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九話 軌道
しおりを挟む「よし、大体この辺でいいだろう」
「うん」
俺は父さんと一緒に木刀を持ち、庭の中心までやってきたところだ。それを母さんや弟妹のアレンとエリスが少し離れた木陰から見守ることになった。
「ルーフお兄様、頑張ってください! お父様を倒すのですよ!」
「ルーフ兄様、頑張って! お父様を倒して!」
「ルーフ、頑張るのよ! パパをやっつけちゃって!」
「おいおい、パパの応援をする人は皆無か……⁉」
「ははっ……」
俺への声援に対して、父さんが両手を広げておどけみせる仕草が面白い。まあ父さんのほうが桁外れに強いっていうのがわかっているからこそ、みんなが俺を応援してくれてるんだ。
「さあ、ルーフ、父さんはやる気が漲ってきたから、いつでもやれるぞ。かかってこい!」
「……う、うん……」
お互いに木刀を構えて対峙した途端、まるで勝てる気がしなくなった。これが【剣術・大】スキル持ちの圧なのか……。
【剣術】スキルは、単にパワーやスピード、テクニック等の能力だけが引き上げられるだけでなく、そこから放たれる迫力も格段に上がるんだとか。
そんなスキルの中でも、【剣術】の小・中・大のレベル差は凄まじいもので、努力で埋めることは不可能に近いとされている。
そんな過酷な前提があるにもかかわらず、スキルのレベルを中から大まで引き上げること自体、この世界でも指で数える程度しか例がないというのもうなずける。
父さんの場合、立っているだけで立派な攻撃になってるんだ。
スキルが持つ圧だけでなく、多くの場数を踏んできた経験と自信が作り出す父さんの空気は、想像以上のプレッシャーをもたらしていた。俺に対して本気を出すとは思えないが、それでも身の危険をひしひしと感じるほどだった。これに比べたらスケルトンや蝙蝠なんて可愛いもんだ。
多分、父さんは圧を与えることで俺に教えようとしている。剣の厳しさを、経験を、恐ろしさを、いかんなく伝えようとしてくれてるんだ。
「さあ、どうした、ルーフ⁉ かかってこい!」
「う……」
動きたくても動けない。目の前に透明な壁があるみたいだ。でも、ここで動けないなら勝負にすらならない。やる前に負けるなんてスタート地点にすら立てていないということ。
そう考えることで、俺は両手に一層力が籠もって体中から汗が滲み出てくるのを感じた。このまま動けないんじゃ、前と同じだ。繰り返したくない。幸せが向こうから訪れてくるなんてことは絶対にない。自らの手で掴み取るしかないんだ――
「――はあぁっ……!」
俺は汗まみれの中で遂に動けるようになり、父さんのほうへ肉薄していた。いける、いけるぞ、これ……。
……あれ? だが、攻撃しようとしたその直後に肩に強い衝撃を受け、俺の体は地面を転がっていた。何も見えなかった。これが、剣術スキルを持っている者と持っていない者の圧倒的な差なのか……。
「――うっ……?」
薄暗くてぼんやりとした視界の中、俺は目覚めたようだった。息苦しいし、体のあちらこちらが疼く。ここは一体どこなんだ……?
「……父さん……?」
近くに誰かがいて、そっちを見やったらやっぱり酷くぼやけていた。これじゃ誰かわからない……って、ま、まさか……。俺にはそれが前世の父親に見えて、はっとして上体を起こす。まさか、俺は転生した夢を見ていただけなのか……? って、全身が滅茶苦茶痛い……。
「イタタッ……」
「お、おい、ルーフ、まだ横になってないとダメじゃないか」
「あっ……」
そこには、確かに俺の父親――アルフォンス・ベルシュタインが座っていて、慌てた様子で俺を寝かせてきた。よかった、俺はてっきり異世界に転生した夢を見ていたのかと……。
「凄い汗だ……。しばらくじっとしているんだ。お前はあれからほぼ一日中ベッドで魘されていて、夜遅くに目覚めたんだよ」
「……そ、そうなんだ……」
心配そうに俺の額の汗をハンカチで拭ってくれる父さん。そうか、俺は昨日父さんと木刀で戦って、倒されて夜更けまで寝てしまってたんだな……。
「ルーフよ、許してくれ。お前をこんな目に遭わせてしまって……」
俺は視界が段々とクリアになっていくことで、父さんの憔悴した顔を見られるようになったので驚く。こんなにも落ち込んだ顔を今まで見たことがない。まるで一日で10年くらい老けてしまったみたいだ。どこまで家族思いなんだかと呆れてしまうほどだ。
「いやいや、これは俺が望んでやったことだし、父さんは全然悪くないよ……」
「本当に、ルーフは優しくて強い子だ。私は大いに手加減するつもりが、あの一瞬だけ少し本気を出してしまった……。あのあと、私はママとエリスとアレンに平謝りだったよ……」
両手で頭を抱える父さん。なるほど、俺が懐に入り込んだあのとき、少し本気を出しちゃったのか。道理で、剣の軌道すら見えなかったわけだ。
「父さんのスキル【剣術・大】の力を肌で感じることができて、むしろありがたいくらいだよ」
「お前というやつは……」
「…………」
父さんが目を赤くしながらハグしてくれた。今のままじゃイレイドには絶対に勝てないってよくわかったから、結果的にはこれでよかった。【剣術】スキルの恐ろしさを身をもって知ることができたから。
もちろん、イレイドが父さんほど強いはずはないんだが、それでも父さんはちょっと本気を出したってだけで手加減していたことに変わりはないわけだからな。
新しい景色を見られたことで、俺は吹っ切れたような気がした。自分のやるべきことがようやく見えてきた気がしたんだ……。
* * *
イレイドとの決闘まで、残り三日。今朝になって俺は痛みもあまりなく体を動かせるようになり、朝食後に自室で【迷宮】スキルを使用して【異次元の洞窟】へ入った。
久々に入るような感覚がするが、むしろそのほうがよかったように思う。当たり前にあるものだと思うと、挑戦的なことはやり辛くなる。
少しダンジョンから離れていたことで、また違った視点でみられるようになるはずで、それが新たな発想を生み出す鍵になるかもしれない。急がば回れという言葉もあるし。
「――待てよ……?」
俺は火の魔法を使い、その明かりを頼りに洞窟内を進んでいくうち、早速ある考えに辿り着いた。
スケルトンや蝙蝠を一か所に集めたあと、目を瞑って一気に倒すなんていうのはどうだろう? あまりにも無茶すぎる戦い方だが、俺は【迷宮】スキルの効果か、ダンジョン内ではダメージをあまり受けないので試してみる価値はありそうだ。
この発想、あのまま順調にいっていたら生まれてなかったかもしれない。何故なら、朝昼晩の訓練によって剣術は一歩ずつ確実に進化していたわけで、漠然とこのままじゃいけないと思いつつも、特に困っているというわけでもなかったから。
けど、今は違う。父さんが俺と勝負してくれて、遥かに高いレベルを経験したことで、それに近づくためには普通とは違うことをしなきゃいけないと確信している。だからこそこの発想は生まれたんだ。
よーし、見てろ、俺はやる、やってやるぞ。洞窟中のモンスターを集めて、暗闇の中で倒しきってみせる。そうすればきっと、自分の殻を破って新しい何かを発見できるはずだ……。
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