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本編

33.魔族とニンゲン(1)

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 ルーチェは気持ちを切り替えて、これからのことを考えた。
 魔王を襲って性交に持ち込む手は使えないことが判明したので、もうこれからはこの手段については考えないことにする。

 であれば、レオに入れ替わっているタイミングになんとか接触し、浄化するしかない。
 それができなかったとしたら、あとはもうレオの仲間たちが扉を開ける前に来てくれて、魔王の動きを封じてくれることを祈るしかできなくなる。

 魔王は、二、三日後まで会えないといっていた。
 その間、レオと入れ替わっている可能性は充分にあると思う。
 そして鍵がかかっている部屋には入るなと言っていたので、普通に考えて鍵がかかっている部屋のどこかにいるのだろう。

――問題はどう入るのかってことよね……。

 魔王が聖教会で鍵を開けていたような芸当はできないし、鍵も、普通に誰かがきちんと管理しているのだろう。
 まず無理だが、やらない後悔よりも、やる後悔だ。
 無意味だったとしても、何もしないで待つことなんて、ルーチェにはできない。

 ルーチェは部屋を出ると、まずは二階の部屋のドアノブを全て回した。
 しかし開いたのは一部屋だけで、バルコニーに繋がる小部屋だけだった。

――まあ、たぶんここに住んでる人の居室だものね。そりゃ閉まってるわよ……。

 この建物は二階建てだったので、ルーチェはそのまま一階に下りた。
 ロビーには、お世話をしてくれた女魔族がいた。
 ルーチェと目が合うと一礼して、玄関扉の横で直立している。
 彼女の前を通り過ぎて、ルーチェは一階を探索した。

 食堂、厨房、使用人室、風呂場は鍵が閉められておらず、いつでも入ることが出来そうだ。
 ただ、厨房と使用人室は頻繁に魔族が出入りしている。
 だから扉を開けようとするまでもなく鍵が閉まっていないことが分かったのだが、部屋の中を漁るのは難しいだろう。
 特に使用人室なんて鍵が置いてありそうなので、是非とも侵入したいのだが。

 他には鍵がかかっている部屋と、鍵は確認できていないのだが、あの背の低い年配の魔族が扉の前に立っている部屋が一つずつあった。
 魔族が立っている部屋が一番怪しいが、果たして彼がいなくなるタイミングはあるのだろうか……。

 ルーチェが考えを巡らせながらもう一度一階を回っていると、厨房に近づいたところで話し声が聞こえた。
 料理人たちが話しているらしい。
 ルーチェは扉の近くで、耳をそばだてた。

「いや~、そろそろうちの子散歩させたいんだけど、まだ御触れは解除しないのかね」
「無理だろ。今来てるニンゲンのためにやってるんだろ、あれ」
「え、そうなの?」
「だってあれ、奥方として連れてきてるらしいじゃん。ペットの同族なんてみたら気分悪くするだろ」
「そっか~、そろそろお前んとこのメスと俺のやつを交配させたかったんだけど」
「ずっとメス欲しがってるもんなお前」
「オスよりメスのほうが良いだろ」
「まあな。つか、今回の王妃はニンゲンか~。なくもないけど、珍しいよな。そんなに良かったのかな」
「聖女だって話だぞ」
「えっ!」
「そりゃすげー」
「扉番を眷属にしてさらに聖女をつがいにするとか、まじで偉人だな今回の魔王様」
「魔王と聖女ってどんなの産まれるんだろ」
「さすが親殺しなだけあるよな」
「あの鬱陶しい結界もなくなるってことだろ? やりたい放題じゃん」

「っ……」

 聞きながら、ルーチェの呼吸が荒くなる。
 身体が震えて、もうこれ以上聞きたくないのに、動くことができない。

「どうかされましたか?」

 声をかけられて、ルーチェの肩がびくりと跳ねた。
 振り向くと、あの女魔族がいる。
 彼女はルーチェの顔を見ると無表情のまま近づいて、じっと見下ろした。

「顔色が悪いですね。ご気分が悪いのでしょうか」
「えっと、……あ、はい……」
「部屋までお連れしましょう」

 女魔族に抱き上げられ、ルーチェは落ちないように慌てて肩にしがみついた。
 彼女は人を持ち上げているとは思えないほどの軽やかな足取りで階段を上がり、ルーチェに与えられた部屋に入って、ベッドにゆっくりと下ろす。

「他に何か症状はありますでしょうか」
「いえ、えっと……ちょっと、気分が悪いだけです……」
「そうですか。何か欲しいものは?」
「だ、大丈夫です」
「承知しました。外で待機しているので、何かあればお申し付けください」

 女魔族はそう言うと、部屋の外に行った。
 ルーチェは落ち着かなくて、座ったまま掛布団を羽織ってくるまる。

 改めて先ほど聞いた話を思い出すと、指先が震え、体温がなくなっていくようだった。
 衝撃的な言葉が多すぎて、上手く飲み込めない。

 さっきの厨房にいた魔族の話だと、ルーチェがこうしている間にも、この村のどこかには魔族に飼われて、非人道的な扱いをされている人間がいる、ということなのだろうか。

『命ってほら、しゅによって価値は違うだろう?』
『指輪を外すのは絶対にだめだよ。外すと身の安全は保障できないから』

 やはり、魔族と相容れることは絶対にないんだとルーチェは確信した。
 厨房での会話からすると、飼われてしまっている人たちは、ひとりの人間――生命として尊ばれてはいないのだろう。
 一歩間違えれば、自分だってそうやって魔族に弄ばれたかもしれないのだ。

 今もルーチェと同じ人間がどんな目にあっているのかと想像してしまって、落ち着かない。
 助けてあげたいけれど、そんな力はない。
 返り討ちに合うだけだろうし、ルーチェがいなくなれば、レオの……勇者の解呪ができなくなってしまう。

 今まで生きてきて、これほど歯がゆく、無力感に苛まれたことがあっただろうか。
 小さい頃、レオが狼に連れていかれそうになったとき以来だ。

『扉番を眷属にしてさらに聖女をつがいにするとか、まじで偉人だな今回の魔王様』
『どんなの産まれるんだろ』
『あの鬱陶しい結界もなくなるってことだろ? やりたい放題じゃん』

 さっきまでだったら、魔王に聞いてみて、駄目元でも人間の扱いを改善しろと言ってみたかもしれない。
 道中でもここでも魔王はルーチェに甘かったし、ルーチェのことを好きだと言うのなら、それなりの態度を示すだろうという驕りがあった。

 けれど魔王のルーチェを好きだといった言葉も、結局は嘘だったのだ。
 妻であることを表すらしいこの指輪だって、確かに指輪の示す意味はそうかもしれないけれど、そこに心は伴っていない。

 ルーチェを魔界に連れていく意味なんてないと思っていたから、魔王ももしかして本気なのかも……と信じかけていたが、そうではなかった。
 彼らの話では聖女をつがいにすることは魔界では箔が付くらしいし、浄化の力を持つ聖女と交配するという実験にもなる。

 それに、たしかに扉を開けたあとのことを考えれば、ルーチェが人間界にいると邪魔だろう。
 だから連れてきて、妻にしようとしているのだ。

 それを、あんな言葉で籠絡ろうらくしようとして……。どれだけ、人を馬鹿にすれば気が済むのだろう。
 魔王なんかの言葉を信じかけていたのが悔しくて、ルーチェは唇を噛み締めた。
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