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ふたりの約束
36.ふたりを繋ぐ紋章
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がたごとと体が揺れている。そうだ、自分は魔剣に刺されて、死にそうなところをアーサーが助けようとしてくれて……じゃあ、今もアーサーに抱えられているのだろうか? それにしては、音が不自然なような……。
サフィアはそこまで考えて、目を覚ました。
「サフィア……!」
目の前にはアーサーの顔があった。目尻に涙を浮かべながら、顔を綻ばせている。
――あ……笑ってる……。
初めて見ることができたアーサーの笑顔に、サフィアは泣きそうになった。
自分は、天国で幸せな夢を見ているのだろうか。彼の笑顔まで見られるなんて……。しかも、後頭部には温かく、しっかりとしつつも柔らかい感触がある。アーサーに膝枕してもらっているなんて。
サフィアがそう思っていると、アーサーが頬を撫でてきた。
「良かった。目を覚ましてくれて……。魔力を渡すことには成功したけれど、もし意識を失ったままだったら、どうしようかと……」
アーサーの言葉に、サフィアは目を瞬かせた。しばらく彼の言葉の意味を考えて――勢いよく起き上がった。
「わ!」
「い、生きてる!?」
サフィアは自分の顔をぺたぺたと触った。ちゃんと、触られている感触も、触っている感触もある。胸に手を当てると、とくとくと、心臓の拍動も感じられた。魔力も問題なく体を流れている。魔剣に刺されたはずの左肩の傷は、もう塞がっていた。
あたりを見回すと、どうやら馬車の中のようだった。前の窓から御者と馬の後姿が見えるが、中にはサフィアとアーサーしかいない。
「ど、どういうこと……? 一体……? あの男は……?」
「あの男は捕縛して、近くの町に連れて行って憲兵に引き渡した。今頃尋問を受けているだろう。俺たちが命を狙われたことを話すと、一刻も早く王都に戻るべきだと馬車を出してくれた。非常事態だし、闇竜はもう倒したから良いだろうと。何人か憲兵がよこしてくれた護衛が外を走っている。もう安心だ」
馬車の側面側の窓のカーテンを少し避けて外を見ると、馬に乗った兵士が幾人か並走していた。
サフィアは馬車の椅子から足を下ろし、座りなおしてからアーサーを見た。アーサーはいつもの無表情に戻っていたが、心なしか、目元が柔らかい気がした。
「わたしは、どうして……生きて……?」
アーサーは右の手のひらにある紋章を見せた。
「これのおかげだ」
「光竜の紋章?」
「ああ。一番古い大木に教えてもらったんだ。この紋章は、持ち主の魔力を光属性に変換して外に放出する。そのおかげで、俺たちは光魔法を使うことができていた」
本来、人の魔力は火、水、草のうち、一つの属性しか持たない。だから、勇者と聖女がなぜそれに加えて光魔法が使えるのかは、光竜の紋章のおかげだというのは分かっていても、その詳しい仕組みは謎に包まれたままだったのだ。
「言い換えると、俺たちの魔力を、体の外と繋げていることになる」
「魔力を、体の外と繋げる……」
「そうだ。もちろん、何でもかんでもじゃないけれど。あくまで、光属性として、だ。だから俺たちが光魔法と呼んでいたのは、ただ、光属性の魔力をそのまま放出しているにすぎない」
それは、本当だったらすごいことだった。本来、魔力そのものは体の外に干渉することはない。魔法を使うという過程を経て、初めて外の世界に影響をもたらすのだ。体の中の魔力自体を増やす手段がないのも、そういう仕組みのせいだった。
「だから、その逆をした」
アーサーがサフィアの左手を取って、自分の右手と重ねた。二人の光竜の紋章がぴったりと合わさる。じんわりと手が温かくなって、サフィアは頬を染めた。
「持ち主の魔力を光属性に変換して外の世界と繋げるのならば、これに、外から光属性の魔力を通せば、持ち主の魔力に変換されるはずだ、と」
「じゃあ……アーサーの魔力を私にくれたってこと?」
「そうなる。成功して良かった」
以前も二人の手を合わせたときに不思議な感覚になったことがあったが、そういうことだったのか。今も、心地よい熱が左手から流れてくる。それは、前の時よりも強い熱だ。もしかして、今もアーサーが魔力を送ってくれているのだろうか。そう思ったサフィアが紋章に自分の魔力を注ぐと、アーサーは僅かに目を見開いたあと、頬を赤く染めた。
今、自分たちは魔力を共有している。
そう思うと、熱に浮かされるようにドキドキした。サフィアとアーサーの顔が、引き寄せられるように近づく。そして、二人の唇が重なった。その柔らかさに驚いたように離れて、また触れ合わせる。何度も、何度も、互いの存在を確かめるように唇を合わせた。どちらからともなく、重ねた手の指を絡ませる。やわらかい感触も、漏れる熱い吐息も、鼻をくすぐる汗の香りも、全てがじんわりと体に沁みてくるように心地良かった。
