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本編
20.レオを蝕む呪い
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次の日、ルーチェは緊張しながらも、できるだけいつもどおりの顔を作って浄化の間に行った。
「おはよう!」
「おはよう」
中に入ると、レオが本を開いていた。
これはよくあることで、どうにも判断しづらい。
問題は、このあとだ。
ルーチェが、食事や飲み物をワゴンからテーブルに移していく。
そのとき、まだ空のカップをわざと落とした。
教会の備品を壊して申し訳ないが、やはりこれが一番、レオかそうじゃないかの判別に良いと思ったのだ。
ガシャン! とカップが割れて、破片が床に散らかった。
ルーチェは、固唾を飲んで数秒、レオがどんな反応をするのかを待った。
「大丈夫か?」
レオはそう言いながら椅子から腰を上げ、ルーチェの近くでしゃがみこみ、食卓にあった布で破片を集め始めた。
ルーチェの肩から力が抜けて、ふう、と息が漏れる。
「ご、ごめんね……」
「いいよ、俺がやるから。どうした? 今日なんか変だぞ?」
足元で掃除をするレオに、ルーチェは泣きそうになった。
なんか変、と言われたのすら、自分が緊張しているのを分かってくれたんだと嬉しくなる。
「ちょっと……色々あって……」
レオが片付けてくれたあと、ルーチェは椅子に座った。
向かいに座るレオは、心配そうな顔をしている。
その表情はルーチェの知るもので、また安堵の息を吐いた。
しかしなかなかあのことを口にできず、何度か口を開け閉めして、やっと話し出した。
「あ、あのね……実は、その……たぶん、何日か、レオじゃない人が……レオの体を動かしてると思うの。昨日も、そうだったんだけど……ていうか、昨日、気付いたんだけど……」
「……なるほど」
レオは頷いてしばらく考え込む素振りを見せると、ベッドの近くに置いてあるカレンダーを持ってきた。
「実は、たまに記憶が朧げな日があったんだ。毎日、自分が起きてルーチェと過ごした記憶は確かにあるんだが、どこかぼんやりとしているというか、何を話したのかまでは思い出せないというか……。ただ、ルーチェは普通だったから、きっと変なことにはなっていないと思っていた。それでも気になって、こいつに自分なりに法則を作って印をつけたり、ばらばらに明日はこれを書こう、と思って寝たりして……結果は問題なかった」
レオが、テーブルに置いたカレンダーを指しながら話す。
「まあ、だから、疲労からぼんやりしてるだけなんじゃないかと思ってしまったんだが……そうじゃなかったってことか」
「……信じてくれるの?」
「ルーチェが俺じゃないって思ったんなら、そうだろ。何年一緒にいたと思ってるんだ。俺だって、決定的なことがなかったからルーチェに言えなかっただけで、なんか変だとは思っていたしな」
自分の体が何者かに乗っ取られているというのを認めるのは、とても恐ろしいことだろう。
それをあっさりと信じてくれて、ルーチェは泣き出しそうだった。
「あ、あのね……昨日のレオは、グラスを割ったのに片付けなくて……笑い方が変で……」
「笑い方はともかく……破片をルーチェに片付けさせるのは、確かに俺ならありえないな」
レオはルーチェの座る椅子のそばに来て、しゃがみ込んだ。
そして腕を伸ばして、うつむいて涙を堪えるルーチェの頭を撫でる。
「怖かったな。……気付いてくれて、ありがとう」
レオのその言葉に、ルーチェの背中にのしかかっていた重荷が、全てなくなったような気がした。
ルーチェは椅子から腰を下ろし、レオに抱き付く。
ぽろぽろと、力が抜けて堪えきれなくなった涙がこぼれていった。
背中を撫でるレオの大きな手に、ルーチェはひっ、ひっ、と嗚咽を漏らす。
レオだって怖いはずだ。
いやむしろ、彼の身におきていることなのだから、ルーチェよりも恐ろしいはずだ。
それなのにこうして気を遣ってくれることが、嬉しくて、申し訳なくて。
ルーチェは、必死に口を動かした。
自分も、こんな泣いていないで、ちゃんとしなければならない。
