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20話 進行具合

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「クロムッ……! あの子を治療する気なら、今すぐやめろ、やめるんだ! もし失敗したら、お前も死ぬことになるんだぞ……!?」

「…………」

 後ろからヴァイスの怒声が飛んできたけど、僕は振り返らなかった。彼だけでなく、アルフィナ、オルソンの顔を見て決心が揺らぐのが怖かったんだ。

「うぅ……」

 この世には絶対に治せない病があることも、それらに挑戦することが無謀なのもよくわかってる。それでも、こうして目の前で苦しみあえぐ患者を放ってはおけないんだ。ただそれだけだ。

 僕は意を決して、シスクという少女の眠るベッドへ近付くと、石像症に対しての治療の意思を示した。

「う……」

 足の爪先にピリッとした痛みが走ったかと思うと、徐々に硬直――石化状態――になっていくのがわかった。

 もうこの時点で石像症は自分に伝染しているため、後戻りはできない。

 呪いを治す際は、支援術の中でも浄化術が基本になってくる。

 内部ではなく外部からの異常だからというのが主な理由だけど、毒や悪霊の浄化と比べて対処は極めて難しい。というのも、シスクという少女を依頼主が恨む動機が不明なため、気持ちに寄り添えないのだ。

 普通なら、娘が呪われた原因について両親や妹、メイドに対して問診をやるんだけど、僕はあえてやらなかった。

 それは、もし呪った人間が身近にいた場合、否定、隠蔽しようとして拒絶反応を生む可能性があるからだ。

 呪いを治すには、呪った側の気持ちにも寄り添う必要がある。そこで拒絶されると、寄り添うはずが治療の入り口さえも見当たらない苦境に陥ってしまうってことだ。

 だから、僕は呪った側の気持ちが自然に変わることに期待していた。

 そのための手段は既に打ってある。僕が治療の意思を示したことで、呪いによる病は自分にも伝染しているため、シスクの石化の進行具合が明らかに遅れ始めたんだ。

 じわじわと彼女が石化するような事態なら、もし呪った側がこの状況を見ている場合、気の流れになんらかの変化が訪れる可能性がある。治療する側としては、まずそこを突いていきたい。

 もし犯人がここにいなかったら終わりだけど、それについてはあまり心配していない。

 呪いはもし失敗したら依頼主のほうが呪い返しによって死ぬわけだし、それを治療しようとしている人間がここにいる以上、同じ場所でシスクの様子を見ている可能性が非常に高い。

「うぅ……おね、がい……もう、死なせて……」

「…………」

 この子が死を乞うのもわかる。石像症というものは、体を動かせないし猛烈に苦しいみたいだから。実際、自分の足の爪先が石化しただけでも歯軋りするくらいの痛みがあるし、それが上半身まで達してるわけだからその苦痛は想像を絶するもののはずだ。

「痛いだろう。わかるよ、僕も同じ呪いを受けてるから……」

 僕はシスクという少女にできるだけ共感し、苦痛を和らげようと努めることに。

 でも、この娘を呪っている側にも寄り添えなければ本当の意味で石像症は改善しない。

 ほぼ間違いなく、呪術師にシスクを呪うよう頼んだ依頼主はこの部屋のどこかで僕たちの様子を見ているはず。

 それが一体誰なのか、我慢強く慎重に調べる必要がある。

 終始どこか不機嫌そうな顔をしたメイド、ショックのあまりか放心した様子の妹、強く目を瞑って祈るような仕草の母親、絶望した表情で項垂れる父親……。

 それこそ、意外な展開だけどシスクが自分自身を呪っている可能性だってある。

 犯人が誰であろうと、この娘がそれだけ大きな存在になっているのは確かなわけで、じわじわと石化が進んでいけば、どこかで必ず気持ちが揺れ動くはずだ。

「ぐ、ぐぐっ……」

 僕はあまりの激痛に対し、たまらず声が出てしまった。少女の石化の進行は和らいだものの、僕の体は急激に石化し、既に上半身が石像化してしまったからだ。

 まったく動けない上、締め付けられるような強い痛みが持続するので、まさに生き地獄だった。正直気が狂いそうになるんじゃないかと思う。こんな苦しみの中でずっと耐えていたのか、この子は……。

「――あ、あぁっ……」

 やがて、遂に少女の首元まで石化が進行し始めた。呼吸することさえも苦しいのか、意識レベルが弱まっているのが見ただけで伝わってくる。

 自身の意識も漠然としてきて、いよいよ僕たちは追い詰められようとしていた、そのときだった。

 シスクの母親が泣き崩れて嗚咽を上げ始めたのだ。

「お、お願いです……シスクを、もう楽にしてあげてください……」

 彼女の言葉に胸を打たれたのか、見学者たちの中にもすすり泣く者が出てくる。

「泣かないで……ママ、パパ、愛してる……うぐぐっ!」

「シスクッ! 私を置いて死んだらダメよっ!」

「ダ、ダメだ、ジュリス、行くなっ、お前まで石化してしまうぞ!」

「ママァッ、やめてぇっ!」

「…………」

 夫や次女に止められるも、なおも取り乱した様子で長女の元へ行こうとする母親。それとは対照的な様子を見せる者もいて、メイドはこの状況でもしらけた様子で天井のほうを見上げていた。

 でも、今の一連の流れのおかげで僕は犯人の正体を知ることができた。呪いの主はで間違いない……。
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