20 / 31
20話 進行具合
しおりを挟む「クロムッ……! あの子を治療する気なら、今すぐやめろ、やめるんだ! もし失敗したら、お前も死ぬことになるんだぞ……!?」
「…………」
後ろからヴァイスの怒声が飛んできたけど、僕は振り返らなかった。彼だけでなく、アルフィナ、オルソンの顔を見て決心が揺らぐのが怖かったんだ。
「うぅ……」
この世には絶対に治せない病があることも、それらに挑戦することが無謀なのもよくわかってる。それでも、こうして目の前で苦しみあえぐ患者を放ってはおけないんだ。ただそれだけだ。
僕は意を決して、シスクという少女の眠るベッドへ近付くと、石像症に対しての治療の意思を示した。
「う……」
足の爪先にピリッとした痛みが走ったかと思うと、徐々に硬直――石化状態――になっていくのがわかった。
もうこの時点で石像症は自分に伝染しているため、後戻りはできない。
呪いを治す際は、支援術の中でも浄化術が基本になってくる。
内部ではなく外部からの異常だからというのが主な理由だけど、毒や悪霊の浄化と比べて対処は極めて難しい。というのも、シスクという少女を依頼主が恨む動機が不明なため、気持ちに寄り添えないのだ。
普通なら、娘が呪われた原因について両親や妹、メイドに対して問診をやるんだけど、僕はあえてやらなかった。
それは、もし呪った人間が身近にいた場合、否定、隠蔽しようとして拒絶反応を生む可能性があるからだ。
呪いを治すには、呪った側の気持ちにも寄り添う必要がある。そこで拒絶されると、寄り添うはずが治療の入り口さえも見当たらない苦境に陥ってしまうってことだ。
だから、僕は呪った側の気持ちが自然に変わることに期待していた。
そのための手段は既に打ってある。僕が治療の意思を示したことで、呪いによる病は自分にも伝染しているため、シスクの石化の進行具合が明らかに遅れ始めたんだ。
じわじわと彼女が石化するような事態なら、もし呪った側がこの状況を見ている場合、気の流れになんらかの変化が訪れる可能性がある。治療する側としては、まずそこを突いていきたい。
もし犯人がここにいなかったら終わりだけど、それについてはあまり心配していない。
呪いはもし失敗したら依頼主のほうが呪い返しによって死ぬわけだし、それを治療しようとしている人間がここにいる以上、同じ場所でシスクの様子を見ている可能性が非常に高い。
「うぅ……おね、がい……もう、死なせて……」
「…………」
この子が死を乞うのもわかる。石像症というものは、体を動かせないし猛烈に苦しいみたいだから。実際、自分の足の爪先が石化しただけでも歯軋りするくらいの痛みがあるし、それが上半身まで達してるわけだからその苦痛は想像を絶するもののはずだ。
「痛いだろう。わかるよ、僕も同じ呪いを受けてるから……」
僕はシスクという少女にできるだけ共感し、苦痛を和らげようと努めることに。
でも、この娘を呪っている側にも寄り添えなければ本当の意味で石像症は改善しない。
ほぼ間違いなく、呪術師にシスクを呪うよう頼んだ依頼主はこの部屋のどこかで僕たちの様子を見ているはず。
それが一体誰なのか、我慢強く慎重に調べる必要がある。
終始どこか不機嫌そうな顔をしたメイド、ショックのあまりか放心した様子の妹、強く目を瞑って祈るような仕草の母親、絶望した表情で項垂れる父親……。
それこそ、意外な展開だけどシスクが自分自身を呪っている可能性だってある。
犯人が誰であろうと、この娘がそれだけ大きな存在になっているのは確かなわけで、じわじわと石化が進んでいけば、どこかで必ず気持ちが揺れ動くはずだ。
「ぐ、ぐぐっ……」
僕はあまりの激痛に対し、たまらず声が出てしまった。少女の石化の進行は和らいだものの、僕の体は急激に石化し、既に上半身が石像化してしまったからだ。
まったく動けない上、締め付けられるような強い痛みが持続するので、まさに生き地獄だった。正直気が狂いそうになるんじゃないかと思う。こんな苦しみの中でずっと耐えていたのか、この子は……。
「――あ、あぁっ……」
やがて、遂に少女の首元まで石化が進行し始めた。呼吸することさえも苦しいのか、意識レベルが弱まっているのが見ただけで伝わってくる。
自身の意識も漠然としてきて、いよいよ僕たちは追い詰められようとしていた、そのときだった。
シスクの母親が泣き崩れて嗚咽を上げ始めたのだ。
「お、お願いです……シスクを、もう楽にしてあげてください……」
彼女の言葉に胸を打たれたのか、見学者たちの中にもすすり泣く者が出てくる。
「泣かないで……ママ、パパ、愛してる……うぐぐっ!」
「シスクッ! 私を置いて死んだらダメよっ!」
「ダ、ダメだ、ジュリス、行くなっ、お前まで石化してしまうぞ!」
「ママァッ、やめてぇっ!」
「…………」
夫や次女に止められるも、なおも取り乱した様子で長女の元へ行こうとする母親。それとは対照的な様子を見せる者もいて、メイドはこの状況でもしらけた様子で天井のほうを見上げていた。
でも、今の一連の流れのおかげで僕は犯人の正体を知ることができた。呪いの主はあの人で間違いない……。
1
お気に入りに追加
284
あなたにおすすめの小説
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
隷属の勇者 -俺、魔王城の料理人になりました-
高柳神羅
ファンタジー
「余は異世界の馳走とやらに興味がある。作ってみせよ」
相田真央は魔王討伐のために異世界である日本から召喚された勇者である。歴戦の戦士顔負けの戦闘技能と魔法技術を身に宿した彼は、仲間と共に魔王討伐の旅に出発した……が、返り討ちに遭い魔王城の奥深くに幽閉されてしまう。
彼を捕らえた魔王は、彼に隷属の首輪を填めて「異世界の馳走を作れ」と命令した。本心ではそんなことなどやりたくない真央だったが、首輪の魔力には逆らえず、渋々魔王城の料理人になることに──
勇者の明日はどっちだ?
これは、異世界から召喚された勇者が剣ではなくフライパンを片手に厨房という名の戦場を駆け回る戦いの物語である。
勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~
名無し
ファンタジー
突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。
自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。
もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。
だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。
グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。
人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
全て逆にするスキルで人生逆転します。~勇者パーティーから追放された賢者の成り上がり~
名無し
ファンタジー
賢者オルドは、勇者パーティーの中でも単独で魔王を倒せるほど飛び抜けた力があったが、その強さゆえに勇者の嫉妬の対象になり、罠にかけられて王に対する不敬罪で追放処分となる。
オルドは様々なスキルをかけられて無力化されただけでなく、最愛の幼馴染や若さを奪われて自死さえもできない体にされたため絶望し、食われて死ぬべく魔物の巣である迷いの森へ向かう。
やがて一際強力な魔物と遭遇し死を覚悟するオルドだったが、思わぬ出会いがきっかけとなって被追放者の集落にたどりつき、人に関するすべてを【逆転】できるスキルを得るのだった。
元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜
一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。
しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた!
今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。
そうしていると……?
※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる