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添加物漬けの脳味噌

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 憧れって存在は誰にでもあると思う。ロックバンドの歌手やプロ野球選手、小説家や漫画家とかかな。小さい頃は〇〇レンジャーのレッドとかに憧れる人も多いかも。何か自分には持ってないものを持った誰かに何かしらの感情を抱く、これが憧れだと僕は思っている。

 自分にはない物を持っている人に何かしら思う。そうしてその人を目指すのもよし、違った方向で越えるように努力するのもよし、そんな存在を憧れって僕は感じていた。そしてその憧れという存在は僕にいるのか? と言われれば僕は恥ずかしそうにうなづくのであろう。そんなに人に言えるような憧れではないから。それに……憧れって言ってるけどそこに辿りつけるかはわからないし。

 僕の憧れは身近にいる。中学校へ入学し、そろそろ学校にも慣れてきた頃の僕は憧れの存在と対面することになった。学校にも慣れて春も過ぎ、そろそろ暑くなりかけた6月の最後の休日だった。珍しく時間ができた僕は小学校の頃に通い詰めていた商店街へ向かおうとした。

 その商店街は串カツ屋さんやラーメン屋さんが並んでいる古めかしい商店街で僕が物心つかない幼稚園の頃から通い詰めていたらしい。この辺りを商店街と意識するようになったのは小学校一年の頃からなので僕はその時期から通い詰めていると思っている。

 そんなことを思い出しながら財布をズボンのポケットに入れて僕は家を出る。クラブに入ってる人たちは今頃学校にいるんだろう。僕は帰宅部なので休日は僕のものである。うだるように暑い昼だった。7月にも入ってないが梅雨の湿り具合が残っているからか蒸し暑かった。

 これだけ蒸し暑い日なんだったらあのジュースも美味しく飲めるかな? 僕は久しぶりに飲もうとしてる思い出の品を想像しながら歩く。長い信号を2つほど渡っていくと少しくすんだ黄色の垂れ幕がかかった商店街に出た。その時である。僕の憧れが声をかけてきたのは。

「あ、久しぶり~」

 比較的呑気な声で話しかけてくれたのは僕の憧れであり、2歳年上の幼馴染みの女の子だった。吹奏楽部らしくフルートのケースを背負って中学の夏服を着た幼馴染み。髪はロングで背中に流している。身長はスラリと高い方で正直言って中学に入学したばかりの僕は中学3年の姉ちゃんに身長は負けていた。彼女のことを2歳年上だったことから僕は知らないうちに「姉ちゃん」と呼んでいる。

 姉ちゃんは吹奏楽部の練習の帰りらしくこの商店街を通って家へ向かう途中だった。この姉ちゃんは僕が幼稚園の頃に近所に引っ越してきて小学校の頃は姉ちゃんに遊び相手になってもらったものだ。自転車に乗ったり、アイスを食べたり、ゲームをしたり、色々あげればキリがないほど沢山遊んだ。

 血が繋がった姉でもないのに僕は本当の姉ちゃんのように彼女に甘えることができたし、姉ちゃんは僕を本当の弟のように可愛がってくれている。いつしか、僕は姉ちゃんを憧れの存在として見るようになった。もしも、僕が女の子になったら姉ちゃんみたいな女の子になりたいなって思うようになっていた。姉ちゃんこそが僕の理想の女の子だったんだ。

「何か買いに来たの?」

「あ……うん」

 姉ちゃんは幼馴染みらしく僕に数歩近づいてきてフフッと笑う。久しぶりに話すということと僕も少し男になったということが相まって僕はザザッと後ずさった。その様子を見た姉ちゃんは「アッ……」と声を漏らしていやらしい笑みを浮かべる。

