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本編
37.決戦(2)
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その体はレオよりも二回りほど大きく、非常に濃く範囲の広い瘴気を纏っていた。
基本的には人間とそう大差ない造形だったが、耳が尖っているのが特徴的だった。
髪はさらりとした漆黒で丸みを帯びていて、毛先がうなじのあたりまで伸びている。
魔族らしく眼球が黒く、瞳は深紅色で、瘴気の向こうでギラリと輝いていた。
――あれが、魔王の本体……。
魔王と目が合うと、身体の内側を触られているような不快感に襲われた。
また結界が緩みそうになって、ルーチェは歯を食い縛る。
――な、なに……? 結界に、何かされてる……?
「早く扉を閉めろ!」
「やってる!」
「コスタンツォ、回復!」
「はいはい!」
扉の近くでは、閉めようとするレオめがけて魔族たちが襲い掛かかっていて、それを仲間の三人が倒していた。
魔王はルーチェを見つめたまま、ちょうど扉の部分……魔界と人間界の境に右手を当てた。
瘴気が集まり、結界内に侵入しようとする。
「あ、あっ……!」
身を焼かれるような感覚に、ルーチェの脚が震えた。
それは痛みというよりも――レオの精を、受け入れたときに近かった。
全身が熱くなって、力が抜けそうになる。
それにしゅわしゅわとした感覚が重なって、腰が抜けそうだ。
結界に入ろうとした瘴気は浄化されて消えていくが、魔王の瘴気は次々と生成されて、また結界に向かってくる。
「ルーチェ……!?」
レオがルーチェの異変に気付いて振り返る。
「い、いい! 大丈夫だから! 閉めるの優先!」
ルーチェが叫ぶと、レオはまた扉に向き直った。
光輝く鍵を鍵穴に入れ、扉を押していく。
魔王は舌打ちをすると、更に瘴気の量を増やした。
「あ、あああああっ……!」
ルーチェはついに座り込み、全身を震わせた。
身体が甘い熱に炙られ、どうにかなりそうだ。
もう限界なのに、さらに濃い瘴気が結界に入り込もうとして――ルーチェは、ひとりで身を震わせた。
下腹部がそこを埋めてくれる熱を思い出し、ひくひくと収縮する。
「あっ、あああっ……!!」
そしてついに絶頂させられて、ルーチェの結界は、破れてしまった。
「いけ、おまえたち」
魔王の言葉とともに、扉から瘴気が溢れだした。
瘴気が扉の周囲に広がり、魔族たちの勢いが増す。
「クソッ……」
「お前は鍵でいい! 俺たちでなんとかする! 前の時と同じだ!」
「何がなんでも、扉を閉めてください。このままではジリ貧です」
「がんばれ、レオ~!」
フェルディナンドたちはああいったが、実際問題三人だけで対処するのは難しそうだった。
フェルディナンドたちの攻撃もコスタンツォの防御魔法もくぐりぬけ、レオに襲い掛かる魔族がいる。
レオも片手で鍵を掴みながら、もう片手で応戦せざるを得ない状況になっていた。
あれでは、どれだけ時間がかかるのか分からない。
そして、解呪できずいまだ魔族であるレオは瘴気の恩恵を得られるのか片手でも充分戦っているが、他三人は昔渡した浄化石が力を失ってしまえば、戦えなくなってしまう。
もう、あとがない。
ルーチェは自らを奮いたたせ、震える足を無理矢理動かした。
扉の近くへと行き、魔族たちの間を縫って進む。
突然現れた魔王の指輪を持つルーチェに、魔族たちは戦い難そうにした。
もう、結界を張れそうにない自分にできることは、これしかない。
ルーチェはレオの元に辿り着くと、その体に抱き着いた。
「ルーチェ……!?」
「レオ、わたしが守るから……!」
「っ……分かった!」
魔族が攻撃できない自分は、最強の盾になる。
ルーチェは、できるだけレオに広く密着するようにしがみついた。
