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本編

15.新しい毎日

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 ルーチェは朝起きて身支度をすると、浄化の間に向かった。

 浄化の間の前までくると、神官が二人分の食事を載せたワゴンと一緒に待ってくれている。

「おはよう」
「おはようございます、聖女様」
「じゃあ、またお昼前には出てくるから」
「承知しました」

 ルーチェはワゴンを押して、浄化の間に入っていった。

「おはよう、レオ」
「ああ、おはよう」

 中ではレオがすでに起きていて、食卓に着いて本を読んでいた。

 部屋の隅には簡易的なベッドも用意されていて、その近くには服が畳まれ、書き込みのあるカレンダーが置いてある。
 祭壇周りはともかく、あのあたりは大分生活感が漂っていた。

 レオの自我が戻ってから、そろそろ二週間ほど経つだろうか。


 あのあと神官長とも話して、やはりレオの意識が戻ったことは他言しないことになった。
 喜ばしいニュースではあるが、ルーチェと同じく、完全に解呪するまでは話が広まるのは良くないとの判断だ。
 なので、今のところ知っているのはルーチェと、神官長と、外で待機してくれている神官たちなど、そこそこ立場が上の方の人たちだけだ。

 自我が戻ったことを秘密にする以上、やはりレオが外に出るのは控えてもらうしかなく、ベッドなどを運び込んで、ここに住んでもらっている。
 神聖な場なのに良いのだろうかとも思ったが、ルーチェとレオが今までしていたことの方が、余程よろしくないだろう。

 それに、やはり表向き信仰という言葉を使っているものの、神官長を含めて、必ずしも女神を畏れているわけではなさそうだった。
 聖女の結界という、目に見える力があるからだろうか。
 他の宗教よりもだいぶ世俗的というか、現実主義というか。不思議な場所だ。


 ルーチェは持ってきた食事と飲み物をテーブルの上に並べ、レオの向かいに座った。
 元々椅子は一脚しかなかったのだが、ルーチェもここで食べようと持ってきたのだ。

 三食共に食事を食べ、朝食の後は浄化、昼食後は休憩をして、夕食後はまた浄化をして、ルーチェは部屋に戻って寝る。
 レオの自我が戻ってからは、そういう流れで日々を過ごしている。

「またミネストローネ飲みたいって言ってたから、持ってきたわよ。ここの、おいしいわよね」
「……ああ、そうだったっけ。ありがとう」

 レオは少し不思議そうな顔をして、頷いた。
 初めは問題なさそうに過ごしていたのだが、やはりまだ本調子ではないようで、たまに前に言ったことを忘れていたり、体を動かし難そうにすることがある。
 とはいえ、おおむね安定した毎日を過ごしていた。

「そういえば、レオの自我が戻る前にデメトリオさんと話したんだけど、あの人ってちょっと変わってるわよね。旅の間もあんな感じだったの?」
「ああ、デメトリオか」

 レオがくすりと笑った。
 デメトリオとはレオの仲間の魔術師で、ルーチェが町で会った人だ。

「そうだな。いつもあんな感じで、正直者というか、なんというか……。嘘は絶対つけない奴だからな。悪いやつではないんだが、コスタンツォにちくちく小言が続いたり、フェルディナンドと喧嘩になったりで、にぎやかだったよ」

 懐かしそうに笑って話すレオに、ルーチェは少し寂しいと思うと同時に、それだけ大切な仲間がレオにできたんだと嬉しくなる。

 封印の旅は、人がおらず瘴気が充満した結界の外に出て、魔の扉に辿り着くまで、次々と襲い来る魔族を倒すという非常に過酷なものだ。
 レオも調子が悪いと、あまり思い出したくないのか話そうとしない。
 けれどこうやって懐かしむようにしているのを見ると、あの三年間は辛いことだけじゃなくて、ちゃんと楽しかったり、心休まる時間もあったんだな、と安心するのだ。

「ルーチェも大丈夫だったか? 何か失礼なこと言われなかったか?」

 レオの言葉に、ルーチェはデメトリオに言われたことを思い出した。

『せっかく役目が終わってあなたに会えるはずだったのに、可哀想なものです。まあ、目が覚めて初めて見ることになるのがあなたの顔というのが救いでしょうか』

 ルーチェの顔が熱くなる。
 しかも、目の前に当の本人のレオがいるから、余計にだ。

「……何か言われたな?」

 眉を寄せるレオに、ルーチェは慌てて両手を振った。

「ぜ、全然!? 大したことないわよ!?」
「ルーチェも嘘が下手だよな」
「う、うるさい!」
「そんな言えないようなことなのか? 口説かれたか?」
「そ、それはない! ていうか、あの人そういうタイプ?」
「案外積極的だぞ。思ったこと言うからな。まあ、だからこそすぐ別れることになるらしいが……」
「ああ……」

 ストレートに褒めることもあれば、貶してしまうこともある、ということだろうか。
 まあ、何となく想像がつく。
 喧嘩になりやすそうだ。

 まだ疑いの眼差しを向けてくるレオに、ルーチェはそっぽを向いて答えた。

「その……旅の中で、レオがわたしに会いたがってた、みたいな……そんな感じのことよ」
「あ、あいつ……!」

 ルーチェは直視しなかったが、レオが恥ずかしそうに顔を赤くしているのが視界の端に映った。

「だから、言わないでおいてあげたのに……レオのばか」
「あ、ああ……すまなかった」

 ルーチェが視線を戻すと、今度はレオが左腕を掻きながら顔を背けた。

「わ、分かればいいのよ。さ、浄化に入りましょ」

 もうご飯を食べ終わっていたので、ルーチェは空気を変えようと言った。

「ああ、そうだな。頼む」

 レオも頷いて、二人は椅子を移動させて祭壇の近くで向かい合った。

 意識がある状態で祭壇に上がるのは気が引ける、とレオが言うので、祭壇近くで浄化を行っている。
 いつも祭壇に祈って結界を張っていたので初めは調子が狂う気がしたが、やってみたら問題なく力を使えたので、このまま続けていた。
 もしかしたら結界はともかく、ただ浄化するだけならばどこでも良いのかもしれない。
 けれどなんとなく、祭壇に近い方が力を引き出せそうな気がしたので、そうしていた。

 ルーチェは目の前で座るレオに向かって手をかざし、浄化の力を使った。
 初め、レオが運び込まれた後は混乱していたのもあってとにかく周りの瘴気を祓おうとしていたが、今はもっと、レオの内側にあるものめがけて力を送るような、そんなイメージで浄化をしている。
 正直なところこちらの方が良い、という証拠はないのだが、少しでも解呪が早くなればいいな、と思いながらやっていた。

「大丈夫? 気分悪くなったりしない?」
「ああ、大丈夫だ」

 時折声をかけながら、浄化を続けていく。

 前の……性交で浄化していた頃は瘴気が薄くなっていくのがすぐに分かったけれど、今の普通の浄化だと、人の目ではっきり分かるほどの結果は得られていないのが現実だった。
 二週間前を思い出せばそれよりは薄い気がするので、日々少しずつ進んではいるのだろう。

 なので解呪のことだけを考えれば前の方法が良いのだろうが、やはり内容が内容だ。
 その提案は、ルーチェもレオも口にしたことがなかった。

 それに、少し前にレオが言っていたのだが、浄化されるのも疲れてしまうらしい。
 なのでこのままゆっくりでも良いのかな、とルーチェは思っている。
 遅くても、レオの負担が軽く解呪できれば、それで良い。

 そう、思っていた。
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