夫です。責めることはないので」

「……わ、私はやっていません……ひっく……」

 母親のジュリスはあくまでも認めない様子だけど、こっちだって簡単に行くとは思ってないからここまでは想定範囲だ。

「おい、クロム! 貴様っ、神童かなんか知らんが、自分が追い詰められているからといっていい加減なことを抜かすなっ!」

「そうよ! あなたが凄いのはわかるけど、母親を犯人認定なんて、いくらなんでも失礼だわっ! 何様のつもりなの!?」

「そうだそうだっ! クロム、俺らは見習いだから手柄が欲しいのはわかるけどよ、少しは謙虚になれってんだよ!」

「…………」

 外野が騒がしくなってきたけど、ゴードンたちの反応も予想通りだから気にしない。

「きっと事情があったんですよね。娘を呪わなければならない理由が」

 僕はなるべく普段と変わらない感じで母親に語り掛けた。この自然な姿勢が大事で、強く責めたり優しすぎたりするとダメなんだ。外部からの極端な陰と陽の気に対して人は警戒心、すなわち抵抗を持つから。

「…………」

 すると、呪っている側――母親の気に変化が生じるのがわかった。呪いの成分である邪気を形作っていた陰の気が減少し、少しだけ石像症の進行速度が遅くなっているんだ。

「きっと苦しいはずですよ、娘さんだけでなく、あなた自身も。だから、そろそろ楽になってください。呪いは、相手だけでなく自分をも苦しめるものです。それが家族なら、尚更」

「……う、うう……わ、私が……悪いの、です……」

「ジュ、ジュリス……?」

「マ、ママ……?」

 とうとう観念したらしい。唖然とした顔の旦那と次女の前で、母親は顔を両手で押さえながらゆっくりと話し始めた。

「この子は……シスクは、私たちの本当の子ではないのです……」

「なっ――」

「――旦那様っ!」

 ショックのあまりか、顔面蒼白の夫がそれを聞いて倒れかけるも、メイドが寸前で支えていた。どうなることか心配したけど、夫も話は聞ける状態みたいだ。

「捨て子を、拾ってきたのです。私は不妊で悩んでいて、もう夫との間に赤ん坊を授かることはできない、そう思って……」

「そうだったんですか……」

 こんな衝撃的なことを聞いてしまえば、今度は患者の陽の気が極端に減少し始めるかと思いきや、シスクは苦しそうに顔を歪めながらも、精神状態は依然として安定しているようだった。

 ここで陽の気が激しく減少したら危険なので、そうなったら回復術を使うつもりだったけどその必要もなかった。まだ幼いというのに、石像症の痛みにも耐えてるし物凄い精神力だ。

「でも、シスクを自分の子として育ててから1年後に夫との子供を授かりました。それから私の中に、この子を疎ましく思う気持ちが生まれて。負担もあって……いっそいなくなってくれたらと……」

「…………」

「怖さもあったんです。誰にも似てない子供だから、夫に疑われたらどうしようって。その気持ちを抑えようとすればするほど、段々と大きくなってきて。とうとう取り返しのつかないことをしてしまいました。私は呪い返しで死んで当然です。この子にはなんの罪もないのに……」

「……き……気にしてない、よ……」

 それを言ったのはシスクだった。

「シ、シスク……?」

「だって……わ、私、気付いてたから……。私への態度が妹と違ったから……本当の、お母さんじゃないんだろうなって。でも……気持ちは、変わらなかった……。私にとっては、実のお母さんだから……」

「シ、シスク……ごめんね、悪いママで本当にごめんね……」

 シスクの元へ駆け寄り、抱き寄せて涙を流す母親から邪気が消えていく。僕が浄化術を使う必要すらなかった。

「ううん……いいの……私のほうこそ、負担をかけちゃってごめん……」

「「「「「おおっ……!」」」」」

 周りから歓声やどよめきが上がる中、シスクの石像症がまたたく間に治っていくのがわかった。

 ただ、それが治ったってことは……。

 呪いが空振りに終わった場合、呪い返しによって呪い主が死ぬことになっているんだ。

 それについては例外なんてないはず……って、あれ……? 娘のシスクの病が完治したというのに、母親のジュリスは生きていた。信じられない……。呪い自体が不完全だったために、僅かな確率で生き残ったんだろうか。

 いや、でもそれじゃ呪い自体が発動しないはずだし、本当に不思議だった。シスク、母親、双方のお互いに対する思いやりが生んだ奇跡としか、僕には考えられなかった……。
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