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本編
36.決戦(1)
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「レオーーーーッ!! 間に合ったかーーーーッ!?!?」
突然、大声と共に空から突風が吹きつけた。
ルーチェとレオが何事かと顔を上げると――デメトリオを肩に、コスタンツォを脇に抱えたフェルディナンドが、空から落下してきていた。
「なっ……フェルディナンド!?」
レオが驚きの声を上げる。
突風はデメトリオの広げた手から吹いているようで、落下のスピードを風で中和しながら、レオの仲間の三人は地面に降り立った。
「すごいよデメトリオ! これはもう、飛行魔法を発明したと言えるんじゃないかな!?」
「馬鹿言わないでください。こんなふざけた風魔法の使い方、わたし以外にできるはずないでしょう! 早く回復しなさい!」
「ご、ごめん~!」
「よくやってくれたデメトリオ! ただの風魔法で人を空に飛ばすとは……流石世界一の魔術師だ!」
「おかげで魔力が底をつきそうです。もうわたしを当てにはしないでくださいね!」
フェルディナンドが二人を下ろし、ぷりぷりと怒るデメトリオに、コスタンツォが回復魔法をかける。
そんな三人を見て、レオは泣きそうな顔で笑った。
「お、おまえら……ありがたいけど、おせぇよ!」
「む? なんと、扉が!」
「一足遅かったようですね……」
「あちゃ~」
ルーチェも慌てて扉に視線を向けると、鍵穴に鍵が刺さっており、ギィ……と音を立てて開き始めていた。
「レオ!」
フェルディナンドが背負っていた大剣を投げ、レオはそれを受け取った。
すぐさま剣を抜き取って鞘を投げ、ルーチェの手を縛っていた魔王の紐を一振りで切り捨てる。
「こら馬鹿! あのレオが呪いに操られていたらどうするんです! 手紙読んだんじゃなかったんですか!?」
「いや、あれはレオだろう! 愛を感じる」
「また訳の分からないことを!」
「ま、まあまあ、本物のレオみたいだし、二人とも落ち着いて~!」
「大丈夫か?」
「う、うん……」
騒ぐ三人を尻目に、レオは縛られた痕が残るルーチェの手に回復魔法をかけた。
そしてすぐに、ルーチェを庇うように扉の方に向かって剣を構える。
「ルーチェは下がってろ。扉が開き始めたら、もう開ききるまで鍵は抜けない。開いたあと、すぐに閉じるから……そうだな、コスタンツォの近くが一番安全だ。そっちに行っててくれ」
「わ、分かったわ」
久しぶりのレオとの再会に喜ぶ暇もなく、ルーチェは急いでコスタンツォの隣に走っていった。
フェルディナンドも槍を構え、デメトリオは魔法薬を飲みながら杖を構える。
扉はガタガタと震えながら徐々に開いていき、瘴気が隙間から漏れだしていた。
「聖女様」
コスタンツォに呼ばれ、ルーチェは顔を向けた。
「ここで結界って張れますか? 魔族たちは、レオに扉を閉めさせないように攻撃してくるはずです。僕たちは、魔族が僕たちの生活圏に行けないよう食い止めながら、あなたとレオを守らなきゃいけません。せめて瘴気さえ防いでいただけると、やりやすいんですけど……」
瘴気は、魔族の力の源だ。
魔の扉から溢れだす魔界の瘴気は、人間の毒になるだけでなく、魔族に力を供給し続ける。
ただでさえ魔族は人間よりも腕力や魔力が強いのに、瘴気があるともう普通の人間では手が付けられなくなる。
聖女の結界で瘴気を防ぐのは、人々を瘴気の毒から守るだけでなく、魔族の力を削ぐ意味もあるのだ。
しかしルーチェは、女神の加護が最も強い浄化の間でしか、結界の祈りを捧げたことがない。
はたしてこの身一つで、瘴気を打ち消せるような結界を張ることができるのだろうか。
分からない。でも。
「やります。初めてのことなので、必ずできるとは言えませんが……やります。全力を尽くします」
「はい。お願いします!」
コスタンツォが、にこっと笑った。
できるできないではなく、やらなければいけないのだ。
ルーチェがやらなければ、きっと、みんなで帰ることはできない。
レオは魔王から自分の体を取り戻したし、デメトリオは、風魔法でこんなところまで人を運んだ。
二人とも、限界を超えてやってのけたのだ。次は、ルーチェの番だ。
――できる。わたしだって、できる。
『いつもみたいに、ここで会うの! 待ち合わせ!』
『絶対、帰ってこような!』
――帰る。全部終わらせて、レオと、村に帰るの。
ルーチェは深呼吸をしてから両手を扉の方に向けて、祈りを捧げた。
目を閉じて、自分の世界を広げていく。
ルーチェの精神は、自分の肉体に留まらない。
体の外側まで、自分の内側にしていく。
――どこまで?
