あの時の歌が聞こえる

関枚

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「お待ちどぉ!」
威勢のいい屋台の大将が注文していたラーメンを出してくれた。
修也さんと別れた後僕らはどこかで食事を取ろうとお食事亭を探していたら偶然ラーメンの屋台を見つけ、屋台なんて
滅多に見れないので圭がそこで食べたいといったのだ。
僕も屋台ラーメンなんて食べたことなかったので恐る恐る暖簾をあげると笑顔のステキなオッチャンがいたというわけ。
「うめぇ!この塩ラーメン!」
圭は塩ラーメンを僕とホノカは醤油ラーメン、マイは豪快にチャーシューメンを注文した。
「お、美味しいからいいでしょ?たくさん食べても」
彼女も女子ということだろう。言ってもないのに謎の心配をする。
「なんでもいいでしょ」
ふふっと僕らは笑いあった。大将が
「君たちここらではあまり見ないがどこから来たんだい?」
「あ、特急で二つ離れた町から来ました」
「へぇー!そんな遠いところから!どうしてだい?」
「ガラス工芸をしているおじいちゃんに会いに…」
「梶野さんのとこか!」
もうおじいちゃん強すぎんだろ。ガラス工芸のって言うと僕の正体が大体わかる。
「お孫さんかい?」
「そうです」
「誇りにモテるだろうなぁ。なんせ自分の親戚が有名人だからな」
ハハハ、と僕は笑った。
「おじいさんはいつからガラス工芸を?」
「えっと、高校を卒業してからだからざっと18歳ぐらいの頃です」
「そうかい、私と一緒だな」
オッチャンは少し遠くを見るような目をした。
「おじさんはどうして屋台を出そうと?」
「親がラーメン運んでいる姿を隣でずっと見ていたんだ。けど高校のわしはどうも中途半端というか、まあ少し荒れてての、自分の将来なんて知るかって思う傍将来に漠然とした不安を抱えてたんだよな」
今の僕か?少し既視感デジャヴを感じる。
「それでも今の言葉でギャップって言うのか?不良だったけど料理はとっても好きでね。よく学校の友人に振舞っていたよ。その時の美味しそうに食べてくれる友人の顔を見るたびに嬉しさがこみ上げてくるんだ」
おっちゃんは初対面であると言うのに僕らに思い出話を持ちかけてくれる。
「君たち、君たちには好きなものはあるかい?」
「え?」
「君はなんだい?」
まず圭が指名された。圭は身振り手振りで自分の伝えたいことを伝える。
「えーーーっとー、動物ですかね」
「ほぉーそうかい、君は?」
「私は水泳ですね」
マイは何も迷わず答えた。おっちゃんは感心した顔となる。
「きみは?」
ホノカだ。ホノカはちょっとの間迷った後
「私は………この耳が好きです」
僕はドキンとした。身体中冷たい電流が流れるような、変な例えだが本当にそのように感じた。
「耳かい?」
「はい」
ホノカは右耳にかかった髪をたくし上げる。おっちゃんは彼女の耳を見て驚く。
「耳が聞こえないのかい?」
「生まれた時からこれです。左は聞こえるわけじゃなく元からもう聞こえないから補聴器をつけてないんです」
「そうだったのか、どうして好きなんだい?」
当然の疑問だ。ホノカは一体何を考えてるんだ?僕はホノカの耳を見ながら考えた。
「たしかに私の耳は聞こえません。今まで機械を通した音しか聞くことができないのが私でした」
彼女は補聴器を優しく摩りながら答える。
「けど耳が聞こえないのと引き換えに私は宝物を授かったと思います。それがこの人達です」
彼女は僕たちを手のひらで指し示す。
「耳が聞こえないし両親は事故で他界。そんな私が欲しかったものは同情でも慰めでもなく仲間です」
ホノカは少し俯いて話す。思い出したくないものもあったんだろう少し手が震えてる。
「耳が聞こえないことをいいことに仲間ハズレにされるのが私だったのですが彼らは耳が聞こえないことを配慮して私の横にいてくれてます。耳が彼らと繋がる架け橋になったと思ってます。聞こえなくてもこの耳は誰のものでもなく私のものですから。私のこの耳がとっても好きです」
「そうかい、立派な子だ。君は将来いい人になれるよ。君は?」
僕の番だ。正直言って彼女の次に発表するのも気がひけるが僕は僕の好きなことを語る。
「僕は……人が好きです」
一瞬ホノカと被ってるんじゃね? と不安になったがみんな静かに聞いていたことに安心する。
「人って隠れていろんなことを考えてるんです。今日の自分はよく頑張ったとか、明日はもっと頑張ろうって」
「うん」
「けど中には本来抱えては行けないものを抱えて生活している人もいます。そのせいで命を落とす人もいる」
「うん」
「それに対して自分はどうするかで僕の人間性は上がって行くと思います」
「うん」
「一度不甲斐ない思いをしたことがあります。僕にはいとこがいました。そのいとこは脳梗塞を起こし若くして他界しました。その時彼は死に際に僕に対して本音をこぼしたんです」
僕は荒い呼吸を整えた。なぜだかはわからないが心臓がバクバクする。
