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時報の少女

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 小さな書店の店番が始まったのは僕が中学に上がった頃からだった。駅近なところに位置する小さな書店で看板は少しボロくなった年季を感じる作り、入り口の近くに子供が喜びそうな絵本の棚が置かれてあって週刊雑誌や有名どころの文庫本、そして僕が頬杖をついてるレジの近くにある小さなラノベ棚。

 この書店は僕の両親が経営する書店で僕はその店番に抜擢されたということだ。そりゃあ、見た目から見てもメガネをかけてその目自体も前髪で少し隠れているので母さんからは「隠の顔」って言われるし、学校でたまーに話す友達は「落ち着いた顔」って言われる僕だ。それに物心ついた時点でこの書店の難しい本を漁っていたので店番を命じられた時は嫌な気持ちはしなかった。

 むしろ、この書店にやってきてくれるお客さんが「若いのに頑張ってるねぇ」と声をかけてくれるので少し嬉しい気持ちがあるのだ。そのためにもブックカバーをピシッとつける作業の練習もしたし、本棚の整理とか最近の流行とかを調べるようになった。

 学校ではあまり人と接さない存在だけど夕方の2時間はこの書店の主になれる。書店を司ってるって考えたらなんだかカッコ良くてたまに微笑んでしまう時があるのは反省である。

 そんな調子で店番をしている僕には最近生まれた楽しみというものがある。毎週、水曜日になると決まって訪れる小さな楽しみ。

 ガチャ……とドアが開かれる音がしたのを聞いた。その瞬間、僕はビクッと肩を動かしてコツコツと歩いてくる音が聞こえる。何にも気がついていないかのように頬杖をつく僕に対して透き通った声がかけられた。

「疲れてるの?」

 小さなレジに対して中腰になりながら話かけてくれるのは僕が知らない制服を来た女の子。艶のあるロングの黒髪を背中に流し、可愛らしいセーラー服をきている女の子。二重まぶたのパッチリした目を見せて桜色の唇をクスッと動かす彼女を見て僕はハッとして、

「い……いらっしゃいませ……」

と話しかけた。彼女はそんな僕の反応を面白がるように笑ってレジの近くにある小さなラノベ棚を見ていた。小さな楽しみとは彼女のことだった。いつから来るようになったのか、僕は覚えてないが気がついた頃には毎週水曜日、わざわざこんな小さい書店に彼女が来るようになったのだ。

 一回だけ、聞いてみたことがある。ラノベを読みたいんだったらもっと大きな書店に行った方が……って。失礼なことを聞いたかもしれないけど相手はニッコリ笑って「この本はここにしか置いてないのよ」と言いながら今はもう古い年代のラノベを買ってくれるのだ。

 彼女が来ることによって僕は水曜日が来たということを実感する。彼女が毎週来てくれるから今、店番を続けることができるのだ。でも僕は彼女がこの古いラノベが好きということしかわからない。どんな学校に通ってるのか、年は上なのか、下なのか。どうして毎週足を運んでくれるのか、どうして……僕に笑顔を向けてくれるのか……。

 彼女が水曜日にやってきてくれることが日常になった僕は彼女が好きそうなラノベを調べて親に発注してくれと頼むようになったし、心なしかそのラノベが見えやすいように小さなラノベ棚なのにものすごく整理したり、できることは行ってる気がした。

 でもその先へと行けないのだ。どうしてもその先へと行けない、その先に何があるのかわからない、その先に……。彼女から話しかけてくれることは合っても僕から話しかける機会なんて片手で数えれる程度だった。話しかけてみたいけど僕が話しかけることで彼女はもうこの書店に来てくれなくなるかもしれないと思うと怖くて仕方がなかった。

「これ、ください」

 そんなことを考える僕に彼女は何も知らないような顔をしながらラノベを渡してくる。僕はハッとして立ち上がってレジスターを打ち込んで「580円です」と言う。彼女は財布から600円を取り出した。小銭を置くトレーがないのでレジのカウンターに直接置く。

 そのお金を落とさないようにゆっくりと取ってからレジから二十円を取り出して僕はゴクッと唾を飲み込んだ。この瞬間が一番緊張する。

「お、お釣りの二十円です……」

 彼女はその白く透き通った手を僕に差し出してくれる。僕はなるべく表情を変えずに彼女の手に二十円を手渡した。柔らかい彼女の手を感じながら小銭を渡す。ふんわりとして温かく、しっとりしてる彼女の手。僕が気がついた頃には彼女は財布にお金をしまっていた。

「カバーはいりますか?」

「あ、お願いします」

 僕はカウンターの棚から紙のカバーを取り出した慣れた手つきで本と共に折り目を入れてカバーをかける。ピシッ、ピシッとカバーで包まれる本を彼女は興味深げに見ていた。彼女の視線を感じるので手汗がついていないかが心配だった。そしてちょうどいい大きさのビニール袋に本を入れてセロハンテープで閉める。

「お待たせしました」

「いつもありがとね」

 彼女は少しだけ微笑んで袋を受け取ってくれる。正直いってもうやめてくれ! と心の中で絶叫している僕がいた。これ以上……笑顔を向けられると好きになっちゃう僕がいる気がした。顔が赤くなるのを抑えながら袋を渡すと彼女はカバンの中に袋を入れて店を出るべくドアに向かって歩いていく。

 いつもならここで小さな礼をするだけだったが今日の僕は違った。自分でもわからない。何故だか知らないけど「あの……!」と声を上げていた。書店にいるのは僕と彼女だけなので彼女は振り返る。僕は焦る気持ちを抑えながら口をパクパク動かした。

「また……お越しください」

 僕はなんとか言葉を紡いで声を出す。彼女はそんな僕に「うん」とだけ言ってニッコリ笑いながら小さく手を振ってくれた。ガチャンと言う音だけが書店に響き渡って静まり返る。僕はドンドン! と音を当てて動く心臓を感じていた。自分の耳で心臓の鼓動を聞くことができる。それくらいにドキドキしていた。

 また……来てくれるんだよね? また……本を買ってくれるんだよね? 名前も知らないし、年も知らない、どこの学校に通ってるのかも、どこに住んでるのかも……。知ってるのは毎週水曜日にやってくることだけ。彼女は僕の中では一種の時報なのだ。水曜日ということを知らせてくれる。

 来てくれるよね……? 約束だよ? 勝手に作っちゃってる感じがするけどさ……。僕がこんなことを思うようになったのは君が来てくれるからなんだから……。さようなら、お客さん。そしてゆびきりげんまん、また来週。
 
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