思ったとおり、魔族はルーチェに攻撃ができない以上、それに守られているレオにも手が出せないようだった。
レオが鍵に集中し、扉が閉まっていく。
「クソッ……」
魔王は舌打ちをして、目を閉じた。
瞬間、レオが痛みに耐えるように顔を歪め、全身を強張らせる。
それを感じ取ったルーチェの腕にぎゅっと力が入り、レオを繋ぎとめるように締め付けた。
レオは頭を振り、再び鍵に集中する。
目を開けた魔王は、苦虫を噛み潰したような顔で手のひらをレオたちに向けた。
扉はもう、半分まで閉まっている。
その間から魔王の濃い瘴気が放たれ――それが向かった先は、ルーチェだった。
「っ!?」
瘴気が身体を包むが、もちろん聖女であるルーチェには効かない。
扉が、徐々に閉まっていく。
ルーチェを包む瘴気もどんどん増えていき……。
「いっ!?」
ちり、と肌が焼かれるように痛んだ。
先ほどのような、身体の内側を炙るような熱ではない。
正真正銘の、痛みだった。
ルーチェは焦った。
たとえば、何でも貫く矛と何も通さない盾があったとき、どちらが負けるのだろう。
人を蝕む瘴気と、それを消す力があった場合――どこかで、消す力が負けることが、あるのだろうか。
レオはルーチェを気にしつつも、鍵を握って扉を閉め続けた。
扉を閉めてしまうのが、この状況をなんとかできる唯一の手段だからだ。
そして、あと少しというところで。
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
ルーチェの身体に激痛が走り、それに耐えようとレオにしがみついた。
「っ……!」
魔王の瞳が揺れ、瘴気が戻っていく。
そしてそれを押し込むように、レオが扉を閉めた。
ルーチェは自身を蝕んでいた痛みがなくなり、ほっと息をついた。
崩れた体を、レオが抱き止める。
再び瘴気を失った魔族をあとの三人が次々に仕留めていき――扉の周囲には、ルーチェたちだけが残った。
人間界を、守り抜いたのだ。
基本的には人間とそう大差ない造形だったが、耳が尖っているのが特徴的だった。
髪はさらりとした漆黒で丸みを帯びていて、毛先がうなじのあたりまで伸びている。
魔族らしく眼球が黒く、瞳は深紅色で、瘴気の向こうでギラリと輝いていた。
――あれが、魔王の本体……。
魔王と目が合うと、身体の内側を触られているような不快感に襲われた。
また結界が緩みそうになって、ルーチェは歯を食い縛る。
――な、なに……? 結界に、何かされてる……?
「早く扉を閉めろ!」
「やってる!」
「コスタンツォ、回復!」
「はいはい!」
扉の近くでは、閉めようとするレオめがけて魔族たちが襲い掛かかっていて、それを仲間の三人が倒していた。
魔王はルーチェを見つめたまま、ちょうど扉の部分……魔界と人間界の境に右手を当てた。
瘴気が集まり、結界内に侵入しようとする。
「あ、あっ……!」
身を焼かれるような感覚に、ルーチェの脚が震えた。
それは痛みというよりも――レオの精を、受け入れたときに近かった。
全身が熱くなって、力が抜けそうになる。
それにしゅわしゅわとした感覚が重なって、腰が抜けそうだ。
結界に入ろうとした瘴気は浄化されて消えていくが、魔王の瘴気は次々と生成されて、また結界に向かってくる。
「ルーチェ……!?」
レオがルーチェの異変に気付いて振り返る。
「い、いい! 大丈夫だから! 閉めるの優先!」
ルーチェが叫ぶと、レオはまた扉に向き直った。
光輝く鍵を鍵穴に入れ、扉を押していく。
魔王は舌打ちをすると、更に瘴気の量を増やした。
「あ、あああああっ……!」
ルーチェはついに座り込み、全身を震わせた。
身体が甘い熱に炙られ、どうにかなりそうだ。
もう限界なのに、さらに濃い瘴気が結界に入り込もうとして――ルーチェは、ひとりで身を震わせた。