いつもは、人間の生活圏までで終わりだ。
けれど、今回はそうではない。
範囲は、どうすれば良いのだろう。
どこまで広げる? どこで閉じる?
いや、そんな細かいことは考えなくて良い。答えは単純だ。
――この世界、そのもの……!
「来るぞ!」
「ああ!」
扉がガコン! と大きく震えると、一気に全開になった。
一枚の扉が開けば、本来その後ろは周囲と同じく草原の景色が続くべきだろう。
けれど扉の向こうには、紫色の空が広がっていた。
そこから、人型も獣型も、魚型も、大小さまざまな魔族が飛び出してくる。
しかし、瘴気は出てこなかった。
好戦的な笑みを浮かべていた魔族たちも、戸惑いの表情を浮かべる。
そんな彼らを、フェルディナンドの槍とデメトリオの攻撃魔法が襲った。
「ギャアア!」
「いける! これならいけるぞ!」
「無駄話は結構!」
レオは扉から抜け落ちた鍵の近くで、襲い来る魔族を切り捨てる。
流れ弾がルーチェたちの方に飛んできたが、コスタンツォの防御魔法が防いだ。
「おい! なんで魔王様の瘴気が来ないんだ……!」
「もしかして結界か……? おい! あの女じゃねぇか!?」
「聖女だ! 誰か魔王様に報告しろ!」
「俺たちはあの女をやるぞ!」
魔族たちが、一斉にルーチェの方に向かった。
殺されるかもしれない恐怖に逃げ出したくなるが、結界に集中しなければならない。
ルーチェはコスタンツォやみんなが守ってくれることを信じて、微動だにしなかった。
「や、やば~」
「ルーチェ!」
「おまえはこっちだ!」
「レオは鍵に集中してください! 聖女はこちらに任せて!」
フェルディナンドが鍵近くの魔族を薙ぎ払い、デメトリオがルーチェに向かった魔族に対して詠唱を始める。
魔族がルーチェに攻撃しようと構え、コスタンツォが防御魔法を使った――のだが。
「ッ……!」
「……え?」
魔族は攻撃を放つことなく、デメトリオの攻撃魔法を避けて後ろに下がった。
防御魔法が不発に終わり、コスタンツォが首を傾げる。
「おい、なにやってる!」
「だめだ、魔王様の指輪をつけてる!」
「なっ……! よりにもよって……!」
魔族が言った指輪という単語に、ルーチェは薄く目を開けた。
そういえば外すタイミングがなくて、未だにルーチェの左手の薬指には、魔王につけられた結婚指輪が光っている。
『これを外すのは絶対にだめだよ。俺の瘴気が籠もったこいつをつけていれば君に手を出すやつはいないだろうけど、外すと身の安全は保障できないから』
魔族がこの指輪をつけている者に手を出せないというのは、かなり厳密な意味のようだ。
それならば、ルーチェは守ってもらう必要がない。
「コスタンツォさん、わたしは大丈夫です。説明は省きますが、この指輪をつけていると、魔族は攻撃できないんです」
「そ、そうみたいだね……? じゃあ、僕はみんなのサポートをしますので!」
「お願いします」
大分、今の結界にも慣れてきた。
ルーチェがそう思った時、身体の内側を侵食されそうな気持ち悪さと恐怖を感じる。
「うっ……?」
一瞬結界に綻びが出そうになって、ルーチェは足を踏ん張る。
何があったのかとあたりを見ると、レオが鍵を構えていて――扉の向こうには、一人の大きな男がいた。
「あっ……魔王だ!」
コスタンツォの叫びに、ルーチェはその男の正体を理解した。
突然、大声と共に空から突風が吹きつけた。
ルーチェとレオが何事かと顔を上げると――デメトリオを肩に、コスタンツォを脇に抱えたフェルディナンドが、空から落下してきていた。
「なっ……フェルディナンド!?」
レオが驚きの声を上げる。
突風はデメトリオの広げた手から吹いているようで、落下のスピードを風で中和しながら、レオの仲間の三人は地面に降り立った。
「すごいよデメトリオ! これはもう、飛行魔法を発明したと言えるんじゃないかな!?」
