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本編

34.魔族とニンゲン(2)

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 ルーチェは恐怖と悔しさや怒りでなかなか寝付けず、朝方になりやっと意識を手放すことができた。

 そうして起きたのは昼前で、女魔族に食堂へと案内された。

 やはり魔王はおらず、ルーチェは一人で食卓に着く。
 何もおかしいところはない、人間向きの料理が出てきたが――これを作っているのが昨日厨房にいた魔族たちだと思うと急に気持ち悪くなって、ルーチェは一口も食べられなくなった。

「まだお加減が悪いのでしょうか」
「え、いや……ううん、はい、そうみたいです」
「では、今日もお部屋で休みましょう」

 それは困る。
 ルーチェは、レオに会わなければいけないのに。

「い、いえ、別に平気です! 元気です!」
「では、お食事を」
「…………」

 リゾットをスプーンで口元まで運ぶが、胃液がせり上がってきて駄目だった。
 どうしても、これを作った魔族の手が、人間にどんなことをしているのかと想像してしまう。

「失礼いたします」

 女魔族が眉を寄せ、またルーチェを抱き上げた。
 そして、二階へと向かう。

「あ、あの……食欲がないだけで、平気ですから」
「魔王様に、あなた様がここで健やかに過ごせるように、と仰せつかっております。体調回復に努めていただかないと困ります」

 そう言われるとルーチェも困ってしまう。
 彼女も魔族だし、ルーチェの世話をするのは魔王の命令があるからだろう。
 それは分かっているのだが、やはり、よくしてくれた相手を無下にすることなどできない。

 女魔族はルーチェをベッドに下ろすと、大人しくするように言ってから部屋を出る。
 そして少しして、皿にのった苺を持って戻ってきた。

「果実はどうでしょう」
「あー……たぶん、食べられると思います」

 果実そのものなら、あの厨房の魔族の手も入っていないだろう。ああ、でも……。

「これってその、どこで採れたやつですか?」
「森です」
「あ、はい。分かりました」

 ここで魔族に栽培されたものだったら食べたくないなと思ったが、森で自生しているのならば大丈夫だろう。
 お腹は空いていたので、一個ずつゆっくりと食べていき、全てお腹に収めてしまった。

「こういうものなら食べられるのですね。用意しておきます」
「え、あー……はい。すみません、ありがとうございます」
「いえ、仕事ですから。それでは私はまた扉の前で待っていますので、何かあれば声をかけてください」

 彼女はそう言って扉へと向かい、部屋を出る前に振り返った。

「ちゃんと身体を休めてくださいね」
「は、はい……」

 扉がばたんと閉まって、ルーチェは息を吐いた。
 部屋の前にあの女魔族がいるならば、昨日のように建物内を探索することはできないだろう。

「村に帰りたいな……」

 なんだか、とても疲れてしまった。





 次の日には元気な姿を見せて、レオを探そう。
 そう思って眠り、翌朝食堂に行ったルーチェだったが、そこには魔王がいた。

「えっ」
「やあ。早く終わったからね、戻ってきたよ」
「あ、そう……」

 二、三日後に出発だといっていたから、てっきり戻ってくるのは早くても今日の夕方とかだと思っていた。
 やっぱり昨日、あとで吐くつもりでご飯を口に入れればよかったと後悔する。

 なんだか魔王の顔を見るのが気まずくて、うつむいたまま席に着いた。
 今日は探索をするために女魔族に元気な姿を見せようと意気込んでいたのだが、どうせ魔王がいるのならそんなことをする理由もない。

 料理を出されて、一応ルーチェはスプーンでつついてみるのだが、どうしても食べる気にはなれなかった。
 食材には罪がないので申し訳ないのだが、自分以外の人に食べてもらうしかない。

「どうかしたのかい? 体調が悪いようだとは聞いたけど……」
「別に、食欲がないだけよ。ごちそうさま」
「そう……。果物は食べられるんだよね? 部屋に持って行かせるから、休んでいるといい」
「……分かった」

 拒否する理由もなかったので、ルーチェは大人しく部屋に帰った。
 少しすると女魔族が部屋に入ってきて、今度はびわを持っている。ルーチェの目の前で皮を剥いて切ってくれた。

「ありがとう」

 お礼を言って食べていると、女魔族はぽつりと言った。

「魔王様が、心配していらっしゃいましたよ」
「そうなんだ」

 頷いたけれど、どうせ表面的なものだろう、とルーチェは思った。

 ちらりと視線を上げると、相変わらず冷たい色の瞳が、ルーチェをじっと見つめている。
 そういえばこの人の名前はなんだろうと思って――慌てて首を振った。
 知ってどうするのだろう、余計な情が出てくるだけだし、どうせもう今日には出発するんだろうから、関わることもない。

 ルーチェがびわを食べ終わってしばらくすると、魔王が部屋にやってきた。

「やあ。調子はどう?」
「別に、普通よ」
「そっか。……ちょっと、席外してもらっていい? 準備しといて」

 魔王が女魔族に言うと、彼女は一礼して外に出て行った。

「えっと……ずっと、謝りたくてね」

 ルーチェは下を向いたまま、一応耳は傾ける。

「この前のことなんだけど……俺としては嬉しかったんだけど、ちょっと立て込んでてね。急いでたんだ」
「別に、どうだっていいわよ。あなたも分かってるだろうけど、浄化したかっただけだし。あなたには謝る理由なんてないじゃない。まあ……浄化に協力してくれるって言うのなら、今からでも仕切り直しする?」