「あ、あのね……たまに、レオに成り変わってるのが、呪いで作られた人格なのかなんなのか、分からないけど……もしかしたら、レオの体を使って扉を開けようとしてるんじゃないかと思ってて……。だから……ううん、それもあるし、やっぱりこのままだとレオがどうなっちゃうか分からないから、早く解呪しなきゃって……」
ところどころつかえながらも、ルーチェは考えていたことを伝えきった。
けれどレオがしばらく黙ったままだったので、ルーチェは不安になって顔を覗き込む。
レオは眉を寄せて、非常に困っているというか、悩んでいるような表情をしていた。
きっと、早く解呪しなきゃ、の意味が分かって、本当にあれをするのかどうかを悩んでいるのだろう、とルーチェは解釈した。
「レオ……。嫌かもしれないけど、頑張りましょう。もしわたしに気を使ってるのなら、大丈夫よ。わたしはね、このままレオがいなくなっちゃう方がいや」
「でもな、ルーチェ……」
レオは苦しそうに顔を歪めた。
「前にも言ったが……俺はまだ、全部がもとどおりってわけじゃない。見た目もそうだが、中身というか……言っただろ、欲求が強くなってるって。もしかしたらまた、衝動に負けて――ひどいことをしてしまうかもしれない」
ルーチェの脳裏に、あの頃のことがフラッシュバックした。
また、ああなるかもしれない……それは嫌だ。
けれどそう思うルーチェの身体は僅かに熱を持ってしまって、それがまた嫌だった。
でも、ルーチェの答えは決まっている。
「いいわよ。大丈夫。覚悟はしてるし……ここまできたら、もう一回二回するくらい、変わらないわ」
おそらく一、二回程度で解呪が終わることはないだろうが、何回でも関係ない。
少し前まで、散々やっていたことだ。
レオの解呪のためなら、ルーチェは頑張れる。
レオはルーチェの言葉に唸って、息を吐き出した。
「そう、か……そう、だな。どのみち、俺の中にいるというヤツをどうにかしなければ、ルーチェも危ないしな……」
ルーチェが頷くと、レオはごくりと唾を飲み込んだ。
そしてルーチェの肩を掴み、真剣な眼差しで見つめる。
「じゃあ、すまないが……ルーチェ、またよろしく頼む」
「おはよう!」
「おはよう」
中に入ると、レオが本を開いていた。
これはよくあることで、どうにも判断しづらい。
問題は、このあとだ。
ルーチェが、食事や飲み物をワゴンからテーブルに移していく。
そのとき、まだ空のカップをわざと落とした。
教会の備品を壊して申し訳ないが、やはりこれが一番、レオかそうじゃないかの判別に良いと思ったのだ。
ガシャン! とカップが割れて、破片が床に散らかった。
ルーチェは、固唾を飲んで数秒、レオがどんな反応をするのかを待った。
「大丈夫か?」
レオはそう言いながら椅子から腰を上げ、ルーチェの近くでしゃがみこみ、食卓にあった布で破片を集め始めた。
ルーチェの肩から力が抜けて、ふう、と息が漏れる。
「ご、ごめんね……」
「いいよ、俺がやるから。どうした? 今日なんか変だぞ?」
足元で掃除をするレオに、ルーチェは泣きそうになった。
なんか変、と言われたのすら、自分が緊張しているのを分かってくれたんだと嬉しくなる。
「ちょっと……色々あって……」
レオが片付けてくれたあと、ルーチェは椅子に座った。
向かいに座るレオは、心配そうな顔をしている。
その表情はルーチェの知るもので、また安堵の息を吐いた。
しかしなかなかあのことを口にできず、何度か口を開け閉めして、やっと話し出した。
「あ、あのね……実は、その……たぶん、何日か、レオじゃない人が……レオの体を動かしてると思うの。昨日も、そうだったんだけど……ていうか、昨日、気付いたんだけど……」
「……なるほど」
レオは頷いてしばらく考え込む素振りを見せると、ベッドの近くに置いてあるカレンダーを持ってきた。
「実は、たまに記憶が朧げな日があったんだ。毎日、自分が起きてルーチェと過ごした記憶は確かにあるんだが、どこかぼんやりとしているというか、何を話したのかまでは思い出せないというか……。ただ、ルーチェは普通だったから、きっと変なことにはなっていないと思っていた。それでも気になって、こいつに自分なりに法則を作って印をつけたり、ばらばらに明日はこれを書こう、と思って寝たりして……結果は問題なかった」
レオが、テーブルに置いたカレンダーを指しながら話す。
「まあ、だから、疲労からぼんやりしてるだけなんじゃないかと思ってしまったんだが……そうじゃなかったってことか」
「……信じてくれるの?」
「ルーチェが俺じゃないって思ったんなら、そうだろ。何年一緒にいたと思ってるんだ。俺だって、決定的なことがなかったからルーチェに言えなかっただけで、なんか変だとは思っていたしな」
自分の体が何者かに乗っ取られているというのを認めるのは、とても恐ろしいことだろう。
それをあっさりと信じてくれて、ルーチェは泣き出しそうだった。
「あ、あのね……昨日のレオは、グラスを割ったのに片付けなくて……笑い方が変で……」
「笑い方はともかく……破片をルーチェに片付けさせるのは、確かに俺ならありえないな」
レオはルーチェの座る椅子のそばに来て、しゃがみ込んだ。
そして腕を伸ばして、うつむいて涙を堪えるルーチェの頭を撫でる。
「怖かったな。……気付いてくれて、ありがとう」
レオのその言葉に、ルーチェの背中にのしかかっていた重荷が、全てなくなったような気がした。
ルーチェは椅子から腰を下ろし、レオに抱き付く。
ぽろぽろと、力が抜けて堪えきれなくなった涙がこぼれていった。
背中を撫でるレオの大きな手に、ルーチェはひっ、ひっ、と嗚咽を漏らす。
レオだって怖いはずだ。
いやむしろ、彼の身におきていることなのだから、ルーチェよりも恐ろしいはずだ。
それなのにこうして気を遣ってくれることが、嬉しくて、申し訳なくて。
ルーチェは、必死に口を動かした。
自分も、こんな泣いていないで、ちゃんとしなければならない。
「あ、あのね……たまに、レオに成り変わってるのが、呪いで作られた人格なのかなんなのか、分からないけど……もしかしたら、レオの体を使って扉を開けようとしてるんじゃないかと思ってて……。だから……ううん、それもあるし、やっぱりこのままだとレオがどうなっちゃうか分からないから、早く解呪しなきゃって……」
ところどころつかえながらも、ルーチェは考えていたことを伝えきった。
けれどレオがしばらく黙ったままだったので、ルーチェは不安になって顔を覗き込む。
レオは眉を寄せて、非常に困っているというか、悩んでいるような表情をしていた。
きっと、早く解呪しなきゃ、の意味が分かって、本当にあれをするのかどうかを悩んでいるのだろう、とルーチェは解釈した。
「レオ……。嫌かもしれないけど、頑張りましょう。もしわたしに気を使ってるのなら、大丈夫よ。わたしはね、このままレオがいなくなっちゃう方がいや」
「でもな、ルーチェ……」
レオは苦しそうに顔を歪めた。
「前にも言ったが……俺はまだ、全部がもとどおりってわけじゃない。見た目もそうだが、中身というか……言っただろ、欲求が強くなってるって。もしかしたらまた、衝動に負けて――ひどいことをしてしまうかもしれない」
ルーチェの脳裏に、あの頃のことがフラッシュバックした。
また、ああなるかもしれない……それは嫌だ。
けれどそう思うルーチェの身体は僅かに熱を持ってしまって、それがまた嫌だった。
でも、ルーチェの答えは決まっている。
「いいわよ。大丈夫。覚悟はしてるし……ここまできたら、もう一回二回するくらい、変わらないわ」
おそらく一、二回程度で解呪が終わることはないだろうが、何回でも関係ない。
少し前まで、散々やっていたことだ。
レオの解呪のためなら、ルーチェは頑張れる。
レオはルーチェの言葉に唸って、息を吐き出した。
「そう、か……そう、だな。どのみち、俺の中にいるというヤツをどうにかしなければ、ルーチェも危ないしな……」
ルーチェが頷くと、レオはごくりと唾を飲み込んだ。
そしてルーチェの肩を掴み、真剣な眼差しで見つめる。
「じゃあ、すまないが……ルーチェ、またよろしく頼む」
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