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本編

25.転換

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 ルーチェが目を覚ますと、何もない白い天井が見えた。
 ステンドグラスがないということは、ここは祭壇の上ではない。
 それに、身体を揺さぶられてもいなかった。

 下を見ると、ルーチェは浄化の間に運び込んだレオのベッドの上にいた。
 しかも、肌に体液が残った感触は一切なく、聖女服を着せられている。
 更に視線を動かして部屋を見回すと、服を着たレオが椅子に腰かけ、本を読んでいた。

「……おはよう」

 とりあえず声をかけると、レオが顔を上げ、本を置いた。

「おはよう。……すまない。思ったよりも、自制がきかなかった」
「いいわよ。そうなるかもって分かって、浄化することにしたんだから。しょうがないわ」
「……ごめん。ありがとう」

 レオは話している間にグラスに水を注いで、傍にやって来た。
 差し出されたグラスを受け取って喉を潤す。

「服、とりあえず着せてみたんだが、間違ってるところはないか?」

 飲み終わったグラスを渡すとそう言われたので下着や服を確認したが、おかしいところはなかった。

「大丈夫。……今、何時くらい?」
「まだ朝だ。少し前に夜が明けたからな」
「そう……。ご飯、持ってこなきゃね」
「大丈夫か? もう少し休んだほうが……」
「いいの。わたしがお腹空いちゃったから」
「……そうか」

 ルーチェが冗談めかして言うとレオは笑ったが、無理に表情を作ろうとしたのか、少し困ったような顔になっていた。

 体は重かったが、できるだけ早く解呪するために栄養を取って元気になって、また毎日続く性交に耐えられるようにならなければ。

 ルーチェはゆっくりと起き上がり、浄化の間を出て行った。


「ああっ……聖女様! 日付が変わっても出てこなかったので、流石に心配しました……まさか、朝まで……?」
「い、いえ……途中で疲れて寝ちゃったの。心配かけてごめんなさい」
「そうでしたか……いえ、何もないなら良いんです」

 慌てた様子の神官に申し訳なく思いながら、食事を持ってくるように頼んだ。

 しばらく待って、神官が運んできてくれたワゴンを受け取って浄化の間に戻る。
 レオがすぐにやってきて、ワゴンを押すのを変わってくれた。

「ルーチェは座ってろ。俺がやるから」
「ごめん、ありがとう」

 疲れていたので、ルーチェは素直に椅子に座る。
 レオが食事をテーブルに並べながら言った。

「謝るのは俺の方だ。ちゃんとルーチェに休憩取らせながらするつもりだったのに……まだ眠いだろ」
「それについてはさっきも言ったでしょう? 呪いのせいなんだから、しょうがないわよ。それより、そっちの身体はどう?」
「ああ、こっちは薬が効いてて大丈夫だ。変なところもない。途中、自分がちゃんと薬を飲めるか心配になったけどな……」

 レオも食卓に着いて、二人は食事をしながら話した。
 具のやわらかいスープやパン粥を中心に口に入れていく。

「そうね。レオがまた変? になっちゃったときは、心配したけど……。あれってどんな感じなの? 自我は消えてそうなのに、薬はちゃんと飲むから不思議だなって思ったの」

 ルーチェが言うと、レオは左腕を掻きながら視線を泳がせた。

「うーん……俺にもよく分からないんだよな……。頭の中が、その、浄化することで一杯になって……でも、薬が必要なのもちゃんと分かってたんだ。あー……なんだかんだ、魔族って知性もあるしな。解呪するために寝ちゃいけないとか、分かったのかも」
「なるほど……」

 ルーチェは納得して、食事を続けた。

「でも、やっぱり今後が不安っていうか……ちょっと危ういわよね。レオの自我が戻る前はね、急に意識を失ったり起きたりしてて……またああなると、入れ替わったりしちゃうのかなって……」
「たぶん、あれも疲労とか眠気からきてただろうから、薬を飲めていれば大丈夫だとは思うが……何かあったときの対策はしといたほうが良いかもな」

