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闇竜討伐の旅

14.旅立ち

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 勇者アーサーが大教会にやって来て、半年が経った。サフィアとアーサーの旅立ちの日だ。
 夜は日に日に長くなり、十五時にはもうあたりが暗くなってしまう毎日になっていた。夜が長くなると、夜行性の魔物や獣が活発になり、人々の活動時間が短くなる。そして、そういった不安や恐怖、もどかしさから、治安が悪化しやすい。
 一刻も早く、闇竜が卵を産んだことを確認して、倒さなければならないのだ。

「それではみなさま、行ってきます」
「……行ってきます」

 サフィアに続いてアーサーが呟くように言うと、教会の音楽隊がファンファーレを響かせた。
 今は出立式の最中で、信者たちも駆けつけて歓声を上げている。
 大司教が歩み出て、二人に言葉をかけた。

「勇者様、聖女様。また、長い昼を我々に恵んでいただけますよう、お祈り申し上げます。ご武運を」

 二人は礼をして、大教会の外に出た。用意されていた馬に乗り、ゆっくりと町の外へと向かう。

「聖女様ー!」
「勇者様、頑張ってください!」
「お願いいたします!」
「勇者様すごくかっこいいじゃない!」
「どうぞご無事でー!」
「聖女様、美しい……」

 人々の激励の声――じゃないものも一部混ざっているが――を受けながら、二人は闇竜討伐の旅に出た。


 あれから今日まで、アーサーはベテラン兵らに色々と教わったのか、もうサフィアに対してキスをしようとすることはなかった。それでもごく自然に頬を撫でられたりするので、そういう時は流石に照れてしまう。ただ、それはアーサーが動物を撫でる気分で自分を触っていると解釈して耐えていたのだが……。

「聖女様、勇者様とはどうですか?」
「勇者様、今のは女性に言うことではありませんよ!」
「もっとロマンチックに!」
「聖女様。勇者様の男気は、本物です」
「あの方なら、おうけ……あっ、やべ、決まりなんてぶっとばしてくれますよ!」
「信じてあげてください、聖女様」

 ……どうしてかは分からないが、兵士たちはいつの間にか、アーサーとサフィアをくっつけようとしているようだった。一応、大司教など上層部の人々には分からないようにやっていたようだが……サフィアの心労は、ものすごかった。彼らなりの厚意なのは分かっているので申し訳ないが、旅に出ることでああいったことがもうないと思うと、ほっとする自分がいた。
 まったく、兵士たちがああなるなんて、アーサーは何を言ったのだろう。おそらく、いつもの感じでそこまで深い意味はなく情熱的なことを言って――深い意味はなく、というのは失礼か。親愛や友愛のつもりで言った言葉を、恋愛の方に受け取られてしまったのだろう。そして兵士たちがはしゃぐ意味もよく分かっていないのか、彼らの言動を静観していたし。打ち解けていたから、よかったのだけれども。

 そしてアーサーの出自についても、あれ以上のことは突っ込んでいなかった。やはり人様の事情に踏み込むのはあまり褒められたことではないし、大司教に伝わらないのならば、それなりの理由があるのだろう。下手したら、慣れない森の外に出て来たアーサーを不安にさせてしまう可能性もある。
 そもそも、最悪のパターンとして何か陰謀が渦巻いていたとしても、闇竜討伐前の勇者や聖女を狙うような存在はいない。光魔法が使えないと闇竜を倒せないのに、勇者聖女がいなくなれば、世界は夜にのまれるだけだ。人間がそれを望むことはありえない。やはり一人より二人の方が討伐の成功率は高くなる。過去には、勇者と聖女の二人共が、闇竜と相打ちになったこともあるのだ。そんな危ないことはさせないだろう。
 討伐の後は、サフィアがしっかりとアーサーを王都まで届ければそのまま王族になって、護衛がつくようになる。だから、何かあったとしても大丈夫なはずだ。

「どう? アーサー。緊張してる?」

 大教会がある町を出て街道を進めば、始めの目的地になる村に辿り着く。
 道をしばらく進んで人気のないことを確認してから、サフィアはアーサーに話しかけた。

「大丈夫だ。サフィアの方は?」

 名前を呼ばれて、どきっとしながら笑った。
 いつの間にか、君、ということが多かったアーサーが名前ばかり言うようになった。兵士たちの入れ知恵だろうか。正直、サフィアにはクリティカルヒットである。馬に乗っているのもあって、王子様のように輝いて見えた。

「大丈夫! ねえアーサー。あなたは、わたしがちゃんと守るからね」

 闇竜を討伐したあと、たった一人で生きてくサフィアと、姫と結婚して王族の血を繋げていくアーサー。どちらがより大切な命なのかは、考えるまでもなく、分かることだ。
 サフィアが左手を差し出すと、アーサーが右手を重ねてくれた。
 ただ約束をするだけの風習だが、互いの光竜の紋章を重ねていると思うと、なんだか不思議な感じだ。

「ありがとう。けれど、俺は君を守る」
「じゃあ、わたしを守ってくれるアーサーを守る」
「そんな君を守る」

 暫く不毛なやり取りを続けて……アーサーが、目元をやわらげて言った。

「二人で生きて帰ろう」
「……そうね!」

 重ねた左手が、少し熱い気がした。
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