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52話 成果
しおりを挟む上級ダンジョン『勇壮の谷』へに出発する日は、もう明後日まで迫っていた。つまり、俺に残された時間は今日と明日のみということだ。
「――来た。こいつは大物のグリーンサーモンだ……」
湖の前、俺は釣竿に獲物が引っ掛かった刹那、手元へ手繰り寄せた。おそらく今までの獲物の中で一番だろうが、既に予感していたのでなんら気持ちが上下することはなかった。
「わあぁ……」
コレットが隣で期待の眼差しを向けてくるが、それにも惑わされることはない。
「もう少しだ……」
獲物を少しずつ焦らすように泳がせたあと、隙を見て一気に釣りあげてやった。
よおし、上手くいった……これぞ緩急だ。経験も必要だが、常に冷静沈着でなければすぐに不自然さを魚に勘付かれて暴れられてしまい、逃してしまうことにつながるのだ。
「――凄いです! 大物ですっ! カレルさん、お見事でしたっ!」
「ああ、ありがとう、コレット……」
コレットのはしゃぎっぷりと、桶に入れた獲物の暴れっぷりが凄い。
このグリーンサーモンという魚は、名前の通り体のどこかが緑色ってわけじゃなく、山の豊富な栄養素で丸々太ってるからそう名付けられたらしい。滅多に引っかからない上、最高に美味しいらしいからな。みんなも喜ぶだろう。
「いやはや、見事なもんだね。あれだけの大物を相手に心を乱さないなんて。カレルにはすっかり追い抜かれちゃったよ……」
釣り仲間のジラルドが弱り顔だ。
それまでは彼が一番の大物を釣りあげていただけにショックも大きかったんだろう。それに加えて、俺は必須三種能力を全て高い数値にすることができたから認めてくれているんだ。その中でも平常心維持能力は最高に近くてメンバーの中でも最上位だそうだ。釣りで鍛えられた面も大きいかもしれない。
「もう免許皆伝! はい解散っ!」
「……い、いやいや、昨日までは俺が負けることが多かったわけで、まだまだかなわないよ。それに、色んな意味でここまで来られたのはジラルドが親身になって教えてくれたからだしね」
「またまたぁ、カレルも言うようになったもんだね!」
「あはは……」
照れ笑いをしつつも、俺はジラルドには本当に感謝していた。
釣りであれなんであれ、持っている技術というものを全部出し惜しみせずに教えてくれたんだ。とにかくケチだった俺の父さんとは大違いだな。
優しく、ときには厳しく口ではもちろん背中で。挫けそうになったこともあったが、耐えることができたのは彼を筆頭にみんなの協力があったおかげだ。最初は厳しかったマブカたちも、今では温かく見守ってくれるようになってきたしな。
さて、あとは……みんなの思いに俺が応えるだけだ。ということで、やることは【釣り】スキルの拡張を残すだけになった。
「カレル……拡張の件は、もうしょうがないよ。出発の日までゆっくり休むべきだ」
「……え? でも今のままじゃ……」
「確かにスキル拡張による突破力は欲しいけど、既に君は僕のメンバーとして充分な力を兼ね備えている。必須三種能力があるだけで生き残る確率は飛躍的に伸びるからね」
「……」
ジラルドの言うことはよくわかるんだ。あれからほとんど休みなく頑張ってきたからな。疲れすぎて疲れを感じなくなってしまう程度には。けど、やっぱりそれだけじゃ物足りない。彼の目が節穴じゃないことの証明をさらに色濃くするためにも、明後日の出発までには拡張させないといけないんだ。
「私、カレルさんなら絶対にできるって信じてます!」
「コレット、頑張るけど地味にプレッシャーだろ……」
「うふふ……でも全然動揺してなさそうな顔ですよお?」
「ま、まあな」
そりゃ、あれから鍛えられたからな。
初級ダンジョン『嘆きの壁』でヨークたちにボコられて、コレットに背負われて帰ったきた頃の俺とは最早別人だと思う。
実は今日の朝にあのダンジョンをクリアしたんだが、必須三種能力を上げていたせいか驚くほど簡単に最後のターゲットであるオーガを発見できた上、なんら緊張することなく倒すことができた。
「本当に、最近のカレルさん、格好良すぎです!」
「おいおい、ちゃかすなよ……」
「本当ですって! オーガを一人であっさりと倒して、何事もなかったように帰り始めちゃったので周りの人、唖然としてました。素敵っていう女の人の声も聞こえましたよ……」
「……」
コレットはよくそんなどうでもいいことを覚えてるな。訓練があるから早く倒してとっとと帰ろうと思っただけなのに……。
「でもでも、カレルさんは誰にも渡しませんっ!」
「……バ、バカ」
「うふっ……」
「じー……」
「「はっ……」」
ジラルドが覗き込んできて仰け反る。視線に情念を籠めすぎだろう……。
「――美味しーい! さすが釣り名人のカレルねっ!」
「う、旨っ……! グリーンサーモンなんて久々に食べたよ……。お手柄だねえ!」
その日の食卓では、俺の釣ったグリーンサーモンの刺身が一番人気で、すぐにでもなくなりそうな勢いだった。試しに俺も食べてみたんだが、臭みもなく脂がのってて最高に旨い。特にファリムとルーネは喜んでいて、みんなが引くくらいの食べようだった。
「美味しいですね、カレルさん」
「あ、ああ……」
コレットはどこか遠慮がちだ。何故だろう? そういや、子供っぽかったのに最近少し色っぽくなってきたような……気のせいか。
「……めっちゃうまうまですね」
「ぶっ……」
マブカがぼそっと呟いたのがおかしかったのか、ファリムが噴き出してルーネの顔に少しかかってしまった。
「ファリムゥウ……」
「そ、それくらいいいでしょっ!」
「それ前も言われたんだからね。わざわざうちのほうに顔を向けるし確信犯でしょ! 今日こそは絶対に許さないよ!」
「やってみなさいよ!」
「「ムキイィィッ!」」
「こらこら、二人とも、喧嘩はダメ――」
「「リーダーは黙ってて!」」
「はいぃ!」
相変わらずの光景が広がる中、マブカがおかしそうに口を押さえるのを俺は見逃さなかった。彼女、微笑みを絶やさない表情の通り、笑ったり笑わせたりするのが好きなのかもな。
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