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闇竜討伐の旅

29.姫の婚約者

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 ニュートに案内されて庭に出ると、様々な花が植えられており、それが火の魔法を利用して作られた明かりに照らされて輝いていた。

「きれい……」
「そうでしょう。ここが好きで、よく来るんです」
「羨ましいです。大教会はいくつか花壇があるくらいで、こんなにたくさんのお花はないですから」

 全て見て回るのに半日ほどかかりそうな広さと量だった。その中を、二人でゆっくりと歩く。元々知り合いでもないので、特に会話はない。サフィアが気まずいなと思っていると、少し前を歩いていたニュートが振り返った。

「あの……」
「はい?」
「勇者様はどのようなお方でしょうか」
「えっと……強くて優しいお方、ですよ。少し、人と接するのが苦手なようですが……」

 後半は言うべきか迷ったが、アーサーが王族になれば、ニュートと接することもあるだろう。優しそうな人だし、お願いする意味でも伝えておこうと思った。

「そう、なのですか……」

 どこか浮かない顔をするニュートに、サフィアは首を傾げる。

「勇者様が、どうかしたのですか?」
「ああ、いえ……」

 ニュートは首を振ったが、一つ溜息をついてうつむいた。

「僕は、メアリー殿下の婚約者なのです」
「殿下の……」
「とはいえ、勇者様が見出されたのでどうなるのかは分からないのですが……」

 ニュートは苦笑して、話を続けた。

「僕はメアリー殿下が五歳のときに婚約者になりました。そしてその一年後に聖女様が教会に保護され――ずっと勇者様が現れなかったので、僕はもう、自分が殿下と結婚するものと思っておりました。万が一勇者様が発見されたときのために、婚姻は聖女様が闇竜を討伐されてからと話してはおりましたが、まさか本当に勇者様が出てくるとは……その、申し訳ないのですが、思っていなかったのです」

 おそらくこの国で、勇者が出てくると思っていた人はほとんどいなかっただろう。それは王族もだったようで、こちらではそんな話になっていたとは。

「……あなたさまは、メアリー殿下を愛していらっしゃるのですね」

 涙を堪えるニュートを見て、サフィアの口は自然と動いていた。きっと彼は、メアリー殿下のことを政略的な婚約者としてではなく、ひとりの女性として愛しているのだ。サフィアは胸が痛くなった。まるで、自分を見ているようだった。

「申し訳ございません。聖女様を困らせるつもりはないのですが……どうしても、教えていただきたいことがあります。……勇者様は、メアリー殿下を幸せにしてくださるのでしょうか」

 真っ直ぐなニュートの目に、サフィアは逃げ出したくなった。アーサーは、サフィアを好きだといってくれているから。でも、迷わず答えた。

「はい。勇者様は、愛情深い素晴らしい男性です。きっと、メアリー殿下を幸せになさいます」

 人の心は移り変わるものだから、アーサーも、いつまでもサフィアを好きでいてくれるわけではないだろう。結婚して一緒に過ごせば……いやもしかしたら今日の食事で、メアリー姫のことを好きになるかもしれない。それに、アーサーが良い男なのは間違いないから。

「なら……安心して、彼女をお任せできますね」

 ニュートはそう無理して笑ったような顔をして、涙を零した。サフィアが慌ててハンカチを差し出す。

「ああ、大丈夫です。聖女様のものを汚すわけには……自分のがありますから」

 そう断られてしまい、サフィアがハンカチを仕舞ったところだった。

「サフィア」

 アーサーの声がして、サフィアは慌てて振り返った。いつの間にかアーサーがいて、ずんずんとこちらに向かって歩いてくる。ちらりとニュートを見ると、唖然とした顔でアーサーを眺めていた。
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