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本編

30.魔族の里

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 ルーチェが唖然としていると、人型の魔族が近付いてきた。
 デメトリオくらい背の高い、ピンク色の髪をした女性だ。

「魔王様! ついに成功したのですね」
「ああ。そうだ、彼女に合うような……うん、指輪がいいな。指輪を持ってきてくれ」
「はっ」

 彼女は一度礼をしてから、村の中心部の方へと行き、何かの小屋に入っていった。
 魔王に気付いた魔族たちが、一礼したり手を振ったりして通り過ぎて行く。

「……あの人たちは、あなたが魔王だって分かるの?」

 ルーチェが聞くと、魔王はぱちぱちと目を瞬かせてから笑った。

「ああ、そうか……うん。俺たちは見た目というよりも、瘴気で同族の個体を判別しているんだ。魔王の瘴気を出してるから、魔王って分かる」
「でもそれだと……その、あなたが乗り移ってないレオも魔王ってことにならない?」
「うーん……瘴気って、肉体というよりも魂との繋がりの方が強くて……だから、俺が入ってるこいつと、入ってないこいつの瘴気は厳密には違う。もちろん、俺の瘴気を植え付けて魔族になったから、大分近いけどね」

 ルーチェは感心して、へえ、と声を漏らした。
 知れば知るほど、人間と魔族は違うのだと思うし、今まで知らなかった魔族のことを知るのは、ちょっと面白い。

「魔王様ー!」

 叫び声のした方に目を向けると、子供っぽい小さい人型の魔族が手を振っていた。
 魔王はルーチェを抱き直して手を振ると、ふふっと笑う。

「平和なものだろう。まあそれも、残党狩りに見つかるまでの話だけど。彼らも、殺される前に早く帰りたいと思っている……」

 魔王の言葉に村中に視線を向けると、子供のような小さい人型と獣型の魔族が混ざって遊んでいたり、大人のような大きな魔族が店番をしたり、畑仕事をしていたりする。
 こうして見ると、人間の暮らしとそう変わらない気がした。
 
 そんな光景を見る魔王の紅い瞳は、穏やかながらも哀愁が漂っているように見える。

――この人、本当に魔王なんだ。

 数々の奇行と狂言に思えるような言動に正直なところ半信半疑だったのだが、ここにきてからの魔王には、なんというか、納得させられるような風格があった。

 そんな眼差しや、目の前で生活をしている魔族を見ていると彼らの立場も理解できるような気がしてきて――いやいや、目を覚ませ自分、とルーチェは首を振った。
 こいつらはバカンス気分で人間界に攻めてきて、人の命を何とも思わず、レオの体を勝手に弄んでいる。
 そういう種族なのだ。
 その本質を忘れてはいけない。


「おまたせいたしました」

 そうしていると、先ほどの女魔族がやってきた。
 持ってきた小さい四角い箱の蓋を外して、魔王に見せる。
 アクセサリーボックスのようで、指輪がいくつも並んでいた。

「これと、これと……このあたりが、ニンゲンの指にも合うかと……」
「じゃあ、これにしようか」

 魔王は拘束したままではあるがルーチェを下ろして立たせると、一つの指輪を手に取った。
 大ぶりの透明できれいな宝石がついている。
 ルーチェはあまり詳しくないが、もしかして、ダイヤモンドではないだろうか?

 あまりの美しさにじっと見つめていると、その宝石に魔王の瘴気が集まり、しばらくしてから離れていった。
 残ったダイヤは真っ黒に染まっているようだったが、よく見ると内部に黒い靄のようなものが漂っていて、瘴気が残留しているようだ。

 そして魔王はルーチェの縛られたままの両手を取り、左手の薬指にその指輪を通した。
 魔王も人間の習慣をあまり知らないだろうからたまたまだとは思うのだが、結婚指輪をつける場所なので、ぎょっとしてしまった。
 固まっていると、ルーチェを縛っていた紐が瘴気に戻り、魔王の周囲に戻っていく。

「どうせ一人じゃここから出られないから解いてあげるけど……これを外すのは絶対にだめだよ。俺の瘴気が籠もったこいつをつけていれば君に手を出すやつはいないだろうけど、外すと身の安全は保障できないから」
「わ、分かったわ……」

 先ほど、魔族同士の個体識別の話があったので、瘴気が彼らにとって非常に重要な意味を持つことは分かっている。
 魔王の瘴気を身に付けることで魔王の関係者とみなされるけれど、なければルーチェは魔族の集団の中に放り込まれたただの人間になってしまう、ということだろう。

 つけられた指が気に入らないけれど、命には代えられない。
 ここにいる間は絶対に外さないと心の中で誓った。

「じゃあ、家でゆっくりしようか。ちゃんとしたご飯とお風呂、それからふかふかの寝床を用意してあげる」

――家、寝床……それだったら、襲うチャンスがあるかも……。

 ルーチェはそんなことを考えながら、魔王に手を引かれて大人しくついて行った。
 後ろを、女魔族がついてくる。

 魔王は、村にある中で一番大きな木造の建物に入った。
 入ってすぐの広い部屋には本棚やソファが置いてあって、一人の人型の魔族が立っている。
 こちらは背が非常に低く、ルーチェの腰あたりまでしかない、皺の多い年配らしい男性だ。

「ご飯とお風呂、どっちが先がいい?」
「えっと……じゃあ、お風呂で……」
「俺と彼女の湯を用意して。出てくる頃に食べれるように、食事の準備も」
「承知しました」

 魔王の指示を聞いて、男の魔族は奥の方に行ってしまった。

「すぐ沸くと思うから待ってて」

 魔王が振り返ってそう言ったところで、男魔族が戻ってきた。

「ご用意できました」

――え、ほんとにすぐじゃない……どうやってるんだろう。魔法かしら。

 ルーチェの村ではほいほいと魔法を使える人がいなかったが、貴族の御屋敷だと使用人にも魔法が使える人がいて、短時間で準備できるようになっていると聞いたことがある。
 魔族は人間とは違ってほとんどが魔法を使えると聞いたことがあるので、そういうことなのだろう。

「じゃあ、君は彼女に世話してもらって。上がったらご飯食べよう。……ああ、お風呂の間も、指輪外しちゃだめだよ」
「わ、分かったわ……」

 ルーチェが返事をすると、魔王は笑って、背の低い魔族とともに行ってしまった。
 振り返ると、女魔族がルーチェを見下ろしている。

「それでは、こちらです」
「は、はい……」

 無表情と冷たい眼差しに緊張しながら、ルーチェは彼女についていった。
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