サフィアはそこまで考えて、目を覚ました。
「サフィア……!」
目の前にはアーサーの顔があった。目尻に涙を浮かべながら、顔を綻ばせている。
――あ……笑ってる……。
初めて見ることができたアーサーの笑顔に、サフィアは泣きそうになった。
自分は、天国で幸せな夢を見ているのだろうか。彼の笑顔まで見られるなんて……。しかも、後頭部には温かく、しっかりとしつつも柔らかい感触がある。アーサーに膝枕してもらっているなんて。
サフィアがそう思っていると、アーサーが頬を撫でてきた。
「良かった。目を覚ましてくれて……。魔力を渡すことには成功したけれど、もし意識を失ったままだったら、どうしようかと……」
アーサーの言葉に、サフィアは目を瞬かせた。しばらく彼の言葉の意味を考えて――勢いよく起き上がった。
「わ!」
「い、生きてる!?」
サフィアは自分の顔をぺたぺたと触った。ちゃんと、触られている感触も、触っている感触もある。胸に手を当てると、とくとくと、心臓の拍動も感じられた。魔力も問題なく体を流れている。魔剣に刺されたはずの左肩の傷は、もう塞がっていた。
あたりを見回すと、どうやら馬車の中のようだった。前の窓から御者と馬の後姿が見えるが、中にはサフィアとアーサーしかいない。
「ど、どういうこと……? 一体……? あの男は……?」
「あの男は捕縛して、近くの町に連れて行って憲兵に引き渡した。今頃尋問を受けているだろう。俺たちが命を狙われたことを話すと、一刻も早く王都に戻るべきだと馬車を出してくれた。非常事態だし、闇竜はもう倒したから良いだろうと。何人か憲兵がよこしてくれた護衛が外を走っている。もう安心だ」
馬車の側面側の窓のカーテンを少し避けて外を見ると、馬に乗った兵士が幾人か並走していた。
サフィアは馬車の椅子から足を下ろし、座りなおしてからアーサーを見た。アーサーはいつもの無表情に戻っていたが、心なしか、目元が柔らかい気がした。
「わたしは、どうして……生きて……?」
アーサーは右の手のひらにある紋章を見せた。
「これのおかげだ」
「光竜の紋章?」
「ああ。一番古い大木に教えてもらったんだ。この紋章は、持ち主の魔力を光属性に変換して外に放出する。そのおかげで、俺たちは光魔法を使うことができていた」
本来、人の魔力は火、水、草のうち、一つの属性しか持たない。だから、勇者と聖女がなぜそれに加えて光魔法が使えるのかは、光竜の紋章のおかげだというのは分かっていても、その詳しい仕組みは謎に包まれたままだったのだ。
「言い換えると、俺たちの魔力を、体の外と繋げていることになる」
「魔力を、体の外と繋げる……」
「そうだ。もちろん、何でもかんでもじゃないけれど。あくまで、光属性として、だ。だから俺たちが光魔法と呼んでいたのは、ただ、光属性の魔力をそのまま放出しているにすぎない」
それは、本当だったらすごいことだった。本来、魔力そのものは体の外に干渉することはない。魔法を使うという過程を経て、初めて外の世界に影響をもたらすのだ。体の中の魔力自体を増やす手段がないのも、そういう仕組みのせいだった。
「だから、その逆をした」
アーサーがサフィアの左手を取って、自分の右手と重ねた。二人の光竜の紋章がぴったりと合わさる。じんわりと手が温かくなって、サフィアは頬を染めた。
「持ち主の魔力を光属性に変換して外の世界と繋げるのならば、これに、外から光属性の魔力を通せば、持ち主の魔力に変換されるはずだ、と」
「じゃあ……アーサーの魔力を私にくれたってこと?」
「そうなる。成功して良かった」
以前も二人の手を合わせたときに不思議な感覚になったことがあったが、そういうことだったのか。今も、心地よい熱が左手から流れてくる。それは、前の時よりも強い熱だ。もしかして、今もアーサーが魔力を送ってくれているのだろうか。そう思ったサフィアが紋章に自分の魔力を注ぐと、アーサーは僅かに目を見開いたあと、頬を赤く染めた。
今、自分たちは魔力を共有している。
そう思うと、熱に浮かされるようにドキドキした。サフィアとアーサーの顔が、引き寄せられるように近づく。そして、二人の唇が重なった。その柔らかさに驚いたように離れて、また触れ合わせる。何度も、何度も、互いの存在を確かめるように唇を合わせた。どちらからともなく、重ねた手の指を絡ませる。やわらかい感触も、漏れる熱い吐息も、鼻をくすぐる汗の香りも、全てがじんわりと体に沁みてくるように心地良かった。
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