「なぁに考えてんの?」

「な、何も考えてない……」

「ふぅん、そっか。もう中学生だもんね」

 姉ちゃんは口角を上げてクスクスと僕を笑っていた。精一杯隠したつもりだが姉ちゃんは僕の心境をズバリと当てやがった。さすが姉ちゃん。僕は「久しぶりにあれ飲もうと思って」と姉ちゃんに言った。姉ちゃんは「あぁ!」と手をポンと合わせてニッコリ笑う。

 この商店街には激安の自販機が置いてあり、最高でも100円、最低はなんと50円のジュースが売られている自販機である。1ヶ月のお小遣いが500円だった小学生時代ではこの自販機が大活躍していた。この商店街で姉ちゃんと一緒に50円激安のサイダーを飲んだのである。

 もう中学生になってお札単位で小遣いをもらえるようになってからは使う頻度が減ると思うが僕はこの自販機に愛着が湧いてしまった。添加物だらけの不味いサイダーだけど姉ちゃんと飲むからこそのおいしさがあったのだ。僕はちょうどいいやと思って姉ちゃんも誘って一緒に飲もうと提案しようとした。姉ちゃんはお金持ってなくても僕が奢ってやろう、僕だって大人に近づいたんだから。そう声をかけようとすると姉ちゃんは「あ!」と声を上げて僕の背中方面に対して手を振った。振り返ると姉ちゃんの名前を呼ぶ知らない男の子がいる。

 姉ちゃんは「じゃ、サイダー楽しんでね」とだけ言い残して茫然と突っ立っている僕を放って知らない男の子と一緒に消えていった。僕よりも身長が高くて、体格もよくて、笑顔が素敵な男の子。姉ちゃんはその男の子を見上げて楽しそうに笑いながら曲がり角を曲がって見えなくなった。

 どれくらい突っ立っていただろう。ハッとした頃には姉ちゃんの姿は見えずに僕はクラクラする頭を押さえて必死に現状を整理していた。あの男の子誰だ? 姉ちゃん、僕といた時よりも楽しそうだったぞ? しかも……姉ちゃん見上げながら男の子と会話してたってことは……。

 僕の頭に余計な考えがなだれ込んでくる。姉ちゃんは憧れという思想で完成されていた脳味噌に必要ない添加物がなだれ込んでくる感じ。これ以上加えると僕の頭がおかしくなるであろうほどの悲しい現実がやってくる。

 姉ちゃんは憧れ、憧れなんだ。す、好きなんかじゃない! 好きとかいう感情は溢れてない。憧れだよ、こうなりたいって思ってただけだよ……! 姉ちゃんみたいになりたいって思ってただけじゃん! そう、それだけ。僕は姉ちゃんになりたかった、それだけ……。好きなんかじゃ……ない。

 僕のメンタルを押しつぶすかのように日光の照りが強くなった。僕は添加物を入れられすぎてパンクしてしまった脳味噌を抱えて僕はクーラーの効いた自販機コーナーに入店する。結局僕は……姉ちゃんの何でありたかったんだろう……。幼馴染みは幼馴染みって言う枠組みで終わってしまうのかな? 僕よりもあの男の子の方が姉ちゃんにとっては幸せなのかな? 憧れの存在の幸せが一番だってわかってるから……僕は消えるべきなのかな?

 知ってしまったが故の余計な感情、それはまるで添加物のような無駄なものだった。加えてもその品物を不健康のものにしてしまうような害役。何も知らないで「憧れ」として完成されていた僕の脳味噌は現在添加物漬けの状態である。僕は震える指を押さえながら50円玉を入れる。ガシャンと音がして入った50円玉。姉ちゃんとの思い出を頭の中で再生しながらサイダーのボタンを押した。

 ガシャコン! と音を立ててサイダーの缶を吐き出す自販機。姉ちゃんとの思い出……憧れとの思い出が詰まったこの添加物サイダー……。缶を開けて僕はヤケクソで一気に飲み干した。相変わらずのクソ不味い添加物の味。愉快な音楽が流れてお客さんを呼びかける明るい商店街の中で、僕だけが泣いていた。

 


 
 

 
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