「馬鹿言わないでください。こんなふざけた風魔法の使い方、わたし以外にできるはずないでしょう! 早く回復しなさい!」
「ご、ごめん~!」
「よくやってくれたデメトリオ! ただの風魔法で人を空に飛ばすとは……流石世界一の魔術師だ!」
「おかげで魔力が底をつきそうです。もうわたしを当てにはしないでくださいね!」
フェルディナンドが二人を下ろし、ぷりぷりと怒るデメトリオに、コスタンツォが回復魔法をかける。
そんな三人を見て、レオは泣きそうな顔で笑った。
「お、おまえら……ありがたいけど、おせぇよ!」
「む? なんと、扉が!」
「一足遅かったようですね……」
「あちゃ~」
ルーチェも慌てて扉に視線を向けると、鍵穴に鍵が刺さっており、ギィ……と音を立てて開き始めていた。
「レオ!」
フェルディナンドが背負っていた大剣を投げ、レオはそれを受け取った。
すぐさま剣を抜き取って鞘を投げ、ルーチェの手を縛っていた魔王の紐を一振りで切り捨てる。
「こら馬鹿! あのレオが呪いに操られていたらどうするんです! 手紙読んだんじゃなかったんですか!?」
「いや、あれはレオだろう! 愛を感じる」
「また訳の分からないことを!」
「ま、まあまあ、本物のレオみたいだし、二人とも落ち着いて~!」
「大丈夫か?」
「う、うん……」
騒ぐ三人を尻目に、レオは縛られた痕が残るルーチェの手に回復魔法をかけた。
そしてすぐに、ルーチェを庇うように扉の方に向かって剣を構える。
「ルーチェは下がってろ。扉が開き始めたら、もう開ききるまで鍵は抜けない。開いたあと、すぐに閉じるから……そうだな、コスタンツォの近くが一番安全だ。そっちに行っててくれ」
「わ、分かったわ」
久しぶりのレオとの再会に喜ぶ暇もなく、ルーチェは急いでコスタンツォの隣に走っていった。
フェルディナンドも槍を構え、デメトリオは魔法薬を飲みながら杖を構える。
扉はガタガタと震えながら徐々に開いていき、瘴気が隙間から漏れだしていた。
「聖女様」
コスタンツォに呼ばれ、ルーチェは顔を向けた。
「ここで結界って張れますか? 魔族たちは、レオに扉を閉めさせないように攻撃してくるはずです。僕たちは、魔族が僕たちの生活圏に行けないよう食い止めながら、あなたとレオを守らなきゃいけません。せめて瘴気さえ防いでいただけると、やりやすいんですけど……」
瘴気は、魔族の力の源だ。
魔の扉から溢れだす魔界の瘴気は、人間の毒になるだけでなく、魔族に力を供給し続ける。
ただでさえ魔族は人間よりも腕力や魔力が強いのに、瘴気があるともう普通の人間では手が付けられなくなる。
聖女の結界で瘴気を防ぐのは、人々を瘴気の毒から守るだけでなく、魔族の力を削ぐ意味もあるのだ。
しかしルーチェは、女神の加護が最も強い浄化の間でしか、結界の祈りを捧げたことがない。
はたしてこの身一つで、瘴気を打ち消せるような結界を張ることができるのだろうか。
分からない。でも。
「やります。初めてのことなので、必ずできるとは言えませんが……やります。全力を尽くします」
「はい。お願いします!」
コスタンツォが、にこっと笑った。
できるできないではなく、やらなければいけないのだ。
ルーチェがやらなければ、きっと、みんなで帰ることはできない。
レオは魔王から自分の体を取り戻したし、デメトリオは、風魔法でこんなところまで人を運んだ。
二人とも、限界を超えてやってのけたのだ。次は、ルーチェの番だ。
――できる。わたしだって、できる。
『いつもみたいに、ここで会うの! 待ち合わせ!』
『絶対、帰ってこような!』
――帰る。全部終わらせて、レオと、村に帰るの。
ルーチェは深呼吸をしてから両手を扉の方に向けて、祈りを捧げた。
目を閉じて、自分の世界を広げていく。
ルーチェの精神は、自分の肉体に留まらない。
体の外側まで、自分の内側にしていく。
――どこまで?
いつもは、人間の生活圏までで終わりだ。
けれど、今回はそうではない。
範囲は、どうすれば良いのだろう。
どこまで広げる? どこで閉じる?
いや、そんな細かいことは考えなくて良い。答えは単純だ。
――この世界、そのもの……!
「来るぞ!」
「ああ!」
扉がガコン! と大きく震えると、一気に全開になった。
一枚の扉が開けば、本来その後ろは周囲と同じく草原の景色が続くべきだろう。
けれど扉の向こうには、紫色の空が広がっていた。
そこから、人型も獣型も、魚型も、大小さまざまな魔族が飛び出してくる。
しかし、瘴気は出てこなかった。
好戦的な笑みを浮かべていた魔族たちも、戸惑いの表情を浮かべる。
そんな彼らを、フェルディナンドの槍とデメトリオの攻撃魔法が襲った。
「ギャアア!」
「いける! これならいけるぞ!」
「無駄話は結構!」
レオは扉から抜け落ちた鍵の近くで、襲い来る魔族を切り捨てる。
流れ弾がルーチェたちの方に飛んできたが、コスタンツォの防御魔法が防いだ。
「おい! なんで魔王様の瘴気が来ないんだ……!」
「もしかして結界か……? おい! あの女じゃねぇか!?」
「聖女だ! 誰か魔王様に報告しろ!」
「俺たちはあの女をやるぞ!」
魔族たちが、一斉にルーチェの方に向かった。
殺されるかもしれない恐怖に逃げ出したくなるが、結界に集中しなければならない。
ルーチェはコスタンツォやみんなが守ってくれることを信じて、微動だにしなかった。
「や、やば~」
「ルーチェ!」
「おまえはこっちだ!」
「レオは鍵に集中してください! 聖女はこちらに任せて!」
フェルディナンドが鍵近くの魔族を薙ぎ払い、デメトリオがルーチェに向かった魔族に対して詠唱を始める。
魔族がルーチェに攻撃しようと構え、コスタンツォが防御魔法を使った――のだが。
「ッ……!」
「……え?」
魔族は攻撃を放つことなく、デメトリオの攻撃魔法を避けて後ろに下がった。
防御魔法が不発に終わり、コスタンツォが首を傾げる。
「おい、なにやってる!」
「だめだ、魔王様の指輪をつけてる!」
「なっ……! よりにもよって……!」
魔族が言った指輪という単語に、ルーチェは薄く目を開けた。
そういえば外すタイミングがなくて、未だにルーチェの左手の薬指には、魔王につけられた結婚指輪が光っている。
『これを外すのは絶対にだめだよ。俺の瘴気が籠もったこいつをつけていれば君に手を出すやつはいないだろうけど、外すと身の安全は保障できないから』
魔族がこの指輪をつけている者に手を出せないというのは、かなり厳密な意味のようだ。
それならば、ルーチェは守ってもらう必要がない。
「コスタンツォさん、わたしは大丈夫です。説明は省きますが、この指輪をつけていると、魔族は攻撃できないんです」
「そ、そうみたいだね……? じゃあ、僕はみんなのサポートをしますので!」
「お願いします」
大分、今の結界にも慣れてきた。
ルーチェがそう思った時、身体の内側を侵食されそうな気持ち悪さと恐怖を感じる。
「うっ……?」
一瞬結界に綻びが出そうになって、ルーチェは足を踏ん張る。
何があったのかとあたりを見ると、レオが鍵を構えていて――扉の向こうには、一人の大きな男がいた。
「あっ……魔王だ!」
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