 そうして二人は話し合い、レオの呪いのことと、現在解呪に励んでいるが万が一上手くいかなかった場合は頼むという旨を書いた手紙を、レオの仲間たちに送ることにした。

「よし、三人分書けたぞ」
「ありがとう。じゃあ、出してくるわね」
「ああ、よろしく。悪いな、休みたいのに。帰ってきたらいっぱい寝ていいからな」
「いいのよ、すぐそこだし」

 ルーチェはレオが書いた手紙を受け取って、郵便屋に向かった。
 神官に頼んでも良いのだが、大事なものなので人に頼むと落ち着かないと思ったのだ。


 この世界では、手紙は鳥で飛ばすのが普通だった。
 ルーチェは聖教会を出て町を進み、郵便屋に入る。
 鳥を飛ばすのは非常に便利なのだが手続きが少し面倒なので、いつも混んでいる。
 なので前回のようにデメトリオに会えたら直接渡そうと思ったのだが、そうはいかなかった。

 いつもどおり護衛が後からついてくるが、薬屋のように見られて困ることはないので、のんびりと列に並んで順番を待つ。

「次の方~」

 一時間ぐらいで順番が来たので、ルーチェは手紙を出す手続きを三十分ほどかけてやって、郵便屋を出た。

 帰り道で、花屋のブルースターが目についた。
 かわいらしい水色の花で、ルーチェが村にいた頃、花冠の祭りでレオにあげていた花だ。

 せっかくだからと、ルーチェは花瓶と一緒に買った。
 浄化の間に飾れば、少しは気分も明るくなるだろう。


 そんなことを思いながら聖教会に戻り、神官に挨拶をして浄化の間に入った。

「おまたせレオ。ちゃんと出してきたわよ」

 後ろで扉が閉まり、話しながら腕の中のブルースターから視線を上げる。

「あとね、これ買っちゃ――え?」

 しかしそこには、ルーチェが話しかけた相手はいなかった。
 もっと言えば、部屋の中には誰もいなかった。
 食卓にも、ベッドにも、祭壇にもレオの姿がない。
 レオの存在がないこと以外には、変わったところはなかった。

「レ、レオ……?」

 心臓がどくどくとうるさくなる。
 嘘だ。
 レオがいなくなるはずがない。

 自分からここを出るわけがないし、もし呪いに体を乗っ取られたとしても、浄化の間の前で待機していた神官は普通だったから、やっぱり出て行ったわけがない。
 窓もステンドグラスも開いたり割れたりしていないし、だからこの中にいるはずで――。

 ルーチェが振り返ろうとしたとき、後ろから誰かに抱きつかれた。
 誰か、ではない。
 ルーチェの体に回った腕も、後ろから漂う香りも、レオのものだ。
 一瞬安心しかけたが、すぐに緊張で息が止まる。

――このレオは、どっち……?

 どっどっどっ、と心臓が暴れた。
 本物のレオだと思いたいけれど、レオがこんなことをする意味が分からない。

 よくよく考えれば浄化の間の扉は内開きだから、扉の影になる場所に立っていれば、確かに部屋にいながらルーチェに気付かれず背後をとれる。
 おかしいことではない。
 でも、レオがこんなことをする理由がない。

 レオはあまりそういうことが好きじゃないけれど、もしからかっているのだとして、ここまで黙っているのも意味が分からない。
 でも今のレオが呪いなら、どうしてルーチェを抱き締めているのかも分からない。

 一体、今ルーチェの後ろにいるのは……。

 おそるおそるルーチェが振り向くと、そこには弧を描くように目を細めて笑うレオがいた。

「ふふ。なんだか久しぶりな気がするね。もう、俺のこと分かってるんだろう?」

 レオらしくない笑みに動揺したルーチェの腕から、花瓶が滑り落ちる。
 ガシャンと音を立てて割れ、破片とブルースターが床に散らばっていった。
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