「『本当に伝えたいことってどうやったら伝えれるかな』ってあの時の僕はその言葉の意味がよくわかりませんでした」
「そうか」
「今になってやっとわかったんです。言いたいことも言えない人がいるって。伝えたいことも押し込んで辛い思いをしている人がいたってだから僕は思うんです。人の言葉で人を変えることができると。今の僕を作ってくれているのは過去の言葉があるからだって僕は思ったんです。一度聞いた歌はあまり忘れないのと一緒です」
「ああ、君は昔の私とよく似ている。やっぱりわたしのみこんだとうりだ」
オッチャンは感服するように僕たちを見る。
「君たちなら将来大物になれるよ、わしが保証する!」
知らない人だったが本気で僕たちのことを思ってくれている一言だった。
「ありがとうございます、これ勘定です」
「ああ、またおいで」
僕たちはラーメン屋台を出た。
生まれて初めてプラスのことを口に出せた気がする。
僕はプラスのことなんて綺麗事で口に出すのは恥ずかしいって思ってた。けど声に出して言ってみると言った方も聞いた方も気持ちが良くなって行くんだなって思えた。
僕らはバスに乗り家に帰った。
それからご飯をたらふく食べてホノカとマイの風呂を縁側でぼーっと待ってた。
星はキラキラと輝いている。都会で観ると米粒なんかよりも小さく見えるのにここじゃ石だ。
そっと隣に圭が座った。
「今日は色々とすごかったな」
「だよね、神様がいるって言われたり屋台の大将に励まされたり」
「いっつも見てて思ってたけどお前って本当にすごいよな」
「ど、どこがだよ」
「俺にはあんなに思いを背負って生きることなんてできないよ」
圭は少し俯き加減で話した。
「動物の気持ちは痛いほどわかるのに肝心な人間関係は全くわかんねぇのが俺だからな」
圭は茶目っ気に「ニヒヒ」と笑った。笑っている。だんだん彼の唇がキッと噛まれていき、圭の顔が歪んだ。
「虚しいよ……」
圭は僕の前で初めて涙を流した。
「なんでわからないんだ?どうして俺は見放されるんだ?どうして……親から…捨てられるんだ?」
圭は頭を抱えて縁側に額を押し付け泣いていた。
『何を持って行きているんだよ……おれは?』
圭の心の叫びだった。
「下手くそなんだよ……俺は…人を…好きになれないんだ…」
彼がいつも手を伸ばそうとしていた存在、友人。だがいざ蓋を開けてみたら知ってしまう人間の恐ろしさ。
「僕思うんだけどさ」
僕は夜空を眺めながらボソリと呟く。
「生きてる物に楽園なんてあるのかな?」
圭は「は?」と僕の顔を見る。
「人は怖いよ。僕なんか裏の声が嫌という程聞こえてくる。すぐに人のせいにする人もいれば、自分の過ちを信じない人もいる。動物だってそうなんでしょ?」
圭は頰に垂れる涙を腕で拭った。何を言ってんだお前と言ったポカンとした顔になる。
「覚えてるよ、マスの話。魚の中にもいじめがあるって話、覚えてるよ。この環境には楽園なんかない。
生きてる人は多かれ少なかれ苦しい思いをして歩いてる」
苦しい思いなしで歩ける生き物なんていない。みんな楽に歩ける道よりも険しい道の歩き方を模索してる。
人の悩みなんかそれぞれだけど、嬉しいや楽しい、ありがとうを思う時なんてみんな一緒の思いで歩いている。
これぞと決まった楽園なんてあるもんじゃない。
 人はいつだって現世に対して牙を剥きながら生活してるんだ。
「どうして人が他人に優しくできるのかがわからなかったんだ、ぼくは」
「今はどうなんだよ」
「わかるよ、充分に」
圭は一瞬すがるような表情になった、がすぐにそっぽを向く。
「恩返ししたいって思うんだ、生きてる物はね」
僕は星を見ながら答えた。
「何気ない気遣いの言葉やなにかを手伝ってくれた時とか、人はそんなことは忘れないんだ。歌みたいにね」
素敵な歌は一度聞くと決して忘れずに記憶の中で生き続けるようなものだ。そしてふとした時に思い出して
人はさらに歩み続ける。
「僕も羨ましいよ。圭は人以外ともコミュニケーションを取れるたった一人の人間だからね」
ニヒヒと僕が笑うと圭は口角をクッとあげた。
「全くお前にゃあ敵わねえわ」
器用に腹筋で立ち上がり俺の肩を組んだ。突然のことだったので僕はびくりと体を震わせる。
「忘れないぜ、お前の言葉。そしてこの初夏もな」
さすが圭だなと思った。
彼ならこの先なにがあっても歩いていける。立ち止まらずに壁なんか軽く飛び越せるかもしれない。
大きな壁は高いし登るのはとても辛い。時に怖くなって降りたくなる時もあるかもしれない。
そんな壁に決まって、登った時は気持ちがいいんだよな。
大切にしてほしい。圭が出会った友達を、彼が感じた友情を。そして、彼自身を。
人は生まれた時に個性って言う最高の宝物を持ってるんだ。
彼ならもっと磨いて輝いてくれると思った。
いつだって、自分と闘ってる人は輝いているんだから。
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