下腹部がそこを埋めてくれる熱を思い出し、ひくひくと収縮する。
「あっ、あああっ……!!」
そしてついに絶頂させられて、ルーチェの結界は、破れてしまった。
「いけ、おまえたち」
魔王の言葉とともに、扉から瘴気が溢れだした。
瘴気が扉の周囲に広がり、魔族たちの勢いが増す。
「クソッ……」
「お前は鍵でいい! 俺たちでなんとかする! 前の時と同じだ!」
「何がなんでも、扉を閉めてください。このままではジリ貧です」
「がんばれ、レオ~!」
フェルディナンドたちはああいったが、実際問題三人だけで対処するのは難しそうだった。
フェルディナンドたちの攻撃もコスタンツォの防御魔法もくぐりぬけ、レオに襲い掛かる魔族がいる。
レオも片手で鍵を掴みながら、もう片手で応戦せざるを得ない状況になっていた。
あれでは、どれだけ時間がかかるのか分からない。
そして、解呪できずいまだ魔族であるレオは瘴気の恩恵を得られるのか片手でも充分戦っているが、他三人は昔渡した浄化石が力を失ってしまえば、戦えなくなってしまう。
もう、あとがない。
ルーチェは自らを奮いたたせ、震える足を無理矢理動かした。
扉の近くへと行き、魔族たちの間を縫って進む。
突然現れた魔王の指輪を持つルーチェに、魔族たちは戦い難そうにした。
もう、結界を張れそうにない自分にできることは、これしかない。
ルーチェはレオの元に辿り着くと、その体に抱き着いた。
「ルーチェ……!?」
「レオ、わたしが守るから……!」
「っ……分かった!」
魔族が攻撃できない自分は、最強の盾になる。
ルーチェは、できるだけレオに広く密着するようにしがみついた。
思ったとおり、魔族はルーチェに攻撃ができない以上、それに守られているレオにも手が出せないようだった。
レオが鍵に集中し、扉が閉まっていく。
「クソッ……」
魔王は舌打ちをして、目を閉じた。
瞬間、レオが痛みに耐えるように顔を歪め、全身を強張らせる。
それを感じ取ったルーチェの腕にぎゅっと力が入り、レオを繋ぎとめるように締め付けた。
レオは頭を振り、再び鍵に集中する。
目を開けた魔王は、苦虫を噛み潰したような顔で手のひらをレオたちに向けた。
扉はもう、半分まで閉まっている。
その間から魔王の濃い瘴気が放たれ――それが向かった先は、ルーチェだった。
「っ!?」
瘴気が身体を包むが、もちろん聖女であるルーチェには効かない。
扉が、徐々に閉まっていく。
ルーチェを包む瘴気もどんどん増えていき……。
「いっ!?」
ちり、と肌が焼かれるように痛んだ。
先ほどのような、身体の内側を炙るような熱ではない。
正真正銘の、痛みだった。
ルーチェは焦った。
たとえば、何でも貫く矛と何も通さない盾があったとき、どちらが負けるのだろう。
人を蝕む瘴気と、それを消す力があった場合――どこかで、消す力が負けることが、あるのだろうか。
レオはルーチェを気にしつつも、鍵を握って扉を閉め続けた。
扉を閉めてしまうのが、この状況をなんとかできる唯一の手段だからだ。
そして、あと少しというところで。
「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
ルーチェの身体に激痛が走り、それに耐えようとレオにしがみついた。
「っ……!」
魔王の瞳が揺れ、瘴気が戻っていく。
そしてそれを押し込むように、レオが扉を閉めた。
ルーチェは自身を蝕んでいた痛みがなくなり、ほっと息をついた。
崩れた体を、レオが抱き止める。
再び瘴気を失った魔族をあとの三人が次々に仕留めていき――扉の周囲には、ルーチェたちだけが残った。
人間界を、守り抜いたのだ。
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