 なんとなく、魔王の困っていそうな雰囲気を感じた。
 大方、野望のためつがいになりたいのに、本当になれるかどうか心配しているだけだろう。
 魔族のつがい制度がどういうものかは分からないが、魔族同士が行うことが前提のようだし、同意もなしに強制的に結ばせるようなことはないのだろう。
 だからこうやって、ルーチェのご機嫌取りをしていたのだ。

「それだけ?」

 黙り込んでいる魔王にルーチェが視線を向けると、苦笑された。

「いや……。まあ、今はいいや。あとでまたゆっくり話そう。本当は君の体調が良くなるまで休ませてあげたいんだけど、扉まで急がなきゃいけない。予定が早まって悪いけど、もう出発するよ」

――ほら、やっぱり。耳障りの良いこと言うだけで、本当はわたしのことなんてどうでもいいのよ。

 別にそれが普通で、当たり前のことだ。
 信じかけた自分が悪いだけ。

 けれどふと、こちらの様子を窺うような表情をするレオの顔を見ていると、厨房の魔族が言っていた言葉を思い出した。

「ねえ……親殺しって、なに?」

 彼らは、魔王のことをそう言っていた。
 魔族である彼らが人間を対等に扱わないことは、許せることではないが、納得できる。
 ルーチェたちだって、他の生き物を食べたり、愛玩したりしているからだ。

 けれど親を殺すというのは、それとはまた違うだろう。
 何かやむを得ない事情があって、という可能性もあるが、彼らは、それを褒め言葉のように言っていた。
 一体、どういうことなのだろう。

 目の前の彼は家族を殺すような人には見えないが――それはやはり、レオの体だからなのだろうか。

「知ってたの?」

 魔王は目を見開いて言った。
 その声色は今まで聞いていたものよりも高くて、どこか嬉しそうなものに聞こえてしまう。
 この時点で、嫌な予感がした。

「えっと……あなたが、そう言われているのをたまたま聞いて」
「そっか。まあ、親殺しで魔王になったのは俺が初めてだからね。結構話題に上がるんだろうな」

 なぜだか照れた様子の魔王に、冷や汗をかく。
 そして彼は、ふふっと笑った。

「俺ね、魔王だった母さんを殺して魔王になったんだよ。すごいでしょ?」

 自慢げに言われて、ルーチェはぶるりと震えた。

「ど、……どういうこと?」
「あー……人間は知らないのか。魔王はね、殺し合いで決めるんだよ。魔王に戦いを挑んで、殺したら次の魔王になる。殺せなかったら自分が死ぬ」
「…………魔王になりたかったから、やったの?」

 ごくりと唾を飲み込んで聞くと、魔王はきょとんとした顔をした。

「んー……別にそう言うわけじゃないけど……ある意味そうなのかな。ただ、俺が一番強いんだって示したかっただけ」
「…………お母さんのこと、嫌いだった?」
「好きでも嫌いでもないかな。まあ、強く産んでくれたことは感謝してるけど」

 魔族と分かり合えないのはもう充分、分かっていた。
 それでも、知れば知るほど、その溝がどんどん深くなっていって、果てがないようだった。

「……大丈夫? また体調悪くなっちゃった?」
「いえ……」
「そう、よかった。じゃあ、いい加減ここを出ないとね」

 ショックを受けている自分を、彼の話しのせいではなく体調のせいだと思っている様子も、また怖かった。

 魔王の瘴気が紐になって、ルーチェの手に巻きつこうとする。

 手を――浄化の力を使えないようにされるのは困るが、反抗してここで殺されても困る。
 ああでも、彼にとってルーチェは利用価値があるようだから、すぐに殺しはしないだろうか。

 そう判断して、ルーチェは浄化の力を使ってみた。
 紐になる前の瘴気は逃げるように引いていったが、もう紐になったものは変わらず、ルーチェの両手を合わせるように固定しようとする。
 浄化の力は、瘴気そのものを祓うことはできても、その力によって生まれたものには効かないようだ。

「こら、だめだよ」

 魔王に手を掴まれて、紐が巻き付いていった。


 魔王は指先から手首までをぐるぐる縛られたルーチェを抱き上げて、建物を出た。
 外には、馬型の魔族が一匹と、女魔族が待っていた。

「ここからはこれで行くよ。ちゃんと落ちないように、腕を回してね」

 魔王はまた紐で自分の背中に鍵を括り付けると、ルーチェを担いで馬に乗った。
 向かい合わせになるようにルーチェを座らせて、その両腕の間に自分の頭を通す。
 そのまま片手で手綱を持ち、もう片手でルーチェの腰を支えた。
 まるで抱き合っているような姿勢に、ルーチェは眉を寄せる。

――最悪……。

 こんな体勢でしばらく過ごすのも嫌だし、馬の魔族を使うということは、更に早く扉に着いてしまうだろう。
 相変わらず両手を合わせるように縛られていて――逆に他は前と違って拘束されていないのだが――肝心の浄化の力は引き続き使えそうにない。
 使っても雀の涙ほどの効果だっただろうが、少しでも浄化したかったのに。

「じゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃいませ」

 女魔族に見送られ、魔王とルーチェは魔族